shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年10月17日

○秋花の咲く頃

 春に比べると秋の花は少し少ない感じがしますが、それでも秋にはとっておきの秋桜という和名のコスモスがあちらこちらに咲いて、見る人の心を和ませてくれています。最近日本の中国路を旅しましたが、どこもコスモスが道端に咲いて秋風になびいていました。一番圧巻だったのは、トイレ休憩でふと立ち止まった場所に沢山のコスモスが咲いて、週末にはコスモス祭りが開かれるという直前の会場を見たことでした。

 「花作り花見る人は他所の人」といわれるように、この花を丹精込めて作った人は多分地元の有志の方々でしょう。種を蒔き、定植し、除草や防除をしながらの作業は大変だったに違いありません。またコスモス祭りの期間中も天気が心配になったり台風で茎が倒れないか心配の種は尽きないのです。でもこうして色とりどりのコスモスが立派に咲いた姿を見るのは花作りをした人でないと本当の美しさは分らないのかも知れませんね。私もこれまで20年間も花作りにかかわり、水仙や菜の花、アジサイや芙蓉の花を世に送り出してきましたが、まちづくりの中でも花作りは特に奥が深いものがあるようです。

 先日、国立大洲青少年交流の家へ会議に出席するため出かけましたが、時間があるので看板に誘われて直ぐ近くにあるフラワーパークに出かけてみました。5時を過ぎ夕闇迫っていたので人影は殆どなく若いカップルが二組いた程度で広い敷地内をゆっくりと散策しました。

 盛りを過ぎたマリゴールドの畑は少し寂しい気もしましたが、それでも夏の暑さを耐えて今日まで咲き続けたど根性は立派なものです。誰かの言葉のように「花の命は短くて」折角咲いても見る人が少ないのではと思いつつ、目いっぱい楽しみました。

 ここのコスモスは手入れが行き届かなかったのか雑草に覆われていましたが、それでも一つ一つの花は美しく咲いて、カメラを向けると恥らうような雰囲気でしたが、束の間の癒しを与えてくれました。フラワーパークという看板を守るためにはここでも多くの人が働いているに違いないと、改めて感謝の念を持ちました。

 最近はこうした生きた花を摘み取って押し花にする技術が開発されて、色も殆ど変わらない押し花作品の展示会があちらこちらで開かれています。多分こんな趣味は野暮な男性には不向きで、作品を作っている人の殆どは主婦だと聞きました。しかしその作品を作るために、あちらこちらに出かけて公園や人の畑に勝手に入り込み押し花用の花を摘み取る人もあるとか、花の咲くのを楽しみにしていた人にとっては断じて許しがたいことなので、あちらこちらでトラブルがあるのだとも聞きました。

 ふと私は、近所の花作りのおばちゃんの話を思い出しました。菜の花を丹精込めて作って、間もなく花が咲くだろうと心待ちにしていた矢先、菜の花の蕾がある日のことごっそり盗まれました。それは菜の花の漬物にするための盗難だったのです。許し難い光景に呆然としたおばちゃんは私に相談を持ちかけました。やれ見つけたら警察に突き出すとか、防犯カメラを取り付けてはなどの物騒な意見が出されましたが、私のアイディアで「消毒中に注意」という小さな看板を取り付けましたら、途端に取られなくなりました。これも知恵なのでしょうか。いずれにしても「花はそこに咲くから美しい」のであって、盗んだ花を使って幾らいい作品が出来てもそれは人の心を打たないはずなのです。私たち人間も同じだと思いました。

?追伸

 久しぶりにシーサイド公園へ行きました。国道沿いに植えられた酔芙蓉の花が今見ごろを迎えています。綺麗ですよ。ちなみにこの写真は酔芙蓉が白からピンクに変化しつつある3時30分頃の撮影です。

  「ここに咲く だから花たち 美しい そのこと知らず 平気で盗む」

  「偶然に 立ち寄る場所に コスモスが いっぱい咲いて 涼しかりけり」

  「花愛でる 余裕もなしに あくせくと 働き詰めの 日々は愚かし」

  「中秋を 今が盛りと 咲く花に 勢い貰い 少し元気に」 

 

[ この記事をシェアする ]