〇人の前で話す難しさ
講演などで、手を挙げてもらって参加者に聞いたところ、「人の前に立つと上がってしまって、思っていることの半分も言えない」とか、「自分は人の前で話すのが苦手である」などと、半数以上の人が人の前で話すことにコンプレックスを持っているようです。かく言う私も若い頃には人の前に立つと原稿を書き覚えたつもりの話も記憶が飛んで、大失敗をした経験が何度もあり、「これではいけない」と頑張れば頑張るほど気になって、失敗の上塗りをしたものです。一番の失敗は双海町青年学級委員長をしていた23歳当時、青年学級の指導をしていた主事さんの発案で、「ラブレターの書き方」をテーマに学習したことを活かして、NHK青年の主張に応募しようという話になり、60人ほどの学級生が400字詰め原稿用紙3枚の原稿を書き、NHK松山放送局へ送りました。一つの町から60通もの応募があったのは後にも先にもなかったらしく、当時は随分話題になりました。応募して10日ほどが経つと応募した全員に一枚の葉書が届きました。「あなたの原稿は素晴らしい。またどうぞ」でした。
ところが私に届いた葉書だけには「あなたの主張が原稿審査の結果選ばれました。〇月〇日、NHK松山放送局で愛媛県大会を行いますので〇〇時間までに受付へお越し下さい」と書かれていました。驚いたのは私だけではなく、学級生全員の驚きでした。さあそれからが大変です。私は原稿用紙3枚に書いたことを一字一句間違わないよう、小学校で借りたオープンリールのテープレコーダーと腕時計を相手に、全て暗記するための猛特訓しました。「これなら大丈夫」と自信を持って臨みましたが、スタジオの熱苦しいライトと熱気、それに審査員の視線も加わって、覚えていたはずの原稿を全て忘れ、頭の中はセピア色どころか真っ白になりました。焦れば焦るほどにっちもさっちも行かなくなりましたが、開き直って自分の普段思っていたことを方言丸出しの普段の言葉で喋りました。体中大汗をかき私の挑戦は終わったかに見えました。「ところがところが」です。全員の発表が終わって結果発表があり、何と第14回NHK青年の主張の愛媛県代表は双海町の漁業若松進一さんです」とコールされ、ささやかなファンファーレが鳴りました。何という青天の霹靂でしょう。まさに逆転満塁ホームランでした。
以来私は原稿を書いても全て記憶する努力を止め、アドリブ話術に徹するよう努力した結果、いつの間にか思ったことどころか、今は思っていないことまで言えるようになりました。「生麦・生米・生卵」「隣の客はよく柿食う客だ」「ウリ売りがウリ売り売ってウリ売り帰るウリ売りの声」「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」「お綾や親にお謝り、お綾や八百屋にお謝りとお言い」「新春早々、新進シャンソン歌手による、新春新進シャンソン歌手ショー」などなど、車の中でたった一人をよいことに、上がらないための練習をしたことも今はよき思い出です。話が苦手な人は、「覚えていることを全部間違わないように全部話さなくっては!!」と焦ります。そうすると頭の中が混乱して順序がバラバラになり、結論に結び付けることができず、「あの人の話は一体何を言いたかったのだろう」となってしまいます。簡単な筋道のメモを見ながら話すのも一案です。話がうまく転ぶようになると、周りの人の自分を見る目が変わってきます。自分の価値を上げるためせいぜい努力しましょう。
「失敗を 何度も何度も 繰り返す そのうち上手く 喋れるように」
「私など 思ったことの 半分も 言えなかったが 今では進化」