人間牧場

〇街中のお雛様飾り

 私たちが子どものころは、戦後間もないこともあって家も街も全てが貧乏な時代でした。それでも映画「3丁目の夕日」のような、どこかほのぼのとした温かみがあったように思うのは、自分自身が回顧的な年齢になったからかも知れません。とりたてて楽しみのない日々の暮らしゆえに、盆と正月、お節句等はまさに指折り数えたハレの日だったのです。3月3日の雛祭りが近づくと、わが家でも姉のお雛様が押入れの奥から出され、家族総出で雛壇の上に組み立てて飾りました。母はお雛様に供えるために菱餅と雛豆を作ってくれましたが、男の私はお雛様の顔がどっちを向いていようと、ネズミに顔や着物をかじられていようと無関心で、もっぱら菱餅と雛豆が気になって盗んでは食べたものです。

 

いっぷく亭の雛飾り
いっぷく亭の雛飾り

 3月3日が終っても一週間くらいは飾っていましたが、余り長く飾ると女の子の婚期を逸するとの言い伝えで、手伝わされて和紙に包んで元の押入れに片付けたりさせられました。最近は少子化の影響や住宅事情、それに日本文化の喪失などによって、各家庭でお雛様を飾らなくなってきました。ゆえに手持ちの古い雛飾りは無用の長物となって、酷い人はごみとして処理することだってあるのです。
 日本各地ではそうしたことに着目した、地域づくりに取り組んでいる団体やまち・むらも少なくなく、徳島県勝浦町では体育館に大掛かりな雛壇が組まれ、全国から集めたり寄付してもらったお雛様を、何千体も飾っている所だってあるのです。

谷岡さん親子が飾った雛飾り
谷岡さん親子が飾った雛飾り

 数日前私の友人の、伊予市街に住んでいる谷岡さんのブログを拝見すると、伊予市の商店街でも雛飾りを飾ったので、お暇を見つけて見に来て下さいと書かれていました。昨日は松山へ所用で出かけるついでに、伊予市の街中に飾ってあるお雛様を見ることにしました。谷岡さんのお家に立ち寄ったところ、運よく谷岡さんも県議会傍聴から帰られたところだったため、いっぷく亭やその周辺の会場を見て回りました。どの会場のお雛様も素晴らしく、特にお雛様の年代を「今から〇〇年前の作品」と親切にも書いて紹介していたため、とても興味をそそられ拝見しました。街歩きはガイドがいるだけで随分と違った見方ができるので、谷岡さんの説明は大いに参考になりました。

 最後は谷岡さん親子が飾ったという、谷岡さんのお店の目と鼻の先の会場を見せてもらいました。これだけのお雛様飾りを、もっと多くの市民に見てもらうためにはどうしたらいいだろうか考えました。私だったらやはり小学生やそのお母さんたちに見てもらいたいと思いました。街中の飾ったお雛様に「いろはにほへと」と番号をつけ、スタンプラリーのように街歩きしてもらったり、お雛様会場を子どもたちの手でもてなすお接待のよな雰囲気にして、子どもを巻き込めば、これはもう立派なイベントになるのです。
 途中街中で、ガイドの会会長で文化協会の会長である門田真一さんにばったり出くわし、ほんの短い時間でしたが立ち話をしました。久しぶりに会話も弾みましたが、伊予市の文化は門田さんの活躍に依存し続けていて、私たちもお役に立たなければと思ってみるものの、残念ながら浅学菲才ゆえの悲しさで、何の役にも立っていないのです。何はともあれ、立派な街歩きの手法として街角雛祭りが、こうして芽を出していることを嬉しく思いながら見学させてもらいました。

  「お雛様 遠い昔を 思い出す 菱餅あられ 盗んで食べた」

  「これだけの 日本文化が 残ってる 伊予市いい街 活かせば生きる」

  「お雛様 ガイド説明 あるだけで 見方が違う 博学なりて」

  「道端で ばったり出会い 立ち話 日ごろの疎遠 あれやこれやと」

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