人間牧場

投稿者: | 2012年2月5日

○下灘駅の快挙

 思い返せば27年前ですから、もう四半世紀も前の出来事でした。いつとはなしにアマチュアカメラマンの間で「日本で一番海に近い駅」という名前が、噂話程度あった下灘駅のプラットホームを舞台にして、夕焼けプラットホームコンサートを思いつきました。フーテンの寅さんシリーズ「寅次郎と殿様」の映画ロケ地としてワンカットシーンに登場していたものの、まだ当時はそれ程知名度は高くありませんでしたが、約千人を集めたコンサートはテレビで取り上げられたこともあり、下灘駅はバックに沈む夕日と共に一気にスターダムに上ったのです。その後夕焼けプラットホームコンサートは多くの心ある人たちに受け継がれ、紆余曲折や様々な話題を提供しながら今日まで続いているのです。その間、青春18キップのキャンペーンポスターに3度も取り上げられ、今では日本全国行きたい駅の常連として名を連ね、何もない無人駅ながら多くの若者たちが訪ねてくれているのです。

 この駅に来る人たちの心を慰めようと、地元の人も清掃や生け花、掲示板、落書き帳設置などを通して惜しみない支援をしてくれ、また最近はノジ菊やコスモス等を植栽し癒される駅となっているばかりでなく、演劇やシンポジウムフォーラムなどの交流イベントを次々に企画実施し、下灘駅そのものをフィールドミュージアムにしようと運営委員会が立ち上がり頑張ってくれているのです。
 その功績が認められて、下灘駅フィールドミュージアム運営委員会がこのほど、第7回JTB交流文化賞を、また美化活動に貢献した伊予農業高校が環境大臣表彰をそれぞれダブル受賞しました。草創期にいささかなりとも下灘駅にかかわった私としてこの快挙はこの上ない喜びであり、これからの発展を期待しているところです。

2月3日付愛媛新聞8面に紹介された記事

 こうした活動は、活動主体であるメンバーの虫の目的な元気もさることながら、鳥の目的に方向性を決めてメンバーを誘導する指導者の存在が必要です。表彰はそのプロセスを支える大きな活力ですが、指導者は次なる目標を掲げて難易度が次第に高くなるハードルを用意して、それらを越えて行かなければならならず、活動はまさにエンドレステープなのですから、クリエイティブな指導者のバトンタッチも必要不可欠なのです。
 双海町が伊予市、中山町と合併して7年が過ぎました。一方では下灘中学校が廃校になって双海中学校が誕生したり、多少の右肩下がりを寂しく言う人もいますが、今回の快挙は嘆くよりやれば出来るという大きな励みになったことは事実です。これからも地域の自立に向けてお互い頑張って行きたいと意を新たにしました。
  「何もない 無人の駅で コンサート 四半世紀前 よくもやったな」
  
  「心ある 人がバトンを 受け継いで ここまで来たか これから先も」

  「シグナルを 出す人なけりゃ 続かない 黒子に感謝 次は何する」

  「表彰を 素直に喜び おめでとう メール次々 嬉しいですね」