shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年3月14日

○時刻表の話

 この4日間、自分の車を乗り継ぎ、時刻表をめくりながら楽しい旅を続けました。全国行脚を続ける私にとって列車や飛行機の時刻表は今や無くてはならないものになっていますが、その時刻表に異変が起こったのは4年前に役場を退職してからでした。それまでは旅に出る時は役場に備え付けの時刻表をめくって旅を組み立てていましたが、退職するとそんなこともできず、何れない手つきでパソコンのインターネットで時刻表を検索しなければならなくなったのです。しかし慣れてくるとインターネットの時刻表検索はすごく便利で、乗り継ぎや次の便、さらには金額まで瞬時に出てくるのですから、プリントアウトし安心して旅に出れるのです。

 数日前、新潟県へ講演旅行に出かけました。松山空港から羽田空港まで空の旅を楽しみ、乗り継いで東京から新潟県浦佐駅まで新幹線に乗りました。車内は2階になっていて始めて2階席に座って一息入れました。席の前に車内報が置かれていて、時間つぶしにめくっていると面白い時刻表の話が載っていました。

 いつも思うのですがあの分厚い時刻表の数字の一つ一つをポイントととして無数のJR普通、新幹線、特急は勿論のこと私鉄やバス、空路、航路が日本国中で毎日動いているのです。

 時刻表は明治5年に鉄道操業とともに誕生しました。この年の6月に「鉄道列車出発時刻及び運賃表」が定められ、利用者の便に供したのです。運航路線や列車が少ない時の時刻表は一枚の紙でよかったのですが、明治中期になると冊子型時刻表が登場するようになりました。そして明治27年には月刊スタイルの冊子型時刻表が誕生しました。これは東京の庚寅新誌社から発行された「汽車汽船旅行案内」で単に列車の時刻だけでなく、各駅最寄の名所旧跡紹介するガイドや紀行文なども掲載されました。B5版より小さくページ数は本文だけで94ページ、折込路線図も入って、現在に通じるものになっていました。


 この時刻表は出版事業として成功を収め大正14年に創刊した日本旅行文化協会の時刻表は現在のJTB時刻表にあたり今年5月で通巻1000号を数えるのです。

 一方昭和62年に発足したJRでも独自の時刻表を交通新聞社が編集して出版し今日に至っています。若いころはじめて旅先で時刻表を買い求め、時刻表をめくりながらその不思議さに度肝を抜かれた鮮烈な印象を今もはっきりと覚えているのです。時刻表を繰りながら接続をページをめくって探し、それをメモして旅を組み立てた懐かしい旅のスタイルは、インターネットの出現で姿を消しましたが、時刻表をめくるたびに時刻表の中から出てくる新しい発見に何とも言えない興奮を覚えた旅の思い出はもう懐かしい記憶でしかないのかも知れません。

 何時の日か、退職でもしたら何の目標も持たずカバン一つに時刻表を忍ばせぶらり行き当たりばったりの旅に出たいと思っていた夢が叶う歳になったのに、何故か私の日常はまだまだそんな旅を手に入れることすらできないほど忙しいのです。


  「メガネなく 数字が読める 時刻表 私の夢は ぶらり旅だが」

  「この数字 一つ一つに 人ありて 日本列島 乗り物動く」

  「わが書棚 一冊残る 時刻表 下灘駅の 写真掲載」

  「今はもう 時刻表など 見ずの旅 何処でも行ける 旅の達人」