人間牧場

〇水平線の家押入れの大掃除(その2)

 昨日はこのところ気になっていた、人間牧場水平線の家の押入れの掃除をするため午後出かけました。押入れの中には自著本「夕日徒然草」を収納していますが、山の家なのでほおっておくとゴキブリが巣を造り、本を傷めるので、1年に一度は必ず掃除をしなければならないのです。幸い友人からプラスチック製の収納箱二つををいただいていたので、一旦全ての自著本を外に出し、丁寧に掃除機で掃除した後、収納箱を押入れの中に入れました。そして3段の収納箱の下段には「昇る夕日でまちづくり」「今やれる青春」、中段には「水の書」「火の書」、上段には「風の書」「空の書」を収め、周りの隙間に残った本を入れ直しました。

  思った以上にすっきりと片付き、満足の手合いでこれまで執筆印刷した自著本を、背もたれ椅子に体を沈めてパラパラめくり読みしました。「昇る夕日でまちづくり」を出版したのはもう15年も前のことです。忙しいまちづくりの仕事の合間を見て執筆したので、拙文のそしりは免れませんが、それでも若い頃書いた文章には発想の面白さと勢いがあり、今となってはあのような文章を書く力もありません。21世紀えひめニューフロンティアグループの活動記録を、私が書いた「今やれる青春」も味がある本です。この本の舞台となった沖合いに見える無人島由利島も、今はダッシュ島としてテレビに乗っ取られていますが、思い出は尽きません。

 押入れの中にはもう一つ、時代遅れな18mmの映写機が入っています。使うこともなくなった代物ですが、ある青年団体が解散する時、行き場を失い廃品回収に回される運命だったものを私が拾い、持ち帰りました。この映写機でどれほどの人が18mmの映画を見たことでしょう。パソコン万能なデジタル社会になり、アナログなこうした道具類は行き場を失っていますが、青空公民館時代の華々しい活躍を思うと、まさに18mm映写機は近代化遺産だと思うのです。まだ十分動くので年に1回くらいはフィルムを借りてきて、映画鑑賞会でもしたいものです。

  「牧場の 押入れ掃除 一人する 出てきた自著本 懐かしく読む」

  「若い頃 書いた文章 力ある とてもじゃないが 今は書けない」

  「押入れに しまったままの 映写機も やがて廃品 惜しい気もする」

  「やはり歳 細々なこと 気になりて 押入れ掃除 納得しつつ」

昨日の人間牧場から見える豊田漁港の遠望
昨日の人間牧場から見える豊田漁港の遠望

 

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人間牧場

〇鳥の落し物

山茶花の根元でけなげに咲く西洋椿
山茶花の根元でけなげに咲く西洋椿

 わが家の庭には柿、みかん、ヤマモモ、南天、クチナシ、クロガネモチ、千両、万両、椿、山茶花など花の後に実をつける木々が沢山あります。特にこれから冬になると野山にドングリ等の食べ物が少なくなるため、野鳥が庭に沢山やって来て、これらの実をついばむほほえましい姿は、まるでバードウォッチングを楽しむような感じです。特に私たち夫婦のダイニングにある、大きな掃き出し窓からはその姿がリアルに見えて、癒しの空間なのです。

 庭を散歩したり草を引いたりしていてふと気付くのですが、木々の根元には落ちたり鳥が啄ばんで糞と一緒に落とした種が、知らず知らずのうちに芽吹いているのを時々見かけるのです。季節は移りて晩秋となり、向かいの山も日増しに紅葉し始め、庭の山茶花の花が今年も咲き始めましたが、その根元に山茶花の花とは違う西洋椿のかなり大柄な花を見つけました。植えた訳でもないこの花は、周りに西洋椿の花がないゆえ、明らかに野鳥による食媒・糞媒だと思うのです。

 椿は本来冬から早春にかけて咲く冬の花ですが、早咲きの山茶花の花に誘われて咲いたものと思われます。さて西洋椿の実生苗を、このまま山茶花の根元賑わいに甘んじてそのままにするか、別の場所へ移植をして新しい生き方をさせるか、正直迷っているところです。椿は北向きで陽の当たらない半日陰を好むようで、裏山には自然に生えたヤブツバキの木が沢山茂って、毎年清楚な花を楽しませてくれていますが、見つけた西洋椿には、まだ蕾もあるようなのでじっくり考えたいと思っています。

  「山茶花の 花の根元に 人知れず 西洋椿 鮮やかに咲く」

  「野鳥にて 糞媒芽吹き したたかに されども気品 漂わせ咲く」

  「花を見て 綺麗と思う 私は 感動人間 自分で誉める」

  「山茶花の 蕾一輪 切り取って 机に活ける 自分流儀で」

 

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人間牧場

〇石臼の移動

 先日手に入れた餅つき用の石臼は、庭の隅の水場で丁寧に水洗いして乾燥し、見違えるようになったので、昨日はその石臼の上に収納用の蓋を作ろうと思い立ち、倉庫の中から適当な杉板端材を見繕ろって準備を進め、作業に取り掛かりました。まず石臼の直径を計って板を適当な長さに切り、直径の糸を2分の1にして両端に3cmほどの釘を結び、釘を真ん中に軽く打ちつけて、3枚の板を揃えて釘で円を描きました。

荷台に積み込んだ石臼
荷台に積み込んだ石臼

 釘で印のついた円に沿って鋸で補正するように切って行くと、やがて丸いお盆のような形になったところで、細長い算木を2本取っ手のように打ちつけ、石臼の蓋が出来上がりました。この作業は今年の夏ごろケヤキの木で出来た餅つき用の臼を手に入れた時同じような物を作った経験があるので、カンナをかけて綺麗にして石臼の上に乗せてみるとピッタリで、不器用な私ながら思った以上に立派な仕上がりとなりました。

 

作業小屋の作業台の下に木臼と並べて収納
作業小屋の作業台の下に木臼と並べて収納

夕方小雨がぱらつき始めたので、その石臼を人間牧場へ運ぶことを思いつきました。基本的にこの石臼は一人で動かすことは出来ないほど重いので、居合わせた若嫁に手伝ってもらい、何とか軽四トラックの荷台に麻袋を敷いて下向きに乗せ、動かないよう荷紐をかけて出発しました。荷崩れしないか後を気にしながら山道を登りましたが、午後4時頃到着しました。軽四トラックを下ろす予定の作業小屋入口へバックしました。

 さあそれからが大変です。重い石臼を降ろすのは私一人の人力なので、誤って落下させると石臼が割れるし、足の上にでも落すと大怪我するので、まず松の板を敷いて慎重に力を込めて降ろしました。地面に降ろせばしめたもので、後は麻の上をまるで歩かせるようにゴロゴロ回しながら作業小屋の中に入れて、木臼と並べて無事収納作業を終えましたが、石臼も居場所を得て喜んでいるように見えました。

 石臼と大釜を手に入れたことをブログに書いたところ、地域おこし協力隊の冨田さんから、「移動する時は腰を痛めるといけないので加勢します」と、嬉しい申し出の書き込みがありましたが、お陰様で自分一人で動かすことがで来ました。この石臼と木臼を使って、12月13日には人間牧場でん年末恒例餅つき大会をする予定です。臼も杵もセイロも薪も全て整いました。後はみんなの参加を待つだけです。

  「手に入れた 石臼蓋を 杉板で 不器用ながら 手作り作業」

  「石臼を 若嫁頼み トラックの 荷台積み込み 牧場移動」

  「積んだのは いいが降ろすは 一人なり 全力真剣 思ったとおり」

  「さあこれで 道具は万全 来月は みんな集まり 餅つき大会」

餅つきを

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人間牧場

〇次男一生の結婚披露宴(その2)

 私もかつて結婚披露宴の司会を、537組という驚異的な数をこなしているので、披露宴2時間30分のストーリーはおおよそ分っていますが、私が手掛けたころの披露宴と根本的に違うのは、媒酌人が姿を消したことと、お義理的な著名人の長い祝辞がなくなったことです。昔は必ずといってよいほど媒酌人がいて、新郎新婦を「〇〇大學を優秀な成績でご卒業され~」とまるで歯の浮くように誉めたたえていました。最近は見合いなどといった型どおりの結婚より、婚活や恋愛で結婚する人が多いため、媒酌人があいさつして披露宴が始まることが少なくなりました。

孫たちも正装して勢揃い
孫たちも正装して勢揃い

 また披露宴に政治家が多数詰め掛けて長々と祝辞を述べることもなく、主賓祝辞も2人程度となり、家と家より、結婚をする二人が主役になる披露宴になって爽やかさが増してきました。次男息子は高校生の時代から20年を越えて演劇団イリュージョンで活動しているため、プロモーションビデオが上映され、また病院の友人が凄いパフォーマンスを披露して、両方とも参加者の爆笑や度肝を抜かれました。わが家の親族は次男の活動や人となりを知っていますが、新婦側の親族は大いに驚いたようでした。わが家や親類の孫たちにとっては、2時間30分の大人のショーは少し退屈だったかかもしれません。

息子のプロモーションビデオ上映
息子のプロモーションビデオ上映

 それでも屋外ウッドデッキでのフルーツやケーキをふんだんに使った、お洒落なケーキパーティには子どもたちも大満足で、そこら辺を走り回って、フーセンを飛ばしたりしながら大はしゃぎでした。勿論私たちも次々と出てくるお洒落な料理に舌鼓を打ち、お酒を飲めない私も満腹の手合いでした。会場の雰囲気も最高で、さすがに人気ナンバーワンだけあって見事な演出に感心しました。わが家には警察官をしている三男がまだ一人身なので、親類の人から「早く結婚しろ」「次はお前の番だ」などと、随分攻め立てられていたようでした。

花束贈呈
花束贈呈

 結婚披露宴の最後には、新婦が両親に宛てて手紙を朗読し少しウルウルさせられました。両母親には花束を、両父親にはささやかなプレゼントを貰いました。花嫁の父親にはホテルの宿泊券、私には温泉の60枚綴りの入浴券を貰いました。最後の締めは両家親族を代表して、父親である私のあいさつでした。何も考えずその場で思いつくまま少し短めのあいさつをしましたが、まあこの程度のあいさつでビビルほど小心者でもないので、参加者にはいたって講評で、お世辞でしょうが「いいあいさつでした」と、沢山の方々から賛辞をいただきました。総じて思い出に残る爽やかな結婚披露宴でした。

  「2時間半 孫にとっては 集中力 少し途切れて 少しあくびを」

  「親父ゆえ 締めのあいさつ するハメに 用意もせずに 思いつくまま」

  「母親に 花束貰い 私には 温泉好きと 入浴券を」

  「まだ一人 三男独身 妻は気に してるが本人 あっけらかんと」 

 

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人間牧場

〇冬の足音が近づいて来ました

 この2~3日は北西の季節風がかなり強く吹いて、秋を通り越し一気に冬支度となりました。朝の散歩をする人もめっきり減って、出会う人たちも身を縮めて歩いているような感じで、「今朝は寒いですねえ」などと声を掛け合い、足早に歩いていました。北の北海道に住む友人からは、雪や低温の便りどんどん届いていますが、北海道から比べれば寒いといっても10度そこそこなので、我慢できないほどではありません。

 庭の隅に植えている山茶花の花が咲き始めました。晩秋から冬枯れのこの季節は花の少ない時期なので、赤い山茶花の花は見るだけで心を和ませてくれます。これからしばらくの間はダイニングの掃き出し窓から、食事をしながら山茶花の花を楽しみたいと思っています。昨日の夕方山茶花の花の根元で、同じような花ながら西洋ツバキの花も咲いていました。植えた訳ではなく、小鳥の糞から芽吹いて大きくなったものと思われますが、とても綺麗でした。

 「赤富士」とは夕日に染まった富士山の景色をいいますが、多くの画家が描いたり、写真家が写真に撮っています。昨日の夕方私の家の直ぐ目の前に聳える町のシンボル本尊山が、夕日に映えて赤く見えました。このところの冷え込みで本尊山周辺も山が色づき始め、特にハゼモミジの赤い色が目立つようになってきましたが、日々の暮らしの慌しさの中で忘れていた光景に、思わず見とれてしまいました。冬は私たちの住んでいる双海にも、駆け足でやって来たようです。今朝も少し肌寒さを感じながら新聞配達のおじさんを迎えました。

  「庭の隅 真っ赤な花の 山茶花が 咲いて心を 和ます晩秋」

  「山茶花の 根元に椿 二輪咲く 小鳥の仕業 思わずしゃがむ」

  「夕焼けに 本尊の山が 染まりたる ハゼのモミジも 彩り添えて」

  「寒いねえ 朝のあいさつ そこそこに 足早過ぎる ウォーキングする人」

山茶花赤本尊山

 

 

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人間牧場

〇机の引き出しから出てきた印鑑

 サインで決済する外国人とは違い、私たち日本人の暮らしにとって印鑑は、なくてはならない大事な道具です。重要な決済以外は印鑑さえ押せば、それがたとえ三文印であっても処理が出来て、双方が納得安心するのですから、考えてみれば可笑しな話です。私は印鑑証明が必要な時に使う実印の他、貯金通帳を作る時登録している準実印以外に、書類に押す印や講演等で持ち歩いている印、それに自著本にサインを求められた時使う落款のような印を目的に応じて使い分けています。

石彫りの篆刻印(左)と木彫りの彫刻印(右)
石彫りの篆刻印(左)と木彫りの彫刻印(右)

 昨日机の下の引き出しを掃除をしていると、面白い印が二つ出てきました。一つは私が代表をしている21世紀えひめニューフロンティアグループのメンバーで出かけた韓国旅行の折、みやげ物店で買った木彫りの印です。印の周りに彫刻をしていて、定かではありませんが10年前当時5千円くらいだったと記憶しています。かなり大きな「若松」という丸印なので、日常的に使うこともなく引き出しの隅で眠っていましたが、この際持ち歩いている私の愛用の木のカバンに似合うようなので、これから講師用として使いたいと思います。

 もう一つは篆刻印です。立派なケースに入ったこの印は、双海町出身で大阪に住む当時中年だった女性が、趣味の篆刻で石に彫ってプレゼントしてくれたものです。私の自著本サインに押したゴム印を見て、少し軽少と感じたようで、思いを込めて彫ってくれました。これは「若松進一」と彫ってあるので、私以外には使えないので私一代って感じです。字の余り綺麗でない私のサインでも、この印を落款のようにサインの下に押すと、見栄えがするのですから大したものです。最近はサインを求められることも少なくなりましたが、これからはこの印を毎日三枚書いているハガキにでも押そうかとも思いますが、はてさて受け取った人はどう思うでしょうか。

  「引き出しの 中から印が 二つ出た これを使って これから生きよう」

  「三文印 使っていても 印は印 相手信用 可笑しな話」

  「篆刻と 木彫り彫刻 二つ印 凡人ゆえに 過ぎたるものと」

  「印なくも 私の文字は 真似できぬ 下手か上手か 分らぬがいい」  

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人間牧場

〇歳をとるということ

古希を迎えた私の自画像
古希を迎えた私の自画像

 「古来稀なリ」という古希を迎えると、何か年寄りになったような気分になるから不思議です。それもそのはず、私と同じような年代の人は既に、老人クラブに入会したりグランドゴルフに通ったりして、高齢を謳歌しているようで、私にもそうしたお誘いがじわじわと近づいているようですが、まだまだと見栄を張るかのように突っぱねています。昨日黒山登山に出かけ、往復2時間の山道を歩きましたが、他の三人の若い人に負けないほどの健脚に、少し自信のようなものを感じ、自宅に戻って妻にそのことを話すと、「それを年寄りの冷や水というのよ」と軽くあしらわれてしまいました。

 先日妻が私に着せるため、ピンクがかった服を買って帰りました。私はそうした派手な服はこれまでも着たことがないので、「要らない」と少し不機嫌になりました。「歳をとるとパジャマや普段着でウロチョロする人が多く見受けられるがみっともなく、歳をとればなお更少しお洒落をすべきだ」と妻は言うのです。一利あるとは思ってみても、流石にピンクのシャツを着るほどお洒落な人間ではないのです。
 そういえば先日松山にある星ヶ岡温泉に出かけた折、脱衣場で八十歳を越えたおじいさんが着替えをしている姿を見ました。そのおじいさんは何と真っ赤なボクサータイプのパンツをはいていたのです。

 脱衣場で着替えをしていたお客さんの目が、一斉にそのおじいさんのパンツに釘付けになりました。当のおじいさんはさも「どうだ、参ったか」てな感じで得意顔になって、脱衣場をウロチョロしていました。いやはや驚きで、私など見ているだけでも恥ずかしくて目を覆いたくなるような光景でした。
 私のような古いタイプの人間は、ある種自分の地味さを歳のせいや、田舎暮らしのせいだと思っていますが、赤いパンツのおじいさんほどではなくても、もう少しお洒落な身だしなみをしなければと、少しだけ反省しました。先日思い切って妻が買って来た、ピンク系のシャツを来て外出をしました。出会った人が「進ちゃん、今日は偉いおめかしして何処へ行くの!!」と皮肉めいて尋ねられましたが、「進ちゃん、今日は格好いいねえ!!」とも言われました。まあいいか・・・。

  「温泉の 脱衣場赤い パンツはき これ見よがしに 見せるじいさん」

  「ピンク系 シャツを私に 着よという 流石の私 嫌だとぐずる」

  「歳とれば 地味より派手が 一番と 思ってみるが 私にゃ出来ぬ」

  「体力じゃ 若い人には 負けるけど 気力は今も 年寄り冷や水」

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人間牧場

〇雑草ハコベをスムージーにして飲みました。

 一年納めの九州場所が始まると、北西の季節風が強まって、一気に冬支度といった感じですが、今年の秋は昨日まで暖かい日が続いたため、家の横の家庭菜園ではキャベツに青虫がまだ沢山いて、毎日腰をかがめながら暇を見つけて青虫取りをやりました。消毒をしない無農薬の安心安全を目指す野菜作りも、中々骨が折れるものです。加えてもう雑草が休眠に入る時期なのに、このところの温かさと露をいっぱい含んで、野菜にまとわりつくようにハコベ草が蔓延っています。

スムージーにして美味しく飲んだハコベ(ヒヨコ草)
スムージーにして美味しく飲んだハコベ(ヒヨコ草)

 昨日は松山から講演を終えて帰宅後、野良着に着替え畑に出てハコベ草を手鍬で抜く作業をしました。私が子どものころわが家ではニワトリを飼っていて、この柔らかいハコベ草をヒヨコが好んで食べることから、ヒヨコ草と呼んでいて、畑のヒヨコ草をまな板で細かく切り、ぬかを混ぜてヒヨコの餌にして与えるのは私たち子どもの役割でした。ヒヨコ草を食べたり地中のミミズ等を食べるからか、ニワトリの産んだ有精卵の黄身は真黄色で、箸でつついても中々破れないほどで、卵かけご飯にして食べるのが唯一のご馳走でした。

 後で知ったのですがハコベは、春の七草ハコベラともいわれ、人間が食べてもいい雑草なのです。わが家では毎日大根葉や小松菜等を毎朝収穫して、果物と一緒にジューサーにかけてスムージーという飲み物を作って、健康のために飲んでいますが、ハコベ草も七草であるのなら雑草として処分するだけでなく、スムージーにして利用したらどうかと思い立ちました。今朝は昨日の昼頃から強くなった北西の風が一段と強くなり、車庫の上の発電用風車も勢いよく回って、寒さが一段と増していますが、思い切って畑に出てハコベ草を一つまみ収穫して来ました。妻に頼んでスムージーにしてもらいましたが、色も鮮やかで美味しく飲むことができました。これで元気もリもリです。

  「雑草と いわれるハコベ 抜き取って 果実とともに スムージーして飲む」

  「緑濃い ヒヨコ草入れ スムージー 妻は半信 半疑で飲まず」

  「畑では 春の七草 ハコベ草 雑草処分 意味もないまま」

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人間牧場

〇寝過ぎは「ボケと糖尿病を招く」って本当かしら?

 一年治めの九州場所が始まり、晩秋といわれるこの頃になると夜明けが遅く、日の入りが随分早くなって、夜の時間が長くなりました。長い夜の過ごし方はテレビを見る人、安眠を貪る人、読書にふける人、お酒を楽しむ人などなど人それぞれですが、先日テレビを見ていると「寝過ぎはボケと糖尿を招く」というショッキングな話題が報じられていて、思わず目と耳を向けて見聞きしてしまいました。

 睡眠不足が肥満や糖尿病につながるという話は聞いたことがありますが、実は中年以降は寝過ぎにも注意が必要なようです。イギリス・ウォーリックス大学の研究によると、長い睡眠は脳を老化させることが明らかになったようです。その研究では50歳から89歳までの9千人を対象に、睡眠と脳認知機能の関係を分析、50歳から64歳では睡眠時間が6時間以下の人だけでなく、8時間以上の寝過ぎの人でも、記憶力と意思決定能力が下がることが分りました。

 さらに64歳以上で認知機能の低下が見られたのは寝過ぎの人のみ、マドリードのコロンビア大学の調査でも、60代、70代で9時間以上眠っている人は、6~8時間睡眠の人に比べ認知機能が倍近く低下しているというのです。影響は脳だけでなく糖尿病患者が最も少なかったのは7時間睡眠の人たちでしたが、5時間以下の睡眠になると糖尿病は2.6倍、8時間以上の睡眠だと3.6倍に跳ね上がるのだそうです。

 長時間睡眠が悪影響を及ぼす明確な理由は分かっていませんが、睡眠には浅いレム睡眠と、深いノンレム睡眠があって、短かかったり長かったりが一概に悪いのではなく、眠りの質が細胞の修復やホルモンの分泌に影響を与えるようです。「じゃあ何時間寝たらいいの?」といえば、25歳で7時間、45歳で6.5時間、高齢者で6時間が目安のようです。寝過ぎて頭がボヤーとしたことがあったことを思い返せば、寝さえすれば元気が回復するという今までの考え方は、少し古くなっているようです。

  「人間は どれほど寝れば いいんだろう 疑問の館 寝つつ考え」

  「寝過ぎると ボケに加えて 糖尿病 本当だろうか 疑いながら」

  「8時間 境に多い 少ないと いってはいるが 私は少なめ」

  「夜長く 感じる晩秋 この時期は 寝るのも楽しみ ひとつですから」 

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人間牧場

〇友遠方より来るありまた楽しからずや(その2)

 おんせん県大分別府に住む縄田さんとは、昨年の12月に国立大洲青少年交流の家で開かれた地域社会教育実践交流集会で初めて出会いました。私が司会をしたインタビューダイアローグのパネラーとして登壇していた、縄田さんの本職は小学校の教員で、現在は生涯学習センターに勤務していますが、若い頃青年海外協力隊の一員としての経験がある異色の人だったので、興味とフィーリングがあったようで、直ぐに友達になりました。以来メールやハガキのやり取り、講演依頼などなど密度の濃い交流を続けています。

足湯の交わり
温かい足湯の交わり

 昨日大分県九重町の野上公民館の人たちが、わが町へ視察にやって来ましたが、野上公民館の指導も日常的にされていて、別行動ながら人間牧場へご一緒にやって来られました。午前中の視察を終えて一行が帰った後、少しの間レストランでの昼食、翠小学校の見学、わが家の私設公民館煙会所、海の資料館海舟館などを見ながら、楽しいお喋りの時間を過ごしました。本職は小学校の先生だし県教委の社会教育主事なので、雑談めいた教育議論にもメモを取りながら熱心に耳を傾け、いやはや驚きでした。

 私は年中人と出会っています。100回会っても1回しか会ったような感じかしない人もいますが、1回会っただけで100回も会ったような感じのする人もいます。縄田さんは後者の最たる人で、僅か1年の出会いが周りを巻き込んでどんどん膨らみ、大きな輪になっています。縄田さんを見ていると私の若い頃を思い出します。暇さえあれば外に出かけ、人に会い人に教えを請い、人とともに活動をしました。縄田さんは情報発信の名手で、facebookも彼女の道具の一つのようで盛んに投稿しています。

 人の値打ちを決めるのはやはり心の温かさだと思います。現代人間は損か得か、好きか嫌いかという見栄えで人を判断しがちですが、損得・好き嫌いよりも、温かい人間的力こそ大事なのです。縄田さんの人間力から学ぶことは多く、これからも大事にしたい、私の新しい親友です。進み過ぎる社会と縮む社会が混在化して、一見見えにくい現代の世相ですが、いつの世も迫り来る悩みや世相は同じで、鳥の目と虫の目の複眼を持って生きて行かねばなりません。そのキーワードは温かい人間力のようで、縄田さんにそのことを教えられた1日でした。

  「まだ一年 だけど十年 会ってるよう そんな気がする 遠来の友」

  「おんせん県 大分別府 住む人が はるばる愛媛 ワクワク・ドキドキ」

  「束の間の 短い時間 サプライズ 思いつくまま あちらこちらへ」

  「温かい 人間力が ある人は また会いたいと 不思議に思う」

 

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