人間牧場

〇町内に水仙が咲き始めました

 今年の晩秋は暖冬を予感させるような暖かさで、その陽気に誘われて水仙の花が咲きそろい、今年は例年より早い見ごろを迎えて、来年早々に予定している初春水仙花まつりの関係者をやきもきさせています。
 わが町の水仙や菜の花も今ではすっかり県内の風物詩となってマスコミに登場するように定着していますが、水仙も菜の花もまったく無名に近かった当時の双海町が、花咲くまちづくり事業の一環として始めたことなのです。今は亡き金山泰盛さん(水仙)やエプロン会議(菜の花)、青年会議(桜)、花の会(水仙まつり)など、花作りを陰で支えてくれた人たちの努力を思うと、隔世の感があり嬉しさがこみ上げてくるのです。

一昨日の愛媛新聞朝刊で紹介された下灘の水仙畑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日海岸国道を通っていると、道端に植えている水仙の花を取っている数人の女性を見つけました。私は路側帯に車を止めて「その花は地元の人が植えて丹精込めて世話をしているので取らないで欲しい」と注意をしました。その人たちは文句ありげな不満そうな顔をして私をにらみつけました。私が車に戻りバックミラーから様子を見ていると、取った水仙を車に積んで立ち去りました。こんな出来事はこれまでにも随分見受けられました。
 ある時沿線に花を植えて世話をしているおばちゃんから、私の元へ泣いて電話がかかってきました。聞けば菜の花が間もなく咲くだろうと楽しみにしていたのに、菜の花の蕾が無残に摘み取られ始めたのです。ある日その現場を見つけ注意したところ、「このくそババア」と怒鳴ってその場を立ち去ったようです。「私は何か間違ったことを言ったのでしょうか」と泣きながら話すおばちゃんをなだめ、私は看板を作って持って行きました。おばちゃんたちは之までにも智恵を出したつもりで、「この菜の花はみんなで世話をしているので取らないで欲しい」と看板を立てたそうです。すると余計漬物にするためか花の蕾はどんどん取られたそうです。多分花の存在に気付かなかった人まにまで気付かせてしまったようです。

 私が作った看板は、「消毒中につき食べたら危険」と書いていたのです。それ以来花が咲くまで蕾は取られなくなりました。涙を流したおばちゃんは私の智恵に呆れかえりました。しかし花が咲くと相変わらず花を摘み取って帰るので、「監視カメラ作動中につき華を取ると花咲か爺さんに罰せられます」と書きました。考えてみればこんな場所に監視カメラなどあるはずがなく、また花咲か爺さんって誰のこと?と首をひねりたくなるのです。それにしても丹精込めて地元の人が育てた花の蕾を漬物にして食べたり、花を家に飾ったところで幸せになるのでしょうか?。疑問ですね。
 私がまちづくりで花作りを思いついた理由は二つです。まず一つは人は美しいものに憧れる心があるからです。特に若い人にその傾向は強く、蜜蜂やチョウチョが花に群がるように、人も花に心を許すのです。もう一つは冬の人寄せでした。春夏秋はほっといても人が集まってきます。しかし冬は中々人が来ません。まちづくりや観光にとって冬と夏の落差は致命傷なのです。そのため冬に咲く花を考えました。その花が水仙と菜の花だったのです。私の町は海沿いに面していて、幾ら寒くても氷点下を下がることは殆んどないため、他の町より花が早く咲くのです。この作戦は見事に当たりました。今年もこの新聞記事に誘われて多くの人がやって来ることでしょう。目出度し目出度しです。

  「水仙が 咲いたと新聞 ピーアール 暇・金ある人 やって来ますね」

  「消毒中 危ないですよ 取らないで たったそれだけ 見事的中」

  「水仙は 花と球根 儲けると 思ったけれど 的が外れて」

  「花が咲く 影に人あり 忘れない さすれば花を 盗ったりしない」 

 

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