人間牧場

〇夕焼けコンサートこぼれ話(その2)飛んでる女性

 佐那河内村という徳島県で唯一村を名乗る小さな山村が徳島にあります。何年か前村長をしていた原さんの誘いを受け、講演に2~3度うかがったことがありました。その後原さんが村の若者たちを連れて人間牧場へ研修に来られました。その時出会ったのが彦上亜依さんです。その後私が代表を務めている地域教育実践交流ネットワークえひめが主催する、交流研修会が国立大洲青少年交流の家で開かれた折にも、このところ毎年のように参加して交遊を温めていますが、佐那河内の歌などを披露するなどして一躍みんなのアイドル的存在となりました。

徳島県佐那河内村からやって来た佐那人の熱演
JR下灘駅のプラットホームコンサートで再会した彦上さんと
空中高く飛んでる彦上さん

 今年35回目を迎えた夕焼けプラットホームコンサートに、自らが作り唄っている映像デモCDを送って募集に応募していましたが、見事7組の一つとして選ばれました。そんなこんなで彦上さんとの再会を楽しみにしていましたが、5組目に出演したグループ佐那人は、持ち前のパワフルな演奏と演技で会場を大いに盛り上げてくれました。コンサートが終わってプラットホームのベンチで少しだけお話をしましたが、その時撮影した画像が彦上さんのfacebookでアップされました。コロナ禍でマスクをしたままの私と彦上さんとのツーショットは、私にとってよき思い出の一枚となりました。

 その写真の中に下灘駅のプラットホームで空中に舞う彦上さんの姿が写っている写真がありました。彦上さんが空中ジャンプしている画像はこれまでにも何度か見ましたが、私も真似をして撮りたいと思うものの、いかんせん体を空中に飛び跳ねることすらラジオ体操程度でできないため諦めていましたが、今度出会った時に私が空中に跳ねた姿の写真を撮ってくれると言うので今から楽しみに、その日が来るのを待っています。彦上さんは何かにつけて積極的で、まるで若い頃の私を見ているような気がしています。小さな村の大きな存在の彦上さんに大きな拍手を送ります。(佐那河内村特産のスダチを袖の下で4個いただいたので、少し褒めて書きました。そうそう昨日、今年も元村長の原さんからスダチが一箱送られてきましたいつもありがとうございます。)

「徳島で 唯一村を 名乗る村 佐那河内村 出会い重ねて」

「コンサート 出演メンバー  顔見知り 再会嬉し 演奏聞き入る」

「JR 下灘駅の プラットで 寅さんビックリ 空中飛び跳ね」

「袖の下 特産スダチ 頂いて facebookに お褒めの言葉」

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人間牧場

〇お月見サービス

 昨日の夜中学校1年生の孫希心と、小学校5年生の孫奏心が私たちの居間にやって来て、「只今お月見サービスの期間中です。肩たたきや肩もみはいかがですか!!」とセールスを始めました。この二人は新型コロナウイルスの影響で、4月から学校が長期休校になった折、5つのプロジェクト事業を立ち上げました。その中の一つが「なんでも屋カンパニー」という子ども会社の設立でした。兄が社長、弟が社掌というたった二人だけのパロディ会社ですが、1件につき300円で家庭の細々労働を受注するというのです。ただし5分以内の軽微な作業はボランティアで、肩たたき、草引き、車の洗車等々何でも引き受けるのです。

お月見サービスの肩たたき
孫奏心の肩たたき

 収入は明朗会計で300円のうち100円を社長が、10円を社掌がその都度分配し、残りの100円は家族共済にプールして、家族のために使うらしいのです。その後学校が始まると勉強や遊びが忙しく、会社の存在も忘れていたように見えましたが、孫2人は妻にちゃっかりすり寄り日ごろから、肩たたきなどを受注しているようでした。私も丸木舟の舳先を持ち帰った際二人に協力を頼み、重労働だったので奮発して二人それぞれに300円ずつを渡しましたが、二人は家族共済へのプールを忘れることなく処理をしていたようで、昨晩はお月見サービスということで100円割引のようで、私と妻がそれぞれ200円づつ払い肩たたき・肩もみをしてもらいました。

 最近中学生の孫希心は、両親から居場所確認を目的に念願のスマホをかなり厳しい条件を付けられて買って貰ったようですが、驚いたことにこれまで金融広報委員会から貰った小遣い帳に、お金の出し入れを記入していましたが、いつの間にかその記帳をスマホに変えたようで、肩たたき・肩もみが終わると早速記入をしていて、私にこれまでの受注項目と金額の出し入れを見せてくれました。金融広報アドバイザーとして金融教育にいささかなりとも関わっている私としては、この上ない孫たちの取り組みに目を細めています。高齢となった私は進化どころか退化する一方なのに、いつもは叱ってばかりの孫たちながら、すこぶる健全に日に日に成長していて、頼もしい限りです。何と100円も値引きしてくれる嬉しいお月見サービスに、心が温かくなりました。

「コロナ禍で 孫たち作った カンパニー その後継続 少しの進化」

「おばあちゃん お月見サービス いかがです 100円割引 したたか受注」

「ささやかな 金銭教育 わが家でも 子どもとお金 実践しつつ」

「いつの間に 小遣い帳が 変わってた スマホ記帳化か 中々やるわい」 

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人間牧場

〇今を大事にしない者に明日はない

 人間の心は弱いもので、何かにつけて先送りすることが多いようです。日々の暮らしの中であれもやりたいこれもやりたいと思うものの、「明日にしよう」、「また今度」「いつか」という怠慢心が頭を持ち上げ、自分に言い訳ばかりするうちに、あっという間に一日が、そして一ヶ月が一年が過ぎて行くのです。若いうちなら余力があるのでそれもいいのでしょうが、後期高齢者のレッテルを貼られた私などに残された時間はそんなに多くないため、余程心を引き締めて日々を暮らさないと、取り返しのつかない人生となってしまうようです。

 あるお百姓さんが大根の種を蒔く時機を逸した「御幣担ぎ」という落語があります。種を蒔こうと畑に向かう途中、顔を手で押さえて歩いている女性に出会いました。聞けば「歯が虫歯で痛む」ので病院へ行くとのこと、「葉を虫に食われたら大変」と縁起を担いで「明日にしよう」と諦めました。明くる日「今日は蒔こう」と畑に向かうと村長さんに出会いました。「どちらへ」と聞くと、「警察から呼び出しを食らった。私が選挙でおカネをばら撒いたという『根も葉もない』噂が飛び交っているそうで、説明に行く」というのです。

 「根も葉もない大根は作れない」と思いその日も種を蒔くのを断念しました。左様な日々が続き結局その年は、大根の種を蒔くことができませんでした。そんな時思い出すのが「やってみればいい」という言葉です。今を大事にしない者に明日はないのかも・・・・。

 やってみればいい
 「とりあえず」ばかりで一日がすぎていき
 「また今度」ばかりで一ヶ月が過ぎていき
 「いつか」ばかりで一年が過ぎていく
 自分に言い訳するうちに時は過ぎ
 あっという間に人生が終わる
 無駄にする時間はひとつもない
 やりたいことがあるなら「今」する
 あれこれ考えて動かないなら
 まずは「やってみる」こと
 今までと違った人生が待っている

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人間牧場

〇レジリエンス 

 最近は横文字の言葉が多く、私のような学歴のない人間にとっては中々理解し難い世の中です。それでも便利になった世の中のお陰で、若い頃のように分厚い広辞苑を引くでもなく、パソコンに横文字を入力すれば、詳しい意味と使い方などが出て大助かりです。研修会などに加わると横文字知識に疎い私ゆえ、高学歴と思しき人たちの話す横文字が直ぐには理解できず、分かったような顔をしているのもどうかと思い、赤恥をかくことを覚悟で先日も「『レジリエンス』とはどういう意味ですか?」とみんなの前で発言者に質問してしまいました。

 発言者は「それも知らないのか、低能だなあ」と言わんばかりな目つきで私を見ながら、「レジリエンスはレジリエンスです」と説明してくれました。研修会が終わって横に座っていた人が、「若松さん、実は私も知った様な顔をしていましたが、レジリエンスという言葉の意味を知りませんでした。あなたのように質問する勇気もなく質問しませんでした」と小声で吐露してくれました。それにしても「レジリエンスはレジリエンスです」とはどういうことなのか、多分使っていた本人もとっさの質問に、答えを失なったものと思われました。

 帰宅後パソコンでその意味を調べてみると、「不屈力」とか「回復力」とか、「立ち直り力」という意味だと分かりました。私は水産高校出身なのでそういえば、航海術の先生が授業で船の復元力の話をした折、人間の生き方になぞらえて「レジリエンス」という言葉を使っていたことを思い出しました。もう60年前の出来事なのですっかり忘れていた横文字言葉でした。世の中には色々な困難に会いながらも凹まず生きている人は沢山います。その人たちは今の困難ではなく現在を、幸せに向かう途中だと考え、諦めることなく希望を持って生きているのです。

 もし私が「レジリエンス」という言葉を聞いて知ったかぶりでいたら、この言葉の意味も分からずやり過ごしていました。かく言う私もこれまでの75年生きて来た折々には、望ましくないことが自分の道を度々塞ぎました。特に若い頃親父や私自身の病気で人生の羅針盤が狂いかけた時、悪くなった体は今だけど、病気を直して元気を取り戻せば何とかなると思い、萎むことなく生きてきました。私のレジリエンスの意味は復元力で、「心は未来にある」と信じて凡人ながら今日も生きています。

「レジリエンス それは何か? 問うたなら レジリエンスは レジリエンスと」

「低能な 私にゃ分からん 横文字が 多過ぎ時々 恥を覚悟で」

「そういえば 航海術の 授業にて 60年前 聞いた言葉だ」

「楽天家 希望を持って 生きている 心は未来 強い心で」

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人間牧場

〇35回目の夕焼けプラットホームコンサート(その2)

コンサートの行方を見守るスタッフの皆さん

 今年35回目を迎えた夕焼けプラットホームコンサートは、新型コロナウイルスの影響で無観客コンサートとなりましたが、その行方を見届けたくて、昨日はスタッフTシャツを着て何する訳でもないのに一日中JR下灘駅にいました。

観光列車伊予灘ものがたりの入線
アテンダントにインタビューする司会の藤田晴彦さん

 時折入って来るマッチ箱のような鈍行列車や、観光列車伊予灘ものがたりを迎えたり見送ったりしながら、時の流れの速さをしみじみと味わいました。まるでスコールのような土砂降りの雨に驚き、迫り来る台風10号の行方を気にしながら沖合に避難している大型船の姿や遠くに見える島々にも目をやりました。

綺麗だった夕日夕やけ
台風10号の接近で避難している大型船

 幸い夕暮れ時には自慢の夕日こそ見えなかったものの、夕やけが西の空を赤く染め、7組の出演者の歌声が秋空に響いていました。昨日のコンサートの模様はyoutubeliveやツイキャス、facebookwatchで無料配信され、多くの人が見てくれたようです。

徳島県佐那河内村からやって来た佐那人の熱演

 徳島県佐那河内村からやって来て出演した知り合いの佐那人(4人)たちも熱唱してくれました。残念ながらコンサート後潮風ふれあいの館で開かれた交流会には、後約があって参加できませんでしたが、念願かなって過去の35回全てのコンサートを全て見届けることができました。渡部さんや冨田、藤岡さんご一家はじめ多くの方々に感謝します。

「35回 全てを見ている 私だけ? 今年も観れて ホッと一息」

「無観客 ライブ配信 コロナ禍で それでもみんな 熱演熱傷」

「雨上がり 秋風吹いて トンボ飛ぶ 台風接近 沖合船舶」

「交流会 残念ながら 後約あり 参加をせずに 後ろ髪引く」  

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人間牧場

◯無観客のコンサート

日本の各地では新型コロナウイルスの影響で、コンサートなどの中止が相次いでいますが、35回目を迎えた双海町の夕焼けプラットホームコンサートは、無観客ながら今年も行われ、ネット配信されました。

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人間牧場

〇幸せを得る4つの因子

 「これまで生きてきた半生が果たして幸せだったか?」と尋ねられたら私はどう答えるでしょう。人から見れば他愛のない半生でも、自分なりに苦難を乗り越え今日まで歩んできたつもりなので、少しだけですが「幸せ」だと感じています。

 幸せとは幸せと感じる心ですから、これからも幸せと感じるような余生を生きたいと思っています。さて自分の人生をふり返って、心の幸せを得るのはどうしたらいいか色々と考えてみましたが、どうやら4つの因子があるようです。1つ目は自己実現と成長の因子です。「やってみよう」と夢や目標を持つことです。

 2つ目は前向きと楽観の因子です。色々な夢や目標を持ってもいざ実践するとなると、果たしてできるだろうかと不安が先に立って中々一歩踏み出すことができません。そんな場合は「何とかなる」と前向きに自己受容ができると、上手く事が運ぶのです。

 3つ目は独立と自分らしさの因子です。最初は物真似だったり人の力を借りたりしますが、やがて自分らしさを見つけられ、人と比べ過ぎなければ自分らしく生きれるようになります。孤立せず独立して「ありのまま」に生きるとオンリーワンの個性が生まれます。

 4つ目はつながりと感謝の因子です。自分が今日あるのは多くの人のお陰であり、利他性や感謝の心を持ち、「ありがとう」と言葉に出して言うのです。総論的に4つの因子をまとめれば、「夢や目標を持ち、人との多様なつながりを大切にして、前向きに自分らしく生きる人が幸せ」なようです。

 ふと、「人が幸せを感じる条件」と「イノベーションが起きる条件」は似ていると思いました。つまりイノベーション(革新)を起こさなければ幸せを手に入れることはできないということのようです。さあ私も幸せを手に入れるため新しい4つの種(因子)を蒔き(イノベーション)ましょう。

「半生を 反省しつつ 幸せを 噛みしめながら 今生きる」

「幸せを 得るには因子 4つあり それら種蒔く イノベーションを」

「まず一歩 何とかなるさ ありのまま 感謝の心 忘れるべからず」

「元町長 結婚式で 祝辞言う 幸せ南(みな身) なるほど納得」  

 

 

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人間牧場

〇長男息子の遊び心

 家族4人とともに私たち夫婦と同居しているわが息子は、もう50歳近くになるというのにあれこれ遊び心が多く、特に子どもが大好きと思われるカブトムシの飼育にうつつを抜かしています。この他にも伊予市街地のまちづくりや、ミニ映画会の開催など多岐に及んでいます。隣町中山の旧酒蔵で開いた映画二宮金次郎の上映会を機に発足した十彩会の人たちと、今年はひまわりを1万本も植えてひまわり祭りを行うなど、留まるところを知らない雲行きです。

台風に吹き込む強い南風で昨日はフル回転だった風力発電風風車
太陽光発電パネル

 本業は建築設計の仕事なので、帰宅も夜遅いことを考えれば、土日の休みを利用して息抜きに行うこうした活動に目くじらを立てることはないのですが、毎日フル回転で動いていて、本業に差し障るのでは?とか、体を傷めるのでは?と妻は心配していますが、親は幾つになっても子どもは子どもなので心配の種は尽きないようです。時折「誰似たのか」とこぼすと、誰もが「それは親父のあんたに似ている」と言われるので、言わないことにしています。

 今は1万本植えた後のヒマワリの種の収穫期で、大量の種がわが家に運ばれ、庭の隅にはブルーシートの上に収穫した種が沢山天日干しされ、新型コロナウイルスの影響で家にいることの多い私に、雨に濡らさないようその世話まで手伝わされる始末です。余った苗を私の家庭菜園に植えた後片付けや種取りも、結局暗黙のうちに私の仕事となってしまいました。昨日は台風9号の影響でかなり強い南風が吹き荒れましたが、屋上に取り付けた風力発電の風車も息子のお遊びです。

 息子は家の入口にある車庫の屋上に、風力発電の風車と太陽光発電の発電パネルをもう10年以上も前に取りつけ、バッテリーに充電して家のテレビやパソコンの電源として使っているようですが、夢は省水力発電もしたいと、既に水車の試作も行っていますが、残念ながら家や人間牧場に発電に必要な水量がなく、計画はまだ実現していないようです。いずれにせよ、私が無人島に挑む少年のつどいや丸木舟建造と瀬戸内海航海などに若いころうつつを抜かしていた姿に、よく似ていることは確かです。

「わが息子 誰に似たのと 妻に聞きゃ それはあなたと 決まり文句で」

「あれこれと やりたい放題 わが息子 休みと小遣い 費やしやってる」

「そういえば 私も昔 いや今も 遊び心で 人生楽しむ」

「気がつけば いつの間にやら 巻き込まれ 文句言いつつ 次から次へ」

 

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人間牧場

〇台風9号

 昨晩は大型の台風9号が、九州五島列島付近の海上をかすめるように通過したため、強風域の円内にある四国愛媛県でも、台風に向かって吹き込むかなり強い南西の風が吹き荒れ、今も風音を立てて木々を揺らしています。

沖合いに見える避難している船
今朝の台風9号の現在地と10号の進路予想

 今回の台風にはもう1ヶ月も降っていない雨を期待していましたが、残念ながらその雨もほとんど降らず、また水遣りの苦悩が連日続くようですが、追っかけるようにやって来ている台風10号に淡い期待を持っています。気象庁の予報だと台風10号はこれから急速に発達する予想で、災害が起こる可能性が多分にあるようなので気をつけなければなりません。

 この2~3日、私たちの町の沖合の海には、大小30隻ほどの日ごろ見かけぬ船が、台風避難のため停泊していて、特に夜は多くのライトを点けていてまるで不夜城のようでした。今朝ネットで天気予報を見ると、台風9号は既に朝鮮半島に達しており、そろそろこれらの船も西に東に目的地に向かって動き出すものと思われます。

「9号の 恵みの雨を 期待した 残念ながら 外れてがっかり」

「追っかける ように10号 足早に 発達しながら 日本近づく」

「わが町の 沖合台風 避難船 夜は不夜城 明かりを点けて」

「吹き戻し 強風木々を 揺らしてる 眠れぬ夜が やっと明け行く」 

 

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人間牧場

〇サワラが届く

 一昨日の夕方、漁師をしている人の奥さんに、妻が天草を使って手作りしたフルーツゼリーを届けに行きました。あいにく留守でどうしたものかと奥さんの携帯に電話を入れると、「今は主人とともにサワラ流し網漁に出かけていて、あいにく船の上です」とのこと、沖合にいる人と携帯電話で話せる便利な世の中になったものだと感心しました。

 その夜は漁場が悪かったのか不漁とのことでした。明くる日リベンジを誓って漁場を変えたところ、かなりの水揚げがあったそうで、今朝市を終えて帰宅途中わが家へ立ち寄り、立派なサワラを一匹いただきました。早速私が粗調理をし半分片身を同居若嫁に渡し、わが家も妻が魚にラップをかけ冷蔵庫に収めました。

 今日の夕食はサワラの刺身とアラ煮付けのようで今から夕食が楽しみです。わが家は元々漁家でしたが、私の代で漁師の家計が途切れる不運に見舞われました。でもわが家には親父が遺してくれた和船の模型を海の資料館海舟館に展示するなど、そこここに漁家としての足跡が残っていて、ある意味わが家の誇りとして今後も受け継いで行きたいと思っています。

 幸い私には親類に漁師さんも、また知人友人に漁師さんも沢山いるので、魚には事欠かないほど一年を通じて旬の魚が届き美味しく食べています。サワラは魚偏に春と書き春が旬ですが、この時期のサワラも脂が乗って美味しいです。サワラの刺身、サワラ飯、サワラの西京焼き。う~ん、思い出しただけでもノドが鳴ります。

「こちらでは 美味い魚の 代名詞 鯛の浜焼き サワラの刺身」

「朝早く サワラ一匹 届きたる 早速われは 包丁研いで」

「魚偏 春とは書くが 秋だって 脂ノリノリ サワラ美味しい 」

「包丁を 研いでサワラの 粗調理 慣れたもんだと 得意になって」

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