人間牧場

〇仲田さんの旧家を訪ねる

 昨日の昼前、友人の岡田博助さんから、「仲田さんの家にいるがお茶を飲みに来ないか」と誘いの電話がありました。午後一番に松山から人間牧場へ来客がある予定でしたが、孫の子守を息子に頼み、5キロほどの道を仲田さんの家のある大栄へ向かいました。窮屈な感じのする路側帯に車を止めて坂を登ると、仲田さんの家の前で岡田さんや仲田さんの子孫に当たる若者が一生懸命掃除をしていました。案内されて家の中へ入りましたが、中でも女性二人が忙しそうに掃除をしていました。仲田さんは私の薄っぺらな記憶によると広島大学の教授を勤められた国文学者で、旧家で財力があったのか築40年近くの民家はそこら辺にはないほど立派なお屋敷なのです。しかし住んでいた息子さんも既に亡くなり、普段は空き家状態になっていて、たまには風を入れなければと、何人かが集まって暮れの大掃除をしているようでした。

 私も過去に何回かこの家を保存したり活用できないか注目して、上田稔さんや岡田博助さんと足を運んだ経験がありますが、贅の限りとまではいかなくてもまあ朽ち果てさせるには惜しい逸材なのです。岡田さんは地元の市会議員をしているので、私と考えは同じでもいざこの民家を使うとなると、それ相応な覚悟が必要なのです。前回訪ねた時心配していた雨漏り箇所は修復して止まったようですが、はてさて今後どうすればいいのか智恵の出しどころです。家は人が入らねば空気が滞留して湿気を呼び、足元からぐらついてきます。こうして空気をたまに入れ替えるだけでも多少は違うものの、やはり人の命を吹き込まなければ維持存続は難しいようです。すでに外の倉庫の一部は崩れかかっていました。

旧家中田家

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼時だったため女性の方が作ってきたというおご馳走をいただきました。炊き込みご飯の握り飯やカナガシラの吸い物、漬物や煮豆等どれも美味しく、誘われるままに昼食をいただきました。聞けばこの女性の息子さんは松工出身だそうで、私が松工のPTA会長をしてたため、私のことをよく知っていて、昔話に花を咲かせました。子孫にあたる若者も大学生で学校の先生を目指しているとのことでした。先祖が残してくれた余りにも大きな財産を今は持て余していますが、かつてこの家を造られた先祖のように、大成して欲しいと願っています。田舎にはこのようにかつての繁栄の歴史を物語る遺産が数多く残っています。しかし過疎と高齢化の荒波をまともに被り、消え失せようとしているのです。私たちのような小さな力では想いはあっても余りにも非力で、田舎の縮み行く社会を守ることはできないのです。そんな少しだけ寂しい気持ちと、こうして心ある人がいることの複雑な気持ちで山里の民家を後にしました。

  「縮み行く 田舎を守る すべもなし 消える運命 寂しかりけり」

  「この家が 俺のだったら どうするか 妙案あるが 人のものゆえ」

  「いいことと できることとは 違ってて いいことなれど 手出しもできぬ」 

  「この家を どんな想いで 建てたのか 美田がゆえに 守りきれるか」

 

 
おご馳走になった手づくりの料理
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