人間牧場

〇年輪塾秋の勉強会(その4)

 今回は大洲藤樹会の会長である辻喜千治さんを講師にお招きしました。元学校長の辻さんは藤樹の研究家としても知られている人だし、これまで一年間の藤樹学習会に度々顔を覗かせ、ご指導をいただいているのですっかり顔馴染みとなって、これまで効けなかった話を途中10分間の休憩時間を挟んで3時間も、松本小番頭と亀本さんが用意してくれたパソコンスライドを用意して、分りやすくお話をしてもらいました。内容は多岐に渡っていて、幸いそれらの資料は清水さんを通じて昨日、私たち塾生にメール配信されているので、詳細なルポは避けますが、近江聖人中江藤樹の教えは次の4つが主流でした。

熱弁をふるう辻先生
熱弁をふるう辻先生
熱弁を聴く塾生
熱弁を聴く塾生

 致良知(ちりょうち)
 人は誰でも「良知」という美しい心を持って生まれています。この美しい心は、誰とでも仲良く親しみ合い、尊敬し合い認め合う心です。ところが人々は次第に醜い色々な欲望が起きて、つい良知をくもらせてしまいます。私たちは自分のみにくい欲望に打ち克って、良知を鏡のように磨き、その良知に従い行いを正しくするよう日々努力することが大切です。

 孝行(孝行)
 私たちの心や体は、父母からうけたものであり、父母の心や体は先祖から受け継がれたものです。それはもともと、大自然から授かったものです。孝行とは父母を大切にし、先祖を尊び、大自然を敬うことです。そのためには自らの良知を磨き、体を健やかにし、行いを正しくし、家族やまわりの人々と仲良く親しみ合うことが大切です。さらに子どもを温かい心でしっかりと育てることも孝行です。(親孝行=子孝行)。

 知行合一(ちこうごういつ)
 人々は学ぶことによって、人として行わなければならない道を知ることができます。しかし学んだだけでそれを行なわなければ、本当に知ったことにはなりません。物事をよく理解し、実行してこそはじめて知ったことになるのです。

 五事を正す(ごじをただす)
 五事とは「貌(ぼう)・言(げん)・視(し)・聴(ちょう)・思(し)」を言い、それを正すことは、和やかな顔つきをし、思いやりのある言葉で話しかけ、澄んだ目で物事を見つめ、耳を傾けて人の話を聴き、真心を込めて相手のことを思うのです、普段の生活や身の回りの人々との交わりの中で、自ら五事を正すことが、すなわち良知を磨き、良知に到る大切な道です。

 年輪塾も10周年を迎えます。来年は1月17日年輪塾、6月13日田処大杉年輪塾、7月10日~12日中江藤樹のふるさと滋賀県小川村への修学旅行、10月3日~4日人間牧場10周年記念事業などなどが既に計画されていて、来年は忙しくなりそうな雲行きですが、知行合一、五事を正して頑張りたいものです。

  「年輪を 刻むが如き 学びの場 知るに加えて 行いせずば」

  「今回も 遠心力より さらに上 求心力を 随分高め」

  「わが顔を 鏡に写し 見てみるが まだまだ修業 足らぬ思いに」

  「五事正す ぼう・げん・し・ちょう・し 覚えたり あとは実行 知行合一」 

学びを終えて晴れ晴れと
学びを終えて晴れ晴れと

 

 

 

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人間牧場

〇年輪塾秋の勉強会(その2)

朝霧に霞む冨士山から見下ろした大洲盆地
朝霧に霞む冨士山から見下ろした大洲盆地

 一行は大洲盆地の中心に聳える冨士山に裏手の登山口から登りました。冨士山といえばツツジの名所ですが、今は晩秋の頃で早朝ゆえ訪れる人も殆どなく、山頂付近の展望台は、私たちの団体だけでした。この時期のよく晴れた冷え込んだ朝は、雲海が大洲の街をすっぽり覆うのですが、この日は残念ながら温か過ぎて雲海を見ることは出来ませんでした。それでも大洲盆地特有の朝霧が、私たちを歓待するように出始め、少しだけ幽玄の世界を体感することができました。辻会長さんや亀本さん、それに気象予報士の資格を持つ清水塾頭の話を聞きながら、「あれがお城」「あれが高山地区」「あの辺りが金山出石寺」などと指差す方向を見ました。

登録有形文化財の可動橋通称赤橋
登録有形文化財の可動橋通称赤橋

 その後車を置いていた直売所愛たい菜で合流して、肱川沿いの道を下り長浜大橋を目指しました。車の中で運転してくれている浜田さんと、色々なお話をしながら走り、商店街のはずれから長浜大橋を車で渡り、大橋のたもと沖浦側の道沿いに車を止めて、大橋の見学をしました。長浜大橋は肱川河口にある道路橋で、近代の道路橋としては唯一の可動橋で、地元では「赤橋」の愛称で親しまれています。可動形式はパスキュール式(跳開式)、橋の長さは232.3m、幅員5.5m、5つのトラス桁と可動部1スパン、対重径間桁1スパン、計7スパンの鋼鉄製です。戦時中はグラマン機の機銃掃射を受け、トラス部分にはその傷跡が残っています。

 私はこれまで何度もこの橋を見ていますが、何度見ても見飽きない風景で、特に北側に新しく出来たコンクリート製の新長浜大橋の上から見る、夏の夜の花火に照らされた赤橋は圧巻です。昨日の朝は冷え込みが弱く残念ながら湯気が立ち込めるように見える、肱川嵐は見ることはできませんでしたが、いつか機会を捉えて肱川嵐公園の展望台からその勇姿を見てみたいと思っています。赤橋のたもとにあるあえごの港は、かつて坂本龍馬が脱藩の道を辿った末、ここから小舟に乗って長州まで旅立った港でもあります。最近河口付近の整備が進み、残念ながらその面影は殆ど消えましたが、その名残を後世まで語り継いで欲しいものです。一行はツワブキの黄色い花の咲き誇る海岸国道を走り、下灘コミセン駐車場で再び分乗して、年輪塾秋の勉強会の会場となっている人間牧場へ向かいました。

  「冨士山 登り朝霧 立ち込める 大洲盆地を 見下ろし見学」

  「雲海は 残念ながら 見えねども 朝霧運よく 味方してくれ」

  「赤橋の たもとで説明 聞きながら 歴史感じつ 龍馬を思う」

  「ツワブキの 黄色い花が そこここに 沖合い瀬戸の 島々浮かぶ」

 

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人間牧場

〇衣替えした座布団

 立冬が過ぎていよいよ冬支度です。居間の掘りごたつも石油ストーブも、低温ながら順調に動き始めました。妻は居間の座布団、ダイニング椅子の座布団、車の座席の座布団などに加え、私の書斎の椅子座布団も全て夏用から冬用に替えてくれました。お陰で毎朝机に向かうブログ書きも、ストーブを入れるほどではありませんが、座布団のお陰で温かく過ごせています。

座布団が恋しい季節になりました
座布団が恋しい季節になりました

 座布団といえば人間牧場には沢山の座布団があります。会議をするのは主に水平線の家の板間やウッドデッキなので、板間に直接座ると寒いので、座布団が必要なのです。最初はとりあえず100円ショップで簡易な座布団を20枚ばかり買って使っていましたが、見かねた県庁の前神さんが中心になって、仲間にカンパを呼びかけ、大洲のふとん店で立派な座布団を20枚も提供してくれました。加えて大阪天王寺に住んでいる親友桜井啓子さんからも立派な20枚のお座敷用座布団が届きました。

 座布団といえば落語です。落語ならぬ落伍をやっている私の元へ宇和島の山本さんという女性から、立派な座布団が一枚届きました。私はその座布団を高知県馬路村産魚梁瀬杉の切り株高座に敷いて、落伍を演じていますが、前座程度の落伍でも座布団が立派なゆえ見栄えがして、大いに活用しているものの、使い過ぎて少しくたびれてきたようですが、愛着のある座布団なのでもう少しの間使おうと心に決めています。

 今日は人間牧場水平線の家で、年輪塾が開かれます。勿論私は高座の上に敷いた座布団の上であいさつや口上を述べる予定ですが、座布団について話そうかとも思っています。座布団は日本の文化です。落語家が座布団の域を超えずに話す妙技や、料理屋さんが人を温かく迎えるために座敷に敷いてお客を迎えるに必要な大事な小道具だし、それぞれの家にも座布団の一枚や二枚はあるものです。今日は人を温かい心で迎える気持ちを教えてくれる座布団談義に花を咲かせましょうか。

  「座布団も 季節によって 衣替え 立冬来たと 暖か用に」

  「座布団は 客を迎える 思いやり 今日も来客 人数分だけ」

  「落語家は 狭い座布団 戦場に 人を笑わせ 話芸で勝負」

  「座布団を 敷いて高座で 落伍する 前座の謗り 未だ拭えず」

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人間牧場

〇早くも立冬

ノジギクの花
ノジギクの花

 暦の上で今日11月7日は二十四節気の一つ立冬で、2月4日の立春までが冬の季節です。地球温暖化の影響で四季の国日本も、季節の変わり目が曖昧で、二季の国になったような感じがしますが、それでも季節は巡り自然に目を転じれば、四季の野の花が咲いて四季の移ろいを感じさせてくれるのです。

 秋も深まるこの時期は朝起きて畑に出てみると、まるで雨上がりのように露がいっぱい降りて、畑の野菜類はさも恵みを受けたように喜んで見えます。今朝もその畑から瑞々しい大根の葉っぱを、5~6枚ちぎり取り、水洗いしてジュサーにバナナやリンゴとともに入れ、妻は緑色鮮やかなスムージーを作ってくれました。

ツワブキの花
ツワブキの花

 野菜の不足がちな昨今ですが、わが家ではこの時期葉物野菜が豊富で、無農薬の安心安全野菜をこうしていただいているお陰で、すこぶる健康な日々を暮らしています。今朝広島県竹原市に住む親友竹本英子さんから、今年も自然薯が送られてきました。多分昨年もこの時期送られてきた自然薯を美味しく食べました。

 今朝散歩をしていて道端で綺麗なツワブキとノジギクの花を見つけ、思わず立ち止まって見とれてしまいました。誰に見せるでもなくひっそりと咲く野の花は、私に季節の移り変わりを的確に伝えてくれます。野の花に心が動くようになったのはこの10年足らずです。それまではあくせくと暮らす日々でした。

 散歩から帰ってブログを書き始めていると、旧中島の怒和島に住む田中正利さんから電話が入りました。田中さんとは3日前、愛媛大学で開かれた松山市まちづくり協議会交流会で久しぶりに出会いましたが、年齢もほぼ同年代だけに意気投合し、今後の交流へと発展しそうな雲行きです。

 たった今朝だけでも人や自然とこうまで向かい合って生きれるものなのかと、あらためて生きていることを実感させられました。ただこうした日々の出来事は水の如く空気の如くとどめなく、何げなく流れて行くものですから、記憶にも記録にも残りません。せめてブログ記事の隅にこうして移ろいだけでも・・・・。

  「立冬と 聞いて季節の 移ろいの 速さ感じる 暦の上で」

  「野の花は 誰に言われる 訳でなく 季節を知りて 人知れず咲く」

  「今年も 広島親友 自然薯を 宅配便で 届けてくれた」

  「隣席 座った縁で 付き合いが 復活しそう 嬉しい予感」

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人間牧場

〇理想の妻の条件

 私は昭和19年生まれの古い人間です。ゆえに亭主関白的な要素が多分にあって、妻をまるで私の従属物のようにこき使ってきました。時々これでは駄目だと自分自身を誡めるのですが、心と行動と言葉がバラバラで、娘や息子に時々注意されても「うるさい」と一括一蹴する始末です。私が現職の頃人づくりの一環として、海外派遣でオーストラリアとニュージランドへ研修生を連れて行った折、ホームスティで外国の男性が家庭で夕食後、何のわだかまりもなく進んで食器を片付ける姿にショックを受け、私も帰ったらやろうと決意したものの、結局は自分の使った食器を流し場まで持って行くだけは、何とか実行するようになりましたが、未だに食器を洗うことなどもせず、それら全てを妻に押し付けているのです。

 先日ある会合で理想の妻の条件が話題になりました。心許し合える知人友人との会合だったので、私たち夫婦のことを知っている友人が、「理想の妻の条件を満たしているのは若松さんの奥さんだ」と唐突に言われ、「ドキリ」としました。確かにわが妻はかゆい所に手が届くくらいわが家や私のことをよくやってくれていますが、面と向かってわが妻にそんなことを言えるほど器用な人間ではないので、「フムフム」と聞き流しながら理想の妻の条件を、妻の顔や日ごろの行動を思い出しながら思いつくままに考えてみました。

 ①よく気がつき笑顔があって明るい
 ②世情にまあまあ明るい
 ③料理が上手く手早い
 ④数字に強く経済観念がある
 ⑤人付き合いがいい
 ⑥病気もせず元気でよく働く
 ⑦親の面倒をよく見てくれる
 ⑧私のやることを理解して支援してくれる
 ⑨車の運転が出来る
 ⑩?

 まあこんなところでしょうか。いやはや驚きです。100点満点ではありませんが90点に近づく高得点で、50点以下どまりの私に比べれば、まるで月とすっぽんといった感じです。「わが妻誉めるは一の馬鹿」だと「ハッ」と気がつき、これ以上はコメントしませんが、昭和46年に結婚以来43年間、多少の波風や夫婦喧嘩はあっても、子育てもそれなりにやり、落ち着くところへ落ち着いて、それなりの幸せを噛みしめることができ、これからの余生を生きれるのですから、これ以上望めば罰が当たります。ここだけの話ですが、これからも妻に感謝しながら少しだけ手助けをして、楽をさせてやりたいと思っています。

  「理想妻 あんたの奥さん 言う友の 話を聞いて 指折り数え」

  「結婚を してから今まで 40年 余り経ったが 波風立たず」

  「何よりも 笑顔で日々を 過ごす妻 これさえあれば 幸せ気分」

  「私など 減点亭主も いいとこだ 気付いているが 直すに直せぬ」 

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人間牧場

〇孫とのチャンネル争い

 わが家には私たちの居間に一台、息子たちの台所に一台、そして息子たちの居間に一台の計三台のテレビがあります。これまで私がチャンネル争いをするのは妻とだけでした。ところがつい最近になって、私たちの居間のテレビにビデオデッキがついていて、妻が孫の好みの漫画等を録画しているため、孫たちが自然に私たちの居間へ来て、テレビを見るようになり、その頻度は徐々に高まっているのです。

 私が見る番組はニュースか大相撲くらいなものですが、その時間は孫たちもリラックスできる自由時間とあって競合し始めました。これまで孫たち二人は、チャンネルのリモコンを操作できなかったので、私の言いなりになっていましたが、誰に教わったのか最近リモコンの操作を覚えたため、私は白旗を揚げざるを得なくなりました。妻もそのことを気遣って私の見方をしてくれていますが、私も妻も可愛い孫たちに甘く、最後は孫と一緒に孫の好きな番組を見るハメになるのです。

 しかしチャンネル争いに負けたことは損ばかりではありません。最近流行の妖怪ウォッチなど、子ども社会の出来事が分ったり、流行語も分かるようになってきました。子ども体験塾や子育て講演会などをなれ合いとしている私にとって、子どもを取り巻く社会の出来事や変化を知っておくことはとても大事で、孫たちの目線でどんどん入ってくる情報を、目下教えてもらっている状態です。一つのテレビに祖父母と孫が向き会い、色々な話をしながら視聴するのも悪くはありません、妻にも孫にもテレビを乗っ取られた私は、おずおずと自分の書斎へ引き篭もり、誰にも邪魔されないパソコンの前に座って、今宵も一人ぼっちの時間を過ごしています。

  「わが居間の テレビ妻・孫 奪いとる 私のおり場 僅かに書斎」

  「孫と爺 一緒のテレビ 見て話す ほほえましいが 物足りなくて」

  「流行を 孫に教えて もらってる 70年生きても 孫には負ける」

  「近頃は リモコン操作 マスターし 一つ上行く レベルに達し」

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人間牧場

〇10月の五行歌

 先月の五行歌歌会の報告書が見山あつこさんから届きました。出席歌、欠席歌に並んだ会員の秀作に比べれば、私の作品は相変わらずの駄作で、「〇×▲□・・・・」といった感じですが、まあこれも仕方がないと諦めて目を通しました。それでも私の作品には五席という赤い文字がおまけでついていました。

  「台風接近!!」
  警報が出て
  避難の心配をしているのに
  傍で孫たちは
  「学校休み」と嬉しそう

 講評には次の文章が添えられていました。
 ☆「自分も子どものころは、学校が休みになるのが嬉しかったことを覚えています。」「親は大変だけど、陽気ですよね。」「災害が多くなったから心配事も増えましたね。」「でも、ケータイの普及でシステム的に警報とか、早く察知できるので便利です。」「東京では地震情報が鳴り過ぎて、逆に『またか』と思って動かなくなるそう。」危機意識、防災意識は、まだまだ足りないよう。子どもたちにも台風の本当の怖さはまだ伝わっていないのでしょう。見せないようにしている感も否めない気もいたしますが、後で悔やむことのないように努力し対ですね。

 ちなみに出席歌の一席、欠席歌の一席は次ぎの歌でした。
  うまいなあ~
  おいしいねえ~
   今夜喧嘩を仲裁してくれたのは
  汁がしたたる
  一個の梨
        (見山あつこ作)

  同一年代を
  一括りにすること
  私はきらいだ
  人には人の
  多様性があるはず
        (大橋克明作)

  「先月も 五行歌会 欠席す 結果通知は 五席入選」

  「上手いなあ 人の作品 見るにつけ 感心落胆 いつも同居し」 

  「私のは 歌というより 川柳に 似てる気がする 笑売啖呵」

  「私流 少し胸張る ゆえなるか 上達もせず 今に至りて」 

 

 

 

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人間牧場

〇劇団イリュージョン秋の公演観劇

 昨日は朝から小雨模様の1日でした。この時期は文化祭などのイベントが各地で開かれているので、関係者の天気に対するやきもきは、私も長年経験があるので、それはもう大きなストレスだったに違いありません。「天に向かってブツブツ言うな、雨の日には雨の日の仕事がある」と、どうにもならない天気との向かい合いを自分に言い聞かせてきましたが、この時期は秋特有の北東の風が、北西の冬風に変わる時期でもあり、昨日は夕方から今年初めてと思う、北西の風が強く吹いて木々を揺らし、寒さの苦手な四国の人間にとっては、これから来年の3月までの約5ヶ月間は、寒さに震えなければならないのです。

img660 昨日は松山余土中学校での講演が終わると直ぐに、送迎をしてくれた妻と落ち合い、近くの中華料理店で昼食を取り、松山城を仰ぎ見る堀の内の松山市民会館へ向かいました。今月16日に結婚する次男からチケットを貰っていた、劇団イリュージョンの秋の公演を見るためです。次男は高校生の時に劇団のオーディションを受けて入団し、以来20年近くも学んだり働いたりしながら劇団員として活動して来ました。日赤の看護師をしているため、今は第一線から退いていますが、振り付けも手掛けているようで、パンフレットには次男の顔写真も紹介されていました。

 市民会館中ホール入口で、次男のフィアンセとお母さんと落ち合い、右より中段の席を確保し並んで座り、午後1時30分の開演を待ちました。次男も今回は裏方に徹しているようで、顔見せ程度の出会いでしたが、劇団主宰の井上佳子さんとも出会い、間近に迫った結婚のお祝いの言葉までいただきました。昼夜2回公演の昼の部は全て席が埋まり満席でした。私たち夫婦は毎年のように出かけていますが、二人はすっかり驚いた様子で、目をパチクリさせながら見ていました。劇団イリュージョンのストーリーは主宰者であり演出家でもある井上佳子さんの、地球環境に対する思い入れが強いストーリーになっていて、いつもの事ながら考えさせらる内容でした。息子の人生にとってこの20年の演劇活動は、感性や人間性を養うのに大きな影響を受けているようで、嬉しい限りです。来年は劇団結成30周年とか・・・。

  「今年も 北西の風 吹く季節 何事もなく 寒さ迎える」

  「私など 観劇そぐわぬ 男だが 毎年見てると 意識変わりて」

  「わが息子 演劇活動 感性や 人間養う 大きな影響」

  「もう直ぐに 結婚相手 なる親子 並び演劇 見れる幸せ」

 

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人間牧場

〇私の出番が来た隠居のトイレ掃除

 わが家の同一敷地内にある一戸建ての隠居は、母亡き後親父が一人で暮らしています。味噌汁の冷めない距離なので、妻は母亡き後殆ど1日も欠かさず、親父の元へ夕食を運んでくれていますが、時の経つのは早いもので、それももう13年を越えました。9月1日に96歳の誕生日を迎えた親父はまあそれなりに元気に暮らしていますが、最近は衰えも目立つようになり、一週間に2回のデイサービスの日も忘れるようになり、一事が万事手が入り始めました。私は実の息子なので親父には親孝行をしたいと思っていますが、男ゆえ身の回りのことに気がついても殆ど口ばかりで、ゴミだしと声掛けくらいなもので、親父の身の回りの世話はもっぱら妻の世話に委ねています。

息子が設計したわが家のトイレ
息子が設計したわが家のトイレ

 昨日親父の隠居へゴミを出すため覗いてみると、トイレが少し汚れていました。妻が仕事に出かけているうち、親父がデイサービスに出かけているうちに、トイレの掃除をしてやろうと思い立ち、妻に掃除の七つ道具も用意してもらってやってみました。わが家のトイレ掃除は息子たち家族が同居を始めてからずっと、トイレを設計した息子がしてくれています。親父の隠居のトイレは親父に任せていたため、私の出番はないと思っていましたが、ここにきて一週間に一度程度、私の仕事にしなければならなくなったような雲行きです。一時間ばかりの掃除で隠居のトイレはピカピカになりました。デイサービスから夕方帰った親父に、「トイレを掃除しておいたよ」と告げると、「ありがとう」と感謝の言葉が返ってきました。

 私は家の横にある私設公民館煙会所のトイレと、人間牧場のトイレを行きががり上掃除をしていますが、これに隠居のトイレ掃除を加えると、かなりハードになりますが、中江藤樹の「知行合一」を学んでいる私としては、これも親孝行の一つだと、心の誡めにしようと思っていす。
 「トイレは汚い場所」という私たち日本人の感覚はもう古く、「トイレは清潔な場所」「トイレは思考の場所」と考えれば、まさに「トイレは文化」なのです。親父の隠居を初めて水洗便所にした時、ウォッシュレットのボタン操作を誤り水浸しになった笑い話も、今は遠い昔話となりました。わが家のトイレは中に入ると便器の蓋が自動的に開き、用便がすんでウォッシュレットが終って立ち上がると自動的に汚物が流れ、トイレから外へ出ると蓋が自動的に閉まる優れ物です。トイレはやはり文化だと思いますが、隠居のトイレ掃除はいよいよ私の出番のようです。

  「煙会所 人間牧場 二つとも トイレの掃除 私励行」

  「さらに増え 隠居のトイレ 掃除する 知行合一 学ぶがゆえに」

  「親孝行 口で言っても いざやると 覚悟必要 心入れ替え」

  「ウォッシュレット いきなりトイレ 水浸し 笑い話も 今はいずこか」

 

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人間牧場

〇大根の初収穫

 わが家の家庭菜園に210日から220日頃播いた大根は、2度の台風接近による吹き戻しの風の影響を受けたものの、その後スクスクと成長して、早いものはもう腕首ほどに成長しています。自分の芸名に「夕日亭大根心」とつけているほど、大根大好きな私にとっては、これほど嬉しいことはなく、そろそろ試食してみたくなり、畑の中で一番大きくなっていると思われる大根を選んで、引き抜いてみました。わが家の大根は総太り系なので、地上に出ている部分が太ければ地中も成長していて、立派に育っていました。

初収穫した大根
初収穫した大根

 早速裏の水場で土分を洗い流しましたが、大根の葉っぱの瑞々しい緑と真っ白い根の部分がとても美しく、いかにも美味しそうでした。妻に渡すと早速一緒に掘って、芋ごり洗いした里芋と一緒に煮物にしてくれ、昨日の夜の食卓へ出してくれましたが、大根は口の中へ入れるととろけるような食感でした。私たちが子どものころはこの時期になると亥の子という風習があって、神棚に大根とイノス(ユズ)を供え、五穀豊穣と家内安全を祈る風習がありました。今はすっかり廃れましたが、復活したいと思っています。

 わが家ではこの2~3年、ユズ大根という漬物に凝っています。大根を短冊状に切り塩と砂糖と酢で味付けをして、その中へユズの皮を千切りにして入れ、ユズの汁を絞り込み、鷹の爪を2~3本刻み入れ、タッパーに入れて一晩寝かせるだけで、浅漬け風なピリ辛ユズ大根の漬物が出来上がるのです。熱々の新米ご飯に添えると食が進みます。これ以外にも大根サラダやおでんにも具材として使いますが、昨年は余った大根を切り干し大根にして一年中楽しみました。大根の美味しい季節になりました。勿論焼き魚に添える大根おろしも、焼き魚の脇役に甘んじていますが、大根はわたしの大好きな食べ物で、最近は大根の葉っぱまでスムージーにして楽しんでいます。

  「大根の 美味しい季節が やって来た 試しに一本 引き抜き調理」

  「私には 大根心と いう芸名 ついているほど 大根凝って」

  「亥の子には 大根イノス 神棚に 供え豊作 安全祈願」

  「大根の 葉っぱもミキサー スムージー 無農薬ゆえ 安心安全」 

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