shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年10月16日

○人間四つのタイプ

 10月14日、双海町下灘のコミュニティセンターで建築関係のシンポジウムがありました。何せ日本建築学会のシンポジウムですから、社団法人日本建築学会会長である村上周三さんが来るというので関係者は大騒ぎをして、伊予市長さんや北橋国土交通省四国整備局長さんなども列席する物々しさでした。私たち地元民は「へえーそんなに偉いのかー」と半信半疑の参加でした。

 テーマが「地球環境と循環型社会の再生」というこれまた私たち凡人には理解し難いものなので、「地球環境とサステナブル建築」-環境評価の推進と建築市場の変容ーという難しい演題で約1時間余り会長がパワーポイントを使って話しましたが、多分理解出来たのは建築関係に携わる人たちで、地元の人はまるでチンプンカンプンの様子でした。

 続いて行われたシンポジウムには村上会長さんと日本建築学会会員の善養寺幸子さんに付け足しで上田教育長さんと私が壇上に立ちました。善養寺さんは環境庁のエコ学習をそのままパワーポイントで説明し、上田教育長さんも博学なお話をされましたので、私の話が余計みすぼらしく感じられたのではないかと少しショックを受けました。

 といのも、私は例によって今回もまったく事前準備もせずシンポジウムに臨んだのです。準備をしなかったというより、島根県隠岐の島から続いたロードワークが前日まで過密スケジュールで、ブログも書けないほどの忙しさで、準備を予定していた当日の午前中も松山から人間牧場の視察が入ってまったく時間がなかったのです。

 でも壇上に上がればそんな言い訳は通用しませんから、私はどちらかというと地元の人に視点を当ててできるだけ分りやすい話をしました。特に私の持ち時間30分を使って、宮栄地区公民館長にはコミュニティを、西下共栄木材社長には木の住まいを、河野ホタル保存会長にはホタル保護活動を、また稲田元森林組合長には森林保全をそれぞれ質問形式で話をしてもらいました。環境や循環型社会について、いくら高慢な理想をグロ-バル的視点で唱えても、それがローカルな実践に結びつかなければ何にもならないのです。多分会場に居合わせた人は半分が地元、半分が外から来た専門家でしょうが、村上会長、善養寺さん、上田さん、コーディネーターの嘉村さんの話は外から来た専門化には快い響きに聞こえたことでしょうが、半分の地元民には私の話の方が理解できたのではないかと思った次第です。

 世の中にはおおよそ四つのタイプの人がいると思います。①難しい話を難しく話す人、②難しい話を分り易く話す人、③分りやすい話を難しく話す人、④分りやすい話を分り易く話す人です。他の3人がどの部類に当てはまるのは聞いた人でないと分かりません。でもはっきりしていることは、さしずめ私は④の分りやすい話を分り易く話す人だと思いました。方言しか喋らない私のような人間は多分浅はかな知識を見抜かれ軽蔑されることでしょうが、でも半分の人に理解されただけでも満足とせねばなりますまい。

 私はこの町に62年間も生きてきました。戦後の混乱期や双海町の誕生、高度成長や過疎など様々な変化の中で暮してきましたが、戦後40年は町の大きな変化もありませんでした。でもその後から今日までの20年間で双海町は急激な様変わりをしているのです。その20年のまちづくりの先頭にたって引っ張ってきたのは町長と私たちだと自負しています。でもあれほど反対された夕日や拠点づくりも、間違いのない方向性を見出しリードしてきたからこそ今日があるのだとこれまた自負をするのです。それは分りやすいことを分り易く町民の目線でリードし、町民がそのことを理解して実践したからに他ならないのです。

 これからのまちづくりも分りやすいことを分り易くしたいものです。それにしても今日のテーマであったはずの翠小学校は何処へ消えたのでしょう。

  「世の中は 難しことが 多過ぎて ついて行けぬわ チンプンカンプン」

  「半分も 地元が居るのに 無視をして 誰に理解を 求めているのか」

  「俺くらい 馬鹿がおっても いいでしょう 無官ゆえなる 気がねもなしに」

  「残すなど 口が裂けても 言わないで 釘を刺されて 学校議論」

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shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. 和田

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    若松さんのおっしゃることに大多数の人は頷くことでしょう。今後も分かりやすい言葉でお願いしますね。昨夜も日本一空港から遠い山村へ有難うございました。

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