人間牧場

〇親友菊地邦求さんの告別式

 今日は親友菊地邦求さんの葬儀の日でした。今朝方豊茂の大本さんから弔辞の件で打ち合わせがあり、少し早めに告別式の会場へ来て欲しいというので、9時過ぎに家を出ました。大洲市にあるルミエールたいきという告別式会場までは約50分なので、10時過ぎに到着しました。実は一昨日菊地邦求さんの訃報を聞いて菊地さんの自宅へ弔問に行った折、菊地さんの奥さんから弔辞を述べて欲しいと頼まれていたのです。「私で良かったら」と快く引き受けたものの、私も実は67年の今日までまだ弔辞を述べた経験がないのです。役場で企画調整室や地域振興課に在籍していた頃、名誉町民の町葬等の折何度か町長さんの弔辞を書いたことはありましたが、自分が弔辞を読むとなると話しは別なのです。その話を聞いてからも高知へ出張したり会議が重なって家には殆んどいなかったため、弔辞を作る暇もなかったのです。さりとて親友の告別式なので手を抜く訳にも行かず、結局今朝2時に起きて原稿を書き、それをプリントアウトして張り合わせ、奉書で包み紙を作るのに夜が明ける朝6時までかかってしまいました。

 私が書いた原稿は次の通りです。

菊地さんの告別式弔辞

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

菊地さんの告別式弔辞

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  早速出来上がった弔辞を妻に読んで聞いてもらいました。寝起きの妻でしたが、時折涙ぐんでいました。妻の感想は「少し長過ぎるのでは?」でしたが、祝辞とは縮辞、弔辞とは長辞なので少し長めの方が胸を打つと小言蒟蒻で納得させました。
 弔辞を胸のポケットに忍ばせ会場入りしました。菊地さんの告別式は仏式ではなく神式で日ごろの葬儀とは少し様子が違っていました。弔辞は民生委員をしていたこともあって地方局の課長さんと民生委員協議会の会長さんがそれぞれ代表から届いた弔辞を代読されました。私は3番目で少々色あせるかも知れないと思いつつ、涙ながらに自分で作った弔辞をゆっくりとした口調で読み上げました。感情がこみ上げ涙が出て止まりませんでしたが、何とか役目は果たせたような気がしました。出席した仲間から「良かった」「感動した」とお褒めの言葉をいただいたし、菊地さんの奥さんも「ありがとうございました」とねぎらいの言葉をかけてくれました。
 
 
 今日は菊地さんの死を悲しむように時折みぞれ交じりの雨が降るあいにくの天候でしたが、もう菊地さんにこの世で会えないのかと思うと、寂しいものです。私も気丈に菊地さんの分まで長生きしなければと、心に念じました。
 今夜は菊地さんが書いた本を書棚から取り出して読もうと探しましたが見つかりませんでした。多分人間牧場へ持って行き、水平線の家の書棚に置いて、来訪者に供覧しているものと思われます。明日にでも探しに行こうと思っています。
 
  「結婚の 祝辞を述べた その人の 弔辞まで言う 何としたこと」
  
  「お祝辞は 縮辞といって 短めが 弔辞は長辞 長い方よし」
 
  「涙声 弔辞悲しく 読み上げる 水打つような 静けき中で」
  
  「また一人 親しき友が 消えて逝く つまらん人間 故に残りて」 
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