shin-1さんの日記

○気恥ずかしい夫婦二人の散歩

 「お父さん郵便物を出したいので上灘中学校前のポストまで歩かない」と妻に誘われ、いつになく早めに夕食を済ませた後、夕暮れ時の道を夫婦で散歩することにしました。私のような歳の人間というより、私自身のわだかまりかも知れませんが、夫婦である歩くのはどこか気恥ずかしいような気がするのです。「何をいまさらその歳になって」と言われそうですが、私は人様のように手をつないだり手を組んだりするすることができない性分なのです。

 夕暮れ時の県道は田舎の道とはいいながら仕事を終えて帰る車や自転車が結構頻繁に走り、顔見知りなどは夫婦で歩く見慣れない私を見つけてクラクションで「プープー」と鳴らし合図をして去って行くのです。ポストに郵便物を投函し、別の道を歩いて帰ろうと私が誘えば、妻は「元来た道を帰りたい」とこれまた意見が合わず、「黙って歩け」と私がへそを曲げるとしぶしぶ川沿いの道を一緒に歩いてくれました。左様に何かと意見の合わない二人ですが、決して仲が悪い訳ではないのでご安心ください。


 今日は朝から冬に学戻りしたような寒い一日でした。東京や横浜では雪が降り、先日訪ねた美幌町辺りでも雪が舞う厳しい寒さになったことでしょう。わが町も数日前から桜がほころび始めましたが、この寒さで一向に開かず足踏み状態のようです。桜は開花が確認されてから1週間で満開を迎えると言われているので、今週末の日曜日は花見をと意気込んでいた人たちをがっかりさせているようです。昨晩道後のメルパルクで会合と飲み会があり道後に出かけましたが、道後公園の花見の準備は着々進んでいるようですが、肝心の桜が開かないしこう寒いと人の出足が鈍るかも知れません。

 既に満開を迎えた九州地方からは花見の便りがちらほら聞こえてきますが、咲くのが寒さで遅れる年の桜は長持ちすると言われていますので、桜の残り花が入学式には見えるかも知れないのです。

 妻と散歩しながら、妻が「お父さん今年はどこの桜を見に連れて行ってくれるの」といいました。そういえば昨年は内子石畳のしだれ桜を見に行きました。旅のつれづれに「私の町の桜は有名で、一度是非見に来て下さい」と行く先々で聞いてはいるものの、殆ど見に行ったことはありません。今年こそはと思って見ても年度末・年度始めの忙しさにかまけてなかなか見る機会もなく過ごしてきましたが、私の人生設計では後21回しか桜を見る年は巡って来ないのですから、もっと桜の季節を惜しむように目に焼き付けておきたいと思っています。

 高知県と愛媛県の県境に位置する旧吾川村にも確か立派なしだれ桜があることを聞いていました。妻にその桜を見に行くか?と聞きましたが、「泊まりがけで行きたいね」と何時になく積極的な答えが返ってきました。足を延ばしてみたいものです。


  「久し振り 二人で散歩 恥ずかしや 俺は案外 初なとこあり」

  「夕暮れの 道を二人で 散歩する 桜の話題 話ししながら」

  「また今年 桜の季節が やってきた 指折りみれば 二十一回」

  「俺こっち 私はあっち 違う道 強引従え 夫婦で歩く」

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shin-1さんの日記

○第26回地域づくり団体全国研修交流大会最後の実行委員会終わる

 私はこの2年間、第26回地域づくり団体全国研修交流大会の実行委員長を務めてきました。小さいながらも全国大会の実行委員長ともなると、様々な仕事が舞い込んで結構忙しく、それでいて結構楽しく取り組みました。まず全体会や分科会を引き受けてくれる候補地を探し、手の上がった団体の代表と団体の所属する自治体職員で実行委員会を立ち上げました。幸いそのための必要予算は県が確保して順調に立ち上がりました。実行委員会が中心とはいいながらその原案を作る事務局は大変です。研修プログラムの素案を作成して実行委員会にかけるのですが、それぞれの思惑の違いもあって一進一退でした。それでも茨城で行われた直前大会までには何とかペーパーになり、それとPR用のポンジュースを持って茨木年大会には総勢50人を超える人たちで乗り込みました。それぞれがそれぞれの視点で全体会や分科会をチェックして、ある意味とても有意義な一年目の準備と研修を終えたのです。

若松進一ブログ

 2年目に入った実行委員会は分科会と全体会それぞれに役割分担に沿って準備をしました。全国への案内状発送は期待と不安が交錯しました。何せこの種の大会の全体会を南予宇和島という地方でやるのですから、期待はあるものの知名度は低く、かなり工夫をしました。私は事務局が作ってくれた私の似顔絵名刺の裏に大海のPR文字を印刷した名刺をわずか半年間で千枚も全国の人に時ある度に配り歩いたのです。その効果?もあって参加者は350人近くになり、締切当日の嬉しさは格別でした。全国大会の分科会会場を引き受けた各市町では運営委員会を組織し、何度となく打ち合わせの会合を持ち、それぞれが様々な思考を凝らして準備を進めてきましたが、目に見えぬ不安もあったようでした。

 何とか準備を終えて、11月13日の前夜祭、14日の全体会、14日と15日の分科会を、好天という幸運に恵まれ思い出に残る大会を開くことができました。その模様は100ページにも及ぶ素晴らしい報告書にまとめられていますが、多少悔いは残るものの今となっては後の祭りです。


若松進一ブログ

 形式的には昨日の今年度第5回目の実行委員会は、実行委員会解散手続きのための召集でした。事業報告も決算見込み書も全て満場一致で承認され、実行委員長としての私の役目をやっと終わりました。思えば長くも短い2年間でした。この大会は事務局体制がしっかりしていたこと、県や愛媛政策研修センター、それに私が代表を務めていたえひめ地域づくり研究会議の全面的な協力があったこと、それに分科会を受け持った県下15市町の運営組織の努力とキーマンたちの活躍という総合力の成果だっと思うのです。

 私はその上に胡坐をかいて楽をしてしまいましたが、これも役得と思って甘んじてしまいました。昨日は最後の懇親会もあって皆さんと楽しい思い出話をしました。この大会がなければ出会わなかったであろう人たちや、痕がも出会わないかも知れない人たちと、これからのことについて話し込みました。

 今後はこの大会をスタートにして全県下で活気のある地域づくりが展開されるよう祈っています。

  「またひとつ 重荷を降ろし 一休み 帰りの道は 背中軽々」

  「二年間 あっという間に 過ぎ去った 思い出多く 悔いなく終わる」

  「この二年 助けられたり 助けたり 貰った恩を どうして返そう」

  「飲むほどに 苦い思い出 かき消され 主役のような 輝き見せて」

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