人間牧場

〇ほこりを被った亡き叔父の書いた色紙額

 2~3日前所用で地域事務所を訪ねました。かつて多いときには100人もいた旧双海町役場も、合併して伊予市役所に統合されたため、8年経た今は完全に支所化されて、一週間後から始まる来年度からは課も廃止され、10人ほどが細々と、出先の仕事をする程度に縮小されるようです。
 今は耐震基準に合わず危険施設として、立ち入りが禁止されている旧町民会館に、鍵を開けてもらって入りましたが、私の一番最後の職場であった旧双海町教育委員会事務室や、私専用だった教育長室も固く門戸を閉ざしていて、ここで多くの仕事をしたのかと思うと感無量といった感じがしました。

偶然見つけた叔父の書いた色紙

偶然見つけた叔父の書いた色紙

 旧結婚式場として、その後は図書室として使っていた部屋に入りましたが、ここでも生活改善運動の一環として、昔は頻繁に公民館結婚式が厳かに行なわれ、2階の大ホールで私は、536組にも及ぶ結婚披露宴の司会をしているのです。耐震危険施設なのでいずれ取り壊される宿命にあるのでしょうが、何とも勿体ない感じがするのです。その部屋を出る時、土間の真ん中に無造作に置かれているほこりを被った小さな色紙額を見つけました。額の中にはどこか見覚えのある書の色紙が入っていました。良く見ると「旅は道づれよはなさけ ちりもつもれば山となる 楽あれば苦あり わらうかどには福来たる」と書かれ、落款朱印は「寿松」と押されていました。

 額も壊れほこりまみれになっていたので、「実はこの額は双海町民生委員総務をしていた私の叔父の、森脇松太郎が書いたものですが、叔父も既に3年前故人となっているし、ここにこうして置くのは忍びないのでいただきたい」とお願いし持ち帰りました。誇りはティシュペーパー等で拭き取れないほど積っていたので、帰宅後濡れた雑巾を固く絞って丹念に埃を取りました。額は既に傷んでいるので新しいものに取り替えなければ、飾ることもできないのです。
 叔父は趣味で郵便局に勤務する傍ら、長年書をたしなんでいましたが、その腕前はかなり高い方でした。私が出版した自著本「夕日徒然草」の表紙題名も、晩年病弱だった叔父に無理を言って書いてもらったこともあって、この色紙が懐かしかったのです。

 この色紙にはご存知「旅は道づれ・・・」と「ちりも積れば・・・」と「楽あれば・・・」、それに「笑う角には・・・・」の人によく知られた、四つの言葉が欲張って書かれています。いずれも注釈しなくても一目瞭然の言葉なのですが、平たく平仮名を多く使って書いているところに味があるようです。
 拾い上げた場所が場所なので、普通であればこれはもう完全にごみ状態で、処分されても可笑しくない代物です。偶然にも私の目に留まったばっかりに、縁のある私の元へ届きました。せめて私一代でも叔父の思い出を思い出しながら、大切に保管したいものだと思いました。

  「無造作に ほこり被って 床にある 色紙の額を 拾い手に取る」

  「見覚えの ある書体だと よく見れば 亡き叔父書いた 色紙ビックリ」

  「雑巾を 固く絞って ほこり拭く 壊れた額の 中から色紙」

  「今頃は どこにいるのか 亡き叔父の 顔が笑って 語りかけ来る」

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