shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年7月18日

○集落が消える

 (財)明日の日本を創る協会が発行している季刊誌まちむら94号の「まちづくりの現場から」というコーナーで、依頼されて私の書いた゛愛媛で動き出した「人間牧場」構想゛が掲載され手元へ送られてきました。3ページ立ての記事は、「若者の溜まり場ー私設公民館煙会所からの出発」「人間牧場での三つの課題」「自分自身の生き方追求」「家族との向き合い」「まちづくりをテーマにした人と地域への自立支援」という中見出しが示すように、人間牧場を何故つくり、人間牧場をどう使うのかといった私の想いを書き綴っています。多分この雑誌はまちづくり団体やまちづくり人に送られるのでしょうが、残念ながらその殆どは聞き流し情報として紙ごみとなる運命にあるのでしょうが、それでも僅か1パーセントの読者がこんな小さな記事を読み、その読んだ人の1パーセントが触発されて行動を起せば、日本の隅々にまちづくりは広がって行くのです。まあこんな具合におおらかな目で見ないとアナログ・デジタル入り乱れた情報化社会では生き伸びれないのです。

 まちむらのラビア・ルポ・論文・現場報告を隅々まで読みながら、集落のことについて考えてみました。私の町旧双海町には大小36の集落が谷あいにへばりつくように点在しています。奥大栄や富岡・、壷神といった地域では戸数が激減し、東越のように集落が消えるのも時間の問題ではないかと心配されています。かろうじて集落を保持している他の遠隔地域も独居老人が増えてそれはそれとして高齢化問題などで悩みは尽きないようです。

 別の雑誌ですが現場からの報告と題した記事が目に留まりました。山形県酒田市の沖合いに浮かぶ飛島という島の話題です。酒田市から船で1時間半のこの離島は9割以上が50歳という超高齢化の島です。人口も減り続けて10年後の人口推計は限りなくゼロだというのです。そんな島に夢なんかあるはずがないと思いがちですが、そこに住む人たちはかつての賑わいを思い出しながら何とか夢よもう一度と頑張っているのです。こうした地方の厳しい窮状など東京で政治をする霞ヶ関の人たちには知る由もなく、自治省の統計ではこの10年間で1000箇所とも2000箇所ともいわれる集落が消える数字にさえも殆ど驚くこともなく放置しているのです。

 私の町にお激しい過疎と高齢化の波が押し寄せています。行政はそんな実態に手を差し伸べるでもなく、合併によってこの一年間で都市型に合わせる平準化行政、画一化行政にすっかり様変わりしてしまいました。市会議員も行政職員も誰も気付かないふりをして時は流れているのです。

 「集落が消える日」はそんなに遠いことではありません。集落のあちこちに空き家が目立つようになりました。不便な田舎は車なしでは暮らせません。車に乗れる年齢を最大見積もり80歳としても時間の止まったような高齢者はこの町にも沢山ひっそりと暮らしています。やがて私も車に乗れなくなれば時間は止まるのです。その日のために自然と向き合って生きるすべをお年寄りから学んでおかなければなりません。見本はわが家の親父でしょうか。

  「ショックです 10年推計 人がゼロ 私の力じゃ どうにもならぬ」

  「情報誌 読めば読むほど 味がある 知識を知恵に 変える秘訣が」

  「読みました 突然届く メール読み 見知らぬお方に 返事返信」

  「三通の はがきを書いて 投函す 返事は全て メールで届く」   



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