shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年7月8日

○色々な橋を渡って

 視察地の九州宗像市から山口県長門市にある湯本温泉へは高速道路を3時間、関門海峡に架かる海峡大橋を渡りました。休憩のために立ち寄った橋のたもとにある九州めかりサービスエリアから門司と下関を見ました。何隻もの大きな船が西に東に橋の下を行き交っていましたが、本州と九州を結ぶ橋の果たしてきた経済効果は相当なもののようです。かつては本州の方が政治的、経済的に優位に立った時代もありましたが、博多を含めた北九州の飛躍的な発展によって、今では山口県辺りは吸収の経済圏域に完全に呑み込まれているようです。

 レトロな門司の市街にも沢山のビル群が立ち並び海峡界隈は独特な文化圏を形成しつつあるようでした。そういえば昨年2月に下関21世紀協会の招きで合併記念の講演会でこの地を訪れ、また21世紀協会と西瀬戸交流でえひめ地域づくり研究会議が交流してから1年半ぶりの光景ですが、その時は対岸のホテルからこの光景を眺めながらの会議でした。

 宿泊先は白木屋ホテルという大きなホテルでした。観光シーズンでもないのでホテルは散閑として落ち着いた佇まいを見せ、下を流れる川には両岸に散策歩道や足湯場、かつての洗濯場が整備されて、ホテルの下駄を履いてカランコロンとひとり早朝散策を楽しみました。ミニ沈下橋を渡るとその橋には無数のカワニナがひっついて清流の趣きを一層引き立てカワニナ=ほたるを連想してしまいました。

 湯本温泉のシンボルのような銭湯は朝の光に映えて旅情をかき立ててくれました。

 明くる日の昨日は再び下関へ舞い戻り赤間神宮を見学しましたが、平家一門のお墓や小泉八雲の耳なし芳一の物語を見学しながら、海峡を眺めてもの思いにふけりました。

 橋は対岸から見たり山頂から見るとまた違った姿を見せてくれます。あいにく関門海峡は霧が立ち込め大橋や海峡の様子は霞んでしか見えませんでしたが、潮流が激しく流れる中を忙しげに行き交う船の姿は躍動感に溢れていました。

 山頂展望台で戦艦大和の砲弾を見つけました。折りしも北朝鮮のミサイル発射のニュースが世間を騒がしているだけに、多くの人が取り囲んで過去の戦争遺物を見学していました。何でもこの砲弾の射程距離は42キロだそうです。

 その後最後岩国錦帯橋を見学しました。平成の大架け替え工事も無事終わった日本一の木造橋は梅雨の雨を満々とたたえた川の水に映え美しい姿を水面に映していました。その姿はまるでめがねのようで係留している屋形船が旅情をさそっていました。夜は鵜飼のかがり火が幻想的な雰囲気を醸すのでしょう。

 この橋は近くで見る。橋を渡って見る、橋を下から見る、橋を反対側から見る楽しさがあり、つかの間の時間にすべてを経験し堪能しました。

 特に下から見た橋の姿は日本人の技術の高さと美的感覚をまざまざと見せてくれ日本人として誇りを感じました。鉄やコンクリートが主流の時代にあってせめてこの橋だけは後世に残して欲しい職人技であり芸術品なのです。

 帰りは柳井港からフェリーに乗り、周防大橋の下をくぐりました。長さ千メートルの橋もまた見事でした。この橋を渡ると私たちの街の沖に浮かぶ周防大島へ行くことができます。島も私たちの街から見る姿とは随分違って見えるようです。かつては山口県東和町だった島も今は名前が変わり瀬戸内の霧に煙っていました。また近いうちに宮本常一の足跡を訪ねる旅に出てこの地を訪ねたいと思っています。

  「幾つもの 橋を渡って 旅つなぐ 人の想いと 技術に感心」

  「心せよ 祇園精舎の 言葉じり わが身に置き換え 戒めとせん」

  「この流れ 今も昔も 変わらねど 全てを呑み込み 西に東に」

  「もの悲し 耳なし芳一 物語 ハーンは何を 伝えたかったか」 


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