人間牧場

〇今年は青豆大豊作

 枝豆といえば「ビール」を思い出すほどビールに良く合う食べ物です。私は大豆がらみの豆腐や納豆が大好きで、特に豆腐には目がないほどよく食べます。勿論枝豆も大好きなので、わが家の家庭菜園ではジャガイモを収獲したその後に青豆を植えていますが、今年は天候に恵まれ大豊作で、このところ毎日のように収獲しだての青豆を妻に頼んで茹でてもらい、妻と一緒に堪能するほど食べています。

青豆畑
青豆畑
沢山の実をつけた青豆
沢山の実をつけた青豆

 わが家の家庭菜園はこの5年間、安心安全を第一にしているので無農薬無消毒を貫いているため、生えた青豆の茎には無数のカメムシがいます。カメムシは独特の臭いを発するし、カメムシが青豆に悪さをするのでできた青豆は決して一級品ではありませんが、それでも丹念に水洗いをすれば問題はなく、枝からハサミで切り取って妻に渡し私の役目を終えるのです。

切り取った青豆
切り取った青豆

 青豆は実入りの時期に水を遣るのがポイントで、その時期に水を切らすと皮が引っ付いて実入りが少ないと、種物屋さんに指導を受けていたので、今年は雨が降らない夏でしたが、毎朝欠かさず畝谷へ丹念に水を流した結果、一サヤに3粒の立派な青豆ができました。豊作で食べきれないので、親類や近所にお裾分けしてあげていますが、大層喜ばれています。妻と若嫁は茹でた青豆の豆を取り出し、ジップロックのビニール袋に入れて冷凍保存し、色々な料理に使って楽しんでいます。

 家庭菜園での野菜づくりも少しずつ馴れて結果を出すようになって、妻の私に対する信頼は以前にも増して増えつつあるようです。それにしても青豆を食べ過ぎると何故なのでしょうか、サツマイモと同じようにオナラがよく出るようです。昨日も孫と一緒にテレビを見ていて、思わず「プ~」とやってしまい、孫に「おじいちゃんじゃろう~」と大笑いされてしまいました。まあこれも笑いを誘うわが家のパロディです。さあ今日も茹でたての青豆を思う存分食べましょうか。

  「ジャガイモを 掘った跡地に 青豆を 植えて豊作 毎日食べる」

  「青豆を 食べると何故か オナラ出る テレビ見ながら 思わずプ~と」

  「青豆に カメムシ群れて 嫌臭い ザル入れ水で 洗って茹でる」

  「青豆を 親類近所 お裾分け みんな喜び 破顔一笑」

 

 

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人間牧場

〇歳をとると快適温度が小さくなる

 たった一日のことながら、たった一つの台風が、熱射地獄のような連日35度を越える猛暑気温を、あっという間に下げ、今朝は肌寒ささえ感ずるほどになりました。しみじみと「自然って凄いなあ!!」と思いながら朝のウォーキングを楽しみました。道端の草も一昨夜の雨で一息ついたのか、緑色が回復しているように見えました。草むらからは、「待ってました」とばかりに秋の虫たちが涼しげな音色で鳴いていて、「目にはさやかに見えねども」を実感しながら歩きました。

 

子どものラジオ体操もいよいよ明日で終わりです
子どものラジオ体操もいよいよ明日で終わりです

 若い頃は外気温が35度以上になっても、5度を下回っても余り暑さ寒さを感じませんでした。ところが歳をとった最近では、昨日まで「暑い暑い」とフーフー言っていたのに、今朝は「寒い」と感じ、道行く人も「今朝は涼しくて寒いほど」だと口々にあいさつし、妻などは長袖を羽織っていました。毎年のことですが今年45歳になる息子は暑かろうが寒かろうが、家にいる時は年中半袖半ズボンで過しているのです。「そんな格好をしていたら風邪を引くぞ」と注意をしても、馬耳東風って感じです。

 私の暮らしている町は一番暑い真夏でも海沿いのため36度程度です。真冬も余程のことがない限り、0度以下に下がることはありません。つまり気温差36度の中で暮らしていますが、歳をとった私には25度以上が暑く、15度以下が寒いのです。つまり快適温度は僅か10度程度なのです。一方息子の快適温度は30度から5度でその差25度のようです。この開きこそが歳をとった証拠だと、昨年亡くなった親父が寒いとか暑いとか言って、フーフー言いながら暮らしていた様子を思い出しました。これから始まるであろう自分の老いの暮らし方を考えています。

  「一日で 暑さ寒さに 早代わり 自然は偉い しみじみ思う」

  「冷やいねえ 出会う人たち 口々に 朝のあいさつ 昨日と違う」

  「歳とると 快適温度の 幅狭く 息子と私 その差15度」

  「夏来ると 冬懐かしく 冬来ると 夏に焦がれて 歳を重ねる」

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人間牧場

◯お陰で助かりました

 鳥取駅近くのホテルで少し早いバイキング朝食を食べて、7時05分発の特急スーパーいなばに乗るべく、雨の中を歩いて駅に向かいました。地下道を歩いて駅の構内に入ると、場内アナウンスで私が乗る予定の特急列車が、台風に伴う大雨の影響で運転が取り止めになったことを知りました。さてどうしたものか、駅員さんに聞きましたが、次の列車の運転も不確定とのことでした。

 前日の夜講演を終えて一緒に飲み会をした藤原さんに、別の便があるかどうか携帯電話で問い合わせたところ、別の便も見当たらず、結局藤原さんが岡山まで車で送ってくれることになりました。恐縮してしてしまいましたが、午後の予定もあるので甘んじてご好意を受けることにしました。

 時折大雨の降る車の中で、まちづくり議論に花を咲かせ、約2時間30分で岡山駅に到着し、11時35分発の電車に無事乗ることができ、松山へ向かう特急しおかぜの車中の人となりました。次の会議には少し遅れますが、何とか間に合いそうでホッと一息つきながら、車窓に広がる田園風景を見ています。

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人間牧場

◯久しぶりの語らい

 昨晩は藤原さんの案内で、福田さんと私の3人が鳥取市内の居酒屋へ繰り出し、懇親交流を深めました。酒を飲まない私と運転しなければならない福田さんはノンアルコールビールを飲みながら楽しいお喋りをしました。藤原さんも福田さんも私とは長い付き合いをしていて感嘆あい照らす旧知の間柄ゆえ、飲むほどに食べるほどに盛り上がり、話は尽きませんでした。

 藤原さんは紅茶に造形が深く、少し手ほどきをしてもらい、手作り紅茶の手ほどきをして貰う約束をしていますが、お互い忙しくまだその域に近付いていませんが、コーヒーを飲まない私としては人間牧場に自生しているお茶の葉っぱを使って、藤原さんの指導でぜひ紅茶を作って見たいと思っています。

 福田さんも女性ながら鳥取県の地域づくりの事務局長として、長年大活躍した名うての女性なので見習うことも多く、退任後の今も音信を絶やすことなく付き合っています。「人は人によりて人となる」と言われますが、瀬戸内海と中国山地を挟んだ日本海に面した人たちと、こうして長年旧交を温めれる私は幸せ者です。

 「中国の 山地挟んだ 人たちと 長年交流 できる幸せ」

 「酒飲まず ノンアルコール ビール呑む 酔った雰囲気 悪   くはないな」

 「ゼロビール ぐいと一杯 ひっかけて 昔のように 呑んだ雰囲気」

 「酒と友 美味いものあり 久し振り 興乗り時間 忘れる程に」

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人間牧場

〇松山五行歌展示会

 昨日は公友会総会と夏の勉強会が終ってから、一緒に出席した3人を誘い、伊予鉄高島屋南館2階で開かれている松山五行歌展示会を見学に行きました。

展示されていた私の作品
展示されていた私の作品
展示されていた私の作品
展示されていた私の作品
集った松山五行歌の主力メンバー
集った松山五行歌の主力メンバー

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人間牧場

〇今年の夏エトセトラ(その7)

 ・ガリガリじいさん

 昨日の夜、若嫁が小学校のPTA役員会に出かけたので、久しぶりに孫たちと一緒に風呂に入りました。夏休みまではほぼ毎日私と一緒に風呂に入って、掛け算の九九を覚えたりしていましたが、夏休みになって母親と入る機会が多くなり、本当に久しぶりでした。3年生の孫希心と1年生の孫奏心は誰に似たのか、人並み以上に体格がよく、いつの間にか随分大きくなったものだと感心しながら頭と身体を洗ってやりました。

ガリガリじいさんの骨皮筋美
ガリガリじいさんの骨皮筋美

 二人が湯船に浸かって私の体を見ながら、「おじいちゃんはまるでガリガリじいさんじゃねえ」と、笑いながら命名してくれました。風呂から上がり自分の体を拭きながら、居間の姿見鏡に自分の姿を写して見ましたが、まあ痩せて孫の命名どおり「ガリガリじいさん」という表現がピッタリでした。別にどこが悪いと言う訳でもなく、食欲も睡眠も問題はないのにです。痩せたい一心で歩いたり運動したり、食べたいものも我慢している妻には、何とも羨ましい限りです。

 私は一番太っていた頃は70kgに近付いていました。167cmの身長から割り出すと62kgくらいがベストでしょうが、胆のう摘出手術後は54kgを維持し続けています。胆のう摘出手術後脂濃い肉などは殆ど食べなくなり、浴びるほど呑んでいたビールもきっぱりと止め、毎日一万歩を目指し歩いている結果の体重減と思われますが、身体はある程度は年齢に関係なく、鍛えれば鍛えられるものだとしみじみ思っています。

 最近は家庭菜園での畑仕事や人間牧場での草刈り、薪割りなどの力仕事が多く、チェンソーやマサカリ、草刈機、鍬や鎌などの道具類も使う機会が増え、否応無しに体全体の筋肉を使っています。ゆえに若い現職時代から比べると歳をとったのに筋肉はかなりついて、妻も驚くほどすっかり逞しくなりました。そう思って肉体美を自慢しているのに、「ガリガリじいさん」とはと、孫の言葉に思わず納得しながら苦笑いしました。

  「孫と風呂 一緒に入り あれこれと 世間話も 楽しいものだ」

  「痩せている 私の体 見た孫が ガリガリじいさん 表現ピタリ」

  「筋肉と 思っていたが 孫の目にゃ 骨皮筋だけ 少しショックだ」

  「筋肉は 歳をとっても 鍛えれば ある程度増す 私がいい例」

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人間牧場

〇宇和島市子ども観光大使がやって来た

 宇和島で学校の先生をしている信藤さんから数日前メールが入り、宇和島市子ども観光大使の一行が、愛媛県知事に表敬訪問しての帰路、「ふたみシーサイド公園に立ち寄るので、子どもたちに少しお話をして欲しい」と連絡メールが入りました。4年前この企画が持ち上がった時、信藤先生から国土交通省の観光カリスマに選定されている私の元を訪ね、今後の進め方について意見を求められました。

宇和島市子ども観光大使のご一行
宇和島市子ども観光大使のご一行

 

 思いつくままわが家で色々なお話をした記憶がありますが、信藤先生はその企画を宇和島市で具現化し、様々な活動に取り組んで成果を上げています。その一つが愛媛県知事への表敬訪問で、背中に「宇和島市子ども観光大使」と染め抜かれたTシャツを着て、県庁で宇和島の魅力をPRしたようです。最近は「大使」ブームで、芸能人や有名人が県や市町村から頼まれてその任に当たっている人が多いようですが、子どもを「大使」にするアイデアは全国にも余り例がないようです。

階段式護岸での記念写真
階段式護岸での記念写真

 信藤先生と2名の女性教師に引率され、少し早めに着いた一行を、シーサイド公園のイベントホールに案内し、白い椅子に座ってもらい請われるまま思いつくまま少し、観光アラカルトについて分り易く話をさせてもらいました。観光の基本は自分の住んでいる町を好きになることから始まります。そして自分の町の好きなところを、少なくとも3つくらいはしっかりと人に説明が出来るようにすること、そして自分の町のために少しでも役に立つ実践をすることです。自分が中心になって造ったシーサイド公園で、毎朝3時間掃除ボランティアを12年間続けたことの意味を話してやりました。

バスに揺られて夕やけこやけラインを帰りました
バスに揺られて夕やけこやけラインを帰りました

 一行はシーサイド公園名物のソフトクリームを信藤先生に買ってもらい、美味しそうに食べながら色々な話をしたり、公園内を散策し、階段式護岸で記念写真を取り、バスに乗って宇和島へ帰って行きました。バスの窓を開け手を振って見送ってくれた子どもの笑顔が残像となって今も残っています。宇和島は水産高校在学中に3年間暮らしたことのある、私にとってはいわば第二のふるさとであり、知人親友も多い所です。これからも第二のふるさとのために少しでもお役にたちたいと思っています。

  「今年も 県知事表敬 帰り道 わが町訪ね 交流しました」

  「有名人 よりも子どもの 大使いい グッドアイディア 将来楽しみ」

  「観光の 基本はやはり ふるさとを 愛することと 熱弁振るう」

  「裏が味噌 名刺と味噌を 手渡しし 再会約束 手を降り帰る」

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人間牧場

〇今年の夏エトセトラ(その5)

 ・庭木の剪定
 親父が死んで1年が過ぎました。親父が生前わが家の庭に植えている庭木の手入れは、器用だった親父の手に委ねられていましたが、今年からはその役目が私に回ってきました。ヤマモモやクロガネモチ、山茶花などの雑木は刈り込み用の大きな鋏でバチバチと切れば、どこからでも芽を吹きますが、こと黒松となるとそういう訳にも行かず、専門の園芸庭師さんに頼むべきかどうか迷いました。でも1人役2万円以上もする賃金が勿体ないと思い、私がすることを決意しました。

玄関横の黒松
玄関横の黒松
隠居の黒松
隠居の黒松

 わが家には大小10本以上の黒松が庭に植えられていて、念入りに剪定手入れをすると1本だけでも1日以上かかるものもあるのです。晩年親父は脚立を2本立てて足場を組み、その上に上がってやっていましたが、私はまだそれ程足腰が弱っていないので、脚立にいきなり上がって、木の上の枝から順次ハサミを入れて杜長枝を容赦なく摘み落とし、古葉をむしって行くのです。黒松の厄介なのは松葉がとがってチクチクささり、また松のヤニが黒く指先につくと、手を石けんで洗っても中々落ちないのです。

 今のところ軍手をはめてやっていますが、親父は存命中素手でやって、黒松の剪定が終ったころには、手の指や甲が松やにで真っ黒になっていました。私はまだ少し人の前に出る機会があるので、親父のようには行きませんが、やがて親父と同じ運命を辿ることでしょう。剪定ハサミを砥石で研いだり、剪定屑を集めて掃除をしたりしながら、隠れた部分で親父はこんなことをしていたのかと思い知らされる夏です。それにしても私の剪定技術はまだまだ未熟で、親父の足元には死ぬまで及ばないと思いました。

  「庭植えた 黒松剪定 思いつき やっては見るが 中々できぬ」

  「日当が 二万円にも なる庭師 雇わず自分 見よう見真似で」

  「残す枝 切って後悔 するばかり 新芽を期待 しながら次へ」

  「見えぬとこ 親父働き 家守る 今更ながら 頭が下がる」 

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人間牧場

〇今年の夏エトセトラ(その3)

 ・プリンターも熱中症?
 一週間程前からパソコンの調子がおかしくなりました。パソコンが苦手な私には、ぐずるパソコンを治せる技術がなく、その都度娘婿にメールで助け船を出し、息子の力を借りてどうにか使えるようになりましたが、ただでさえ暑いのにパソコンの不具合に手と時間を取られ、私の不快指数は上がる一方です。そんな折一昨日から今度はプリンターの電源が入らなくなりました。何度もスイッチを入れたり切ったりしても音沙汰無しで、息子に相談すると「使い方が悪いのでは?」と逆にたしなめられました。

まるで狐につままれたようなプリンターの電源復旧
まるで狐につままれたようなプリンターの電源復旧

 私の書斎に置いているプリンターは、パソコンとコードでつながないコードレスタイプです。ゆえにパソコンとの連動も考えられず、「プリンターを修理に出すか買い換えるか?」なんて思い始め、「金がかかるなあ~」とため息が漏れました。コードを抜きプリンターを床に置いて、駄目元承知でコードを別の電源に差し込んでスイッチを入れると、「あ~ら不思議や不思議」電源が入ったのです。嬉しくなってプリンターを元の場所へ戻し、コードを差し込んでスイッチを入れましたが、電源は直ぐに入りました。

 私のプリンターは時折若嫁や息子が、子どもの教材をプリントするために勝手に使います。「それが原因かも」と若嫁や息子を多少疑った自分を恥じましたが、何事もなく復旧し何はともあれホッとしました。プリンターはプリントアウトするだけでなく、内蔵機能のスキャナーを使って、色々な資料をパソコンに取り込む、重要な役目を持っています。ゆえにパソコンとプリンターがなければ仕事にはならないのです。純正のインクカートリッジが高いので、息子は安いインクカートリッジをネットで買ってくれ使っていますが、インク交換の度に「このインクカートリッジは純正ではないので、故障しても保証はできません。それでもお使いになりますか?」と脅されても、インクは消耗品だと思って無視し使っていますが、はてさてどうしたものでしょうか。

  「プリンター 電源入らず 困り果て 買い替え覚悟 年金暮らし」

  「取り外し 駄目元覚悟 やってみた どういう訳か 電源入る」

  「プリンター インク高くて 自衛措置 ネットで安い インクを買って」

  「使えなく なって初めて その価値に 気付く愚かさ 私は馬鹿だ」

 

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人間牧場

〇季節は秋に向って進んでいます

 今年は雨が降らず、連日高温注意報が出ていて、人に会いさえすれば「暑いですねえ」とため息のようなあいさつを交わしています。下の田圃では既に稲刈りが始まり、目にはさやかに見えねども秋が近付いていることを実感させています。わが家から楽しめた夕日もいつの間にか西よりのコースを辿り、西の端に沈むようになって、そろそろ海に沈む夕日は見納めです。この一ヵ月雨らしい雨が殆ど降らなかったため、今年くらいわが家の裏から綺麗な夕日を見たり写真に撮ったりしたことはありませんでした。

雨が降らないため自慢の夕日がわが家から毎日綺麗に見えます
雨が降らないため自慢の夕日がわが家から毎日綺麗に見えます

 ゆえにメモリーカードには沢山の夕日の写真が、ほぼ定位置から撮られストックされていますが、多分使われることもなく忘れられる運命にあるようです。ブログを書くようになって10年余が過ぎました。ブログに載せる写真を撮るためためデジカメを買い、今も写真を撮り続けていますが、ブログに転載した写真だけでもこの10年間で1万枚を越えるのですから驚きです。デジタル写真は自分の傷みつつある記憶装置を保管するように、しっかりと記録し続けていますが、特に既に亡くなった人が写っている写真等を見ると、思わずハッとすることがあります。

青島辺りに沈む夕日
青島辺りに沈む夕日

 勿論昨年亡くなった親父の写真もその類で、昨日2~3年前のブログ記事を呼び出して読んでいると、それなりに元気だった親父の写真が目に留まりました。庭の松の木を剪定している姿です。そういえば親父が大事に育てていた松の木も、私の手には負えなくなり、剪定作業を疎かにしていることにはたと気がつきました。そうだ「松の木の剪定をしなければ、親父に申し訳がない」と思い、とりあえず裏庭の2本の小さな松の木ら手掛けてみました。新梢をハサミで摘み、古葉を手袋をした手で落すと、少し見栄えがよくなってきました。暇を見つけてそんなこんなをやってみようと思った一日でした。

  「毎日の ように夕日の 写真撮る その殆どは 使うことなく」

  「立秋を 過ぎても残暑 厳しくて それでもそこここ 秋は近付く」

  「海沈む 夕日そろそろ 見納めと 裏山昇り 写真に収め」

  「2~3年 前の写真に 親父生き 松の剪定 してる姿が」

 

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