shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年10月21日

○山梨県笛吹市での出会い

 子どもの頃、「鳥も取らぬに鳥取県」、「山があるのに山梨県」などと面白半分に言っていた私にとっては遠い県だった所が、最近は何だか近い県になって様々な出会いの場所となっています。山梨県もその一つで、観光カリスマ百選に選ばれている舩木上次さんと東京の高輪プリンスホテルで開かれた日本観光協会主催の観光カリスマ集会でひょんなことから知り合いとなって、今では肝胆相照らす仲として色々な出会いを繰り返しているのです。特に彼は関東圏の人だけあって物事の歯切れがよく、田舎者の私にはその小気味よい波長がたまらなく面白いのです。

 彼の紹介で突如として山梨学院大学で何の前触れもなく講演したり、今回は笛吹市での青年会議所主催による講演会とシンポジウムも彼の声かけで実現し出かけました。

 私は約1時間の基調講演の後シンポジウムに出演したのですが、舩木さんのコーディネーターぶりは、行政の域を超えにくい私たちと違って単刀直入にズバッと直球のような質問が投げかけられるのです。特に相手が少し弱音を吐くと「そんなことでどうする」と冷たくも温かい言葉が飛んでくるのです。その矢は行政関係者や学者には特に厳しく、何時だったか壇上に上がった首長さんが「住民の意見をよく聞いてなどと「住民の参加参画と協働」を唱えれば、「そんなにあなたの仕事は暇ですか?。首長は政策や公約を支持されて選ばれたのだから、4年という短い任期は自分が言ったことをどんどんやればいい。4年後に選挙で選ばれたい何てことを考えず全力投球すべし」などときついお灸をすえるのです。参加者のみならず同じく壇上に上がった私でさえ納得するのですから痛快です。また学者には「するべきだなんて自分がしたこともなくできそうでもないことを提案しないで下さい。そんな理論でなく、論理を参加者は求めている」とバッサリなのです。

 近隣の町村が合併して誕生した「笛吹市」という響きは素敵な名前だと思います。会議のまとめで、ブラックユーモアの得意な私は、「ただし笛吹けど踊らずにならないように」とジョークを一発かまして参加者の爆笑を誘発してしまいました。

 考えてみれば笛吹市は私たちにとって羨ましい町です。沢山の人が住む日本の中心地東京から1時間半という絶好の場所にあり、中央本線でトンネルをくぐると平地が広がる盆地に出ます。アルプスを遠望する肥沃な農地には日本一と自認するモモやぶどうなどの果物が一年中獲れ、石和温泉という観光地を懐に抱えているのです。ですから何もしなくても何不中なく快適な暮しが出来るのです。青年会議所の皆さんはこの街をさらに活性化しようと励んでいて活気を感じました。しかし市民のアンケートをとったり夢を形にすべく野外ステージなどの絵を書いて参加した人に見てもらう展示スペースを設けていましたが、その様子に苦言を呈するなら少々空回りかもしれないと思ったりもしました。

 音楽によるまちづくりは、今はもう全国あちこちで行われさして珍しくもなくなりましたが、コンサートで沢山の人を集めようと意気込んでハコモノ造りから始めるととんでもない失敗をしかねません。四国のある町にも似たような失敗事例があって、莫大な予算を投入した野外ステージは立派過ぎて年に1回か2回しか使えず、結局は稼働率年3回なんて結果をマスコミが税金の無駄遣いと厳しく断罪していました。

 私の町だって夕焼けコンサートを21年もやっていますが、未だにハコモノにこだわらず日本一海に近い下灘駅のプラットホームを使っており、あくまでも夕日が主役の「何のために開くのか」という究極のコンセプトをしっかりと守っているのです。ハコモノはないよりあったほうがいいに違いはありません。でも市民の合意形成という点では首をひねりたくなるのです。

 この日青年会議所は「子どもたちに夢を」とアドバルーンを揚げました。企画したメンバーは予想以上の反響に驚いたようでしたが、夢のアドバルーンはこの程度でいいと思いました。

  「秋空に ふわりふわりと アドバルーン 乗った子どもは どんな思いで」

  「企画した 本人たちは 口開けて 空を見上げる ただそれだけでは」

  「今回が 二回目となる このまちは 市長若くて 期待できそう」

  「若者が 親の比翼を 抜け出して 更に成長 するの楽しみ」


 

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