人間牧場

○世界遺産を巡る旅(その4)

 各地には○○小富士とか○○銀座とか、○○小京都といわれる山や商店街や地域が沢山あって、飛騨高山も小京都言われている全国に知れた名だたる観光地です。江戸時代に天領だったこともあって、九州日田豆田の古い町並みと飛騨=日田、天領=天領までよく似ていて、歴史の好きな人には魅力のある所です。京都の流れを汲む夏の祭りもいつかは見たいものだと思いながら、後ろ髪引かれるつもりで朝の散策を終え、バスに乗り込んで次の目的地木曽路・妻籠宿へ向かいました。
 前日は雪の中とはいいながら、天候に恵まれ予想された吹雪や寒さもない絶好の天気で、順調に世界遺産を巡る旅を続けていましたが、二日目は一転して昼食会場となる下呂の舞台峠辺りで雨になってしまいました。舞台峠では下呂地方の郷土料理を食べましたが、前日の昼食といいこの日の昼食といい、食べきれない程の料理で、旅先で運動量が少なかったためか、完食するのに時間がかかりました。
 仲間たちはそこそこでお土産を買っているようでしたが、「七億円の扇子」という遊び半分の玩具が話題になって、私も講演材料として使うため370円を出して「七億円の扇子」を買い求め、バスの中では大いに盛り上がりました。

妻籠宿の町並み

 

 バスは参加者のサービスを平準化するため、前日は一番前の席に座っていましたが、二日目は一番後ろの席付近になりました。13人の私たちのメンバーは相変わらずバスの中や行く先々で賑やかに会話し、ツアーのリードに一役買いました。妻籠は長野県のはずれにあります。何年か前友人大目さんの招きで木曽福島へ講演に来た折、木曽福島宿や馬籠宿を案内してもらいましたが、今回行く妻籠宿は初めてとあって楽しみでした。中津川を経て旧中仙道沿いの妻籠宿へ到着したのは昼過ぎでした。駐車場にある休憩所で置き傘を借り、妻籠の町並みを散策しましたが、月曜日の雨模様もあって人通りも殆んどなく散閑としていました。しかしこれもまた風流とばかりにお店の軒先で冷やかしたりしながら存分に楽しみました。
 その後前日走った名神高速道路に乗って一路伊丹空港へ到着し、空港で一服したあと最終便で松山空港へ帰り、楽しい思い出を手土産に少し激しい雨の中での散会となりました。

 私たちの21世紀えひめニューフロンティアグループの世界遺産を巡る旅も、来年は九州鹿児島屋久島へ行くことが、このツアーの最中に開いた総会で決定しました。目的地が遠いため多分2拍3日の旅になるし、費用も少し高くなるものと思われますが、今から勘弁して費用を貯めて元気で参加したいと思っています。今回の世界遺産を巡る旅も、この歳になって今更と思われがちですが、私の知的レベルを高めるのに大いに役に立ったことは言うまでもありません。私はグループの代表でリーダーですから、メンバーのレベルアップに貢献しなければならないと意気込んでいますが、はてさて参加した他のメンバーは、どれほど知的レベルを上げたことでしょう。それでもかつて若い頃無人島に挑む少年のつどいや丸木舟建造航海、竪穴式住居製作、空からふるさとを見る運動、フロンティア塾、モゥーモゥー塾、ブーメランテーブル製作などの活動を企画実践してきたメンバーたちの、その後の消息や生き方が確認できたことは良かったし、これから始まるであろう老後の生き方に先輩として多少のアドバイスが出来たことは嬉しい限りです。

 追伸
 今朝ブログを開くと、かつて無人島に挑む少年のつどいで、由利島キャンプに参加した新田優子さんから私のブログを懐かしく読んだと嬉しいメールが届いていました。優子さんはお医者さんと結婚して兵庫県に住んでいて、今は年賀状程度のつきあいですが、幸せに暮らしているようです。一度お会いしたいものです。

  「小京都 言われるだけの ことはある 飛騨高山の まちを訪ねて」

  「孫土産 さるぼぼ買って 妻土産 柿の葉鮨と おへつをかいて」

  「旅はいい 気心知れた 人たちと 世間話に 花を咲かせて」

  「七億を 三百七十 円で買う これもお遊び 話のネタに」

この記事はカテゴリ 人間牧場 に投稿されました。この記事をブックマークするには こちらを。この記事へのコメントをフォローする場合の RSSはこちら。 コメント、トラックバックの受付は終了しました。