人間牧場

〇古い物には愛着がある
 先日新聞を読んでいると、「愛着があるガラクタは人生の宝物である」という記事が目に留まりました。最近は「終活」や「断捨離」などに注目が集まり、ややもすると古い物や身の回りの品々が、いとも簡単に捨てられる時代となりましたが、コロナ以降の新時代を生きる逆転の発想は、多くを手に入れ多くを捨てることは決して持続可能なライフスタイルではなく、あらゆるもののスピードを落とし、スローな生き方をすべきであると説いていました。

 「捨てる生き方」も「拾い集めて活かす生き方」も人それぞれですが、私の場合はどちらかというと後者の意見に近いためわが意を得たりの心境になりました。さりとて増えて行くモノとどう暮らして行くか?、またすぐに捨てて片付く息子たち夫婦とどう折り合いをつけて一緒に暮らすか?、さらには老いの始まった私たち夫婦はどう生きるか?などなど、考えさせられる今日この頃です。私の家は古民家に近い日本家屋で、その気になれば「拾い集めて活かす生き方」が比較的できる環境にあるので、折り合いを付けながら生きて行きたいと思います。

 先日友人がわが家へ訪ねて来ました。その人も私と同じ新聞を読んだそうで、私のガラクタに囲まれた暮らし方を見て、最近「シンプルライフに潜む空虚さ」を感じていたそうですが、私の生き方は「モノは記憶を呼び覚ます装置である」とも言ってくれました。確かに昨年海の資料館に収納した丸木舟を見ても、青春時代の記憶を呼び覚ませてくれるし、かつてこのガラクタを集めて展示室まで設けた親父の生き方を見てきましたが、ガラクタは孤独になりつつある私たち高齢者にとってまさに宝物なのです。

 私はこれからも活き活きと老いて行きたいと思っていますが、未来にのみ夢を託して生きて来たこれまでと違い、過去をも振り返りながら生きてこそ文明は成熟するものだとも思いました。これからも捨てる身軽さよりも捨てない豊かさをしっかりと実感しながら生きて行きたいものです。そのうち老いると私自身が捨てられることも忘れて・・・。

「新聞の 記事読みわが意 得たりけり 捨てない生き方 これもまたよし」
「終活や 断捨離せよと 人は言う 一理はあるが 私は別道」
「古いモノ 記録と記憶 装置にて 思い巡らす 老後の暮らし」
「活き活きと 生きて行こうと 思ってる 上手くいくかは 努力次第だ」

 

 

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