人間牧場

〇6という数字が4つならびました
 6という数字はラッキーセブンの7や末広がりの8に比べ地味ですが、今日は令和6年6月6日と6が3つ並びました。ついでだからと朝6時きっかりにウォーキングに出かけ、所用出掛けた松山から帰って着替え、畑に出て農作業を終えたのが午後6時でした。もう30年前の出来事ですが、令和6年には当時勤めていた役場で、私は世にも珍しい課長以外部下のいないたった一人だけの日本で一番小さな新設された地域振興課の課長になりました。

 普通課長になると管理職手当がつきますが、総務課長が私の所へやって来て、「課長と言っても管理する部下がいなので、管理職手当は必要ないのでは?」と言われました。私は「たった一人の課で3つのプロジェクト事業(シーサイド公園整備・下灘運動公園整備・潮風ふれあい公園整備)をこなさなければならず、自分を管理するのが大変だから管理職手当は必要、若し管理職手当を出さないのなら地域振興課長は別の人にどうぞ」と突っぱねました。

 その後町長。助役・収入役の3役で話し合ったた結果、管理職手当をいただくことになりました。しかしその仕事の量たるや大変なもので、働き過ぎて病気になったりしましたがそれでもやりこなし、現在も3つの公園は今も最大限に多くの人に利用されているのです。私にとってそういう意味では6という数字は昔も今も意味を持った数字で、平成6年にフロンティア塾(青春塾)の講師としてやって来た東京ロマン亭の鈴木繁夫さんとの出会いがなければ彼の遺志を継いで造った人間牧場もなかった訳ですから、私にとって6という数字はラッキー6なのです。

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