shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年7月22日

○広島は近いようで遠い

 連鎖反応とでもいうのでしょうか、最近広島への旅が多くなってきました。集会に招かれ講演をすると時には名刺入れが空になるほどの人気ぶりで、その名刺が一人歩きしてまた核分裂を起すのです。ねずみ講のようなまるで信じられないような方法で講演の依頼があるのです。私が別に「講演に呼んでください」と頼んだわけではないので詐欺商法(笑い)にはひっかからないと思うのですが、まあそんな感じで名刺への2万円の投資はかなり成果を挙げているようです。

 昨日の朝の松山地方はどしゃ降りの雨でした。駐車場から船着場まで僅か数百メートルなのに傘を差してもズボンの裾はびしょ濡れになってしまった程でした。広島へは便利なスーパージェットという高速船を使いますが、これが新幹線並みの速さと表現してもよいようなスピードで海の上を走ります。松山から広島まで直線距離にして70キロ弱ですが途中の呉港に寄港しても僅か1時間17分ですから相当の早さです。しかしその料金も新幹線並みで6300円もするのです。往復12600円は貧乏人の私にとってはかなりの負担です。したがって時間に余裕がある場合は早起きをして同じ距離だのに何故か安いフェリーを片道だけでも使うのです。いつも不思議に思うのですがスーパージェットに比べるとフェリーは倍の2時間40分も乗っているのに料金は2700円なのです。したがって昨日は6300円と2700円の差額3600円の経費節減ができた計算になり少し得をしました。でも帰りは夜の集会に間に合うように格好よく帰りたいとついついスーパージェットの人となりました。 

 広島は近いようで遠いです。我が家から松山観光港へは約1時間余り、スーパージェットを使っても宇品からタクシーや電車を使って海上へも約1時間弱かかります。飛行機を使って東京へ行くのと同じくらいの時間がかかるのですから遠い実感は否めないのです。でもその分旅に出たって感じを受けるのですから良しとしておきましょう。

 先日島根県益田市種へ出かけた時、この航路筋についてカメラ散歩をブログで紹介しましたが、この航路筋はその気になって見れば幾らでも見所があります。音戸の瀬戸だって平清盛がしずむ夕日を扇で止めた伝説などの由緒ある土地柄だけにフェリーからでも史跡を見学することができるのです。狭い海峡ながらデッキに出るとほら、手が届く程の近くにこんな史跡がゴロゴロです。

 昔はここは交通の難所であり要所でした。対岸へは渡し舟しかなかったのです。今もその名残の小さな渡し船が両岸の間を忙しげに行き来して人々の暮しに息づいています。一度乗ったことがありますが何とも風情のある音戸の渡しでした。

 今はその難所もループ橋によってあっという間に対岸へ車で行くことが出来るのです。まるで何処かのショッピングセンターの駐車場のような雰囲気ですが、やはり遠望は素晴らしい音戸の橋の風景なのです。

 瀬戸内海は交通の難所が多く、霧も出て船の衝突事故も度々で船舶関係者を悩ませます。海上にも道路交通法と同じ海上衝突予防法なる法律があって、その法律に基づいて操船が行われるのですが、海の上で信号の変わりをしているのが灯台や浮標です。海の上をご存知ない方には馴染みのない話ですが、灯台や浮標は昼は色の識別、夜は光の識別が出来るようになっていて、海図にはちゃんとそのことが載っているのです。

 これは音戸の瀬戸の広島側浮標です。

 これも広島側の島の灯台です。まるで絵に描いたような小さな島が瀬戸内海にはこのように無数にあって、夜ともなると等間隔の光を放って自分の島の存在を誇示しているのです。

 その右にはかつて海軍兵学校のあった江田島が見えました。かつては古鷹山を臨むこの島から多くの若者が戦地へ赴いたことでしょうが、平和な今はただひっそりと瀬戸内海に映えていました。

 昨日は広島の自治総合研修センターで行われた地域づくり支援研修に招かれました。各自治体から選ばれた中堅職員が20名ほど参加していましたが、前もって質問事項が用意されるなど、やる気満々のセミナーで午後1時からの研修にもかかわらず、居眠りなど一人もいなくて凄い迫力を感じました。3時間というこれまた長いようで短い研修は私の話に終始しましたが、帰ってからの担当者からのメールによると大きな反響があったと書き記していただきました。特に今回の研修会には女性の参加も目立ちましたが、「男性よしっかりしなさい」と言いたい感じでした。

 四国を経つときはどしゃ降りの雨も、広島では時折太陽も覗くまずまずの天気で、持参した傘をうっかり忘れるほどでした。

 近くて遠いまち広島は行く度に発展を遂げているような活力を感じます。こちらも負けないように日々進化を続けたいものです。

 

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