人間牧場

〇おにぎりとおむすび

 今年も田植えの季節がやって来ました。私が子どものころの田植えは6月と決っていました。農家では少し早目に苗を立て、雨の中でその苗を抜いて運び、代掻きの終った田んぼに腰を丸めながら棒縄定規に沿って植える作業は、とても大変だったようですが、今は苗は苗屋に頼み、牛がやっていた代掻きは耕運機が、そして一番厄介だった田植えは田植え機でスイスイ楽々といった感じです。
 田植えは年々早まり、早い所では4月の上旬から始まり今が最盛期のようで、農家事情を知らない私などは、「そんなに焦らずとも?」と思ったりするのです。

若嫁の作った豪快なおにぎり
若嫁の作った豪快なおにぎり

さて今頃植えた稲は8月のお盆が過ぎる頃には早くも稲刈りされ、新米として世の中に登場するのですが、それまでは新米なのか古米なのか分らないお米を食べなければなりません。わが家は孫たちのためにおにぎりが度々登場します。お弁当は勿論のこと、孫たちが集まると、事あるごとに色々なおにぎりが作られ、食卓をにぎわせるのですが、先日そのおにぎりを巡ってホットな議論をしました。私たちは子ども頃から「おにぎり」と言ってきましたが、今は「おむすび」とも言います。辞書に「おにぎりは握り飯を丁寧に言う語」、「おむすびは握り飯を丁寧に言う語」と書かれていました。ということはおにぎりもおむすびも区別がなく同義語だと言うことのようでした。

焼きおにぎりも美味しい
焼きおにぎりも美味しい

日本人はおにぎりが大好きで、ある調査によると日本人は年間1人当たり3659円ものお金を出し、コンビニなどでおにぎりを買って食べるそうです。東京はダントツトップで4771円、これを1個120円で計算すると東京都民は押しなべて、年間40個ものおにぎりを食べているのですから驚きです。ローソンはおにぎり屋、ファミリーマートは愛情おむすび、サークルKはおむすび道、セブンイレブンの説明だと海苔がパリパリタイプがおにぎり、そうでないものがおむすびと説明していますが、これもコンビニの思いつきといったところで、表現はまちまちのようです。ちなみに東日本はおむすび、西日本はおにぎりと呼ぶことが多いそうで、なるほどと納得しました。

 昔母ちゃんがかまどでご飯を炊いた時、おこげに塩をつけておにぎりをしてくれて食べた味は忘れることはできませんし、梅干しを入れて握ってくれた握り飯を弁当にして遠足に出かけた思い出も、今は亡き母の思い出とダブって懐かしく思い出されるのです。しかし今はそのおにぎりでさえ、コンビニで買うものになってしまっているのです。
 おにぎりには夢があって、おにぎりの中に梅や塩昆布、おかか、鮭などを入れて握りますが、分らぬまま食べた時中から出てくる具材の当たり外れも楽しみです。鯛めしや寿司飯、ゆかり飯、炊き込みご飯の握り飯も格別な味です。いやはや朝だというのに握り飯が食べたくなってきました。

  「おにぎりは 日本の文化 美味しいね 食べつつ思う 母の思い出」

  「焦げ飯を 塩つけ握った おにぎりは おかずなくても 最高贅沢」

  「おにぎりと 味噌汁沢庵 卵焼き 目刺し梅干し お茶さえあれば」

  「梅入りと 思って食べた おにぎりの 中から昆布が 出て来てはずれ」

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人間牧場

〇イノシシ除け用と菜園用の竹切り

 昨日は急な思いつきで、午後3時から県道といいながら細い山道を通って、唐崎の上にある妹の家が所有する、竹薮へ竹切りに出かけました。竹薮までの道沿いにはかつて私が若かった頃、花いっぱい運動で植えた桜が、今では大きくなって緑陰をつくっていました。また沿道には土留めのために植えたと思われるニセアカシアの木に、沢山の白い房状の花が咲き誇り、今が見ごろとばかりに甘い香りを漂わせ、蜂類が羽音を立てながら盛んに蜜を吸っていました。
 軽四トラックで竹薮に到着すると、路側に車を止めて早速真竹の竹薮に入り、腕首ほどの頃合な竹を見繕い、鋸で切り倒し下の道まで落下させました。まず竹の枝を鎌で落とし、2m50cm程度の長さに切り揃えました。これは人間牧場の芋畑のイノシシ防護のために、魚網を吊り下げる支柱として利用する予定なので、20本ばかり確保しました。

イノシシ用と菜園用に切り出した竹
イノシシ用と菜園用に切り出した竹

 竹の芯は2m50cm程度に切り、枝を残して剪定バサミで葉っぱを切り落とすのです。これはわが家の家庭菜園の野菜用に活用する予定です。そうこうしていると、唐崎の人が上から竹を積んで降りて来て、「珍しい人に会った。何をしているの?」と話しかけ、手を休めてイノシシの防護策に使う話をしました。この人は私より2歳年上のようで、「久しぶりに会ったが、今も講演に出かけているのか。口だけで金儲けができるあんたが羨ましい」などと、冷やかし半分の会話を重ねて、下って行きました。
 急がないと日が暮れると作業の手を進めていると、今度は立派な車に乗った方が上がって来て、「何をしているのですか?」と尋ねられました。「イノシシの防護柵に使う竹を切っている」と答えると、「ご苦労様」と言って車で立ち去りました。どうやら直ぐ上のログハウスの住人のようでした。

白い房状の花を付けたニセアカシア
白い房状の花を付けたニセアカシア

 作業を進めているとさっきの人が、箒と鍬と手箕を持って降りて来ました。聞けばログハウスの住人で、新田高校に勤めている先生でした。先生は県道の掃除を時々しているようで、お互いがお互いの作業をしながら言葉をつなぎました。聞けば地域事務所の松本さんは新田高校時代の教え子だそうで、ログハウスを建てたいきさつや、奥さんの病気のことなどを、いっぱい話してくれました。菜園の垣に使う細い竹を10本余り確保して車に積み込み、荷造りをして夕闇迫る山を下りましたが、いやはやどこへ行っても知り人がいて、話は通じるものだとしみじみ思いました。
 竹を降ろして家庭菜園まで運びましたが、親父はこのところの天気続きでカラカラに乾いた、タマネギ畑に散水をしてくれていました。今年はタマネギに癖が入って生育が悪く、心配していますが、親父のこうした努力で、幾分持ち直しの兆しが見えるようで、一安心といったところです。今日は朝から人間牧場の芋畑の中耕を予定していますが、朝から少し早まった雨模様で、どうやら中止しなければならないようです。

  「竹切りに 出かけたはずの 竹薮で 知り人ばったり 話弾んで」

  「講演は 口で儲ける いい仕事 ねたみの言葉 かけられ〇×▲」

  「山道に ニセアカシヤの 花満開 甘い香りに 蜂類群がり」

  「この竹で イノシシ来るな 網を張る 一網打尽 いやいやおどし」

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人間牧場

〇何とも不思議な浜昼顔の咲く砂浜光景

 「♭名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実ひとつ ふるさとの岸を離れて~♯」は島崎藤村作の「椰子の実」という歌の一説ですが、海岸沿いには色々な見知らぬ彼方より沢山の漂着物が流れ着きます。その中には比較的塩分に強い、海岸に自生する植物の種もあるようで、ふたみシーサイド公園の砂浜には、水泳客が落としたと思われるスイカの種が芽吹いたり、時にはトウモロコシ一本から無数のトウモロコシが生えたりして驚き、これを観光に生かせないか、よからぬアイディアを思いつき、実現はしなかったもののシーサイドの砂浜でスイカを作ってみようと思ったこともありました。

灘町海岸に群生して咲く浜昼顔の花
灘町海岸に群生して咲く浜昼顔の花

 昨日の夕方人間牧場での農作業を終えて帰る途中、灘町海岸で奇妙な光景が目に入りました。海岸国道は毎日のように車や人が通りますが、この光景を見て「?」何て思わないのか、気がついても通りすがるのか、はたまた気がつかないのか、多分車を止めて海岸に降り、その光景を写真に収めるのは、私ひとりくらいだろうなあと納得しつつ、傍に近寄ってみました。
 私の思っていた通り、砂浜に無数に咲く花は浜昼顔でした。誰かが種を蒔いた訳でもなく、これは紛れもなく海流が何処かからか運んできた漂流植物なのです。太陽に向かってラッパ状の花を一斉に開いて咲いている浜昼顔の花は、薄いピンク色の可憐な花で、いつまでも見ていたいような光景でした。

 この砂浜にはもう間もなくキンケイソウの黄色い花が咲きます。キンケイソウは道路護岸工事の後に、種子吹きつけする帰化西洋植物で、この花もここへ蒔いた訳でもなく、多分車や荷物に混じって運ばれ、ここに安住の地を求めて、芽吹き咲いて増えたものでしょうが、キンケイソウも塩分に強い植物だと思われます。
 先日愛媛新聞カルチャースクールで、「花」をテーマに2時間講義をしましたが、昨日人間牧場で見たコンニャクの花や、海流に乗って流れ着いて咲いた浜昼顔、海辺に咲くキンケイソウについては話すらしませんでした。花は自分の子孫を残すために花を咲かせて実をつけます。せめて花が咲いた時だけでも、愛でてやりたいものです。花を愛でるような心優しい人間になりたいとも思いました。

  「灘町の 砂浜に咲く 花を見て ああ綺麗だと 思うだけでも」

  「海流に 乗って漂着 人知れず 咲く浜昼顔 花ぞ美し」

  「薄ピンク ラッパを広げ 太陽に 向かって一斉 浜昼顔が」

  「朝顔や 昼顔次は 夕顔と 少し違った 趣楽しむ」

その後、5月15日付け愛媛新聞朝刊7面に掲載された記事
その後、5月15日付け愛媛新聞朝刊7面に掲載された記事
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人間牧場

〇花をテーマに二時間話す

 連休でたっぷり鋭気を養った私も、昨日から再リセットして、講演などでまた忙しい日々が始まりました。昨日は毎月第一火曜日に開いている、愛媛新聞カルチャースクールの講義日でした。今月のテーマは「花を楽しむ」でサブタイトルは「花を愛する人は心清き人」でした。今年のカルチャースクールは昨年の反省をもとに心を入れ替えて、レジメを作って2時間ばかり話をすることにしていますが、前もって作ったレジメの量がかなりアバウトで多目だったため、前回に引き続き駆け足の話となってしまいました。
 花で思い出すのは、何といっても二人の女性から毎年、私の誕生日に届く花束です。私は1944年(昭和19年)10月3日に生まれています。少年時代は家が貧乏だったり戦後間もないこともあって、自分の誕生日を祝ってもらった記憶は殆どなく、ちやほやされて誕生日を祝ってもらう孫たちを、多少羨ましくも思いますが、「誕生日は自分を産み育ててくれた両親に感謝する日だ」と分ってからは、子どもたちに祝ってもらう最近を少し気恥ずかしく思うのです。

img090 話が横道にそれましたが、私がシーサイド公園を整備して運営をし始めたのは、平成7年3月17日からです。「人が来ないし赤字になる」と大方の人が大反対をする中、傷心の思いでシーサイド公園の砂浜やミニ水族館の水槽を毎朝5時から3時間掃除を12年間もしました。
 平成7年10月3日の朝も、変わることなく一生懸命掃除をして、汗まみれになって砂浜から、ゴミ袋を担いで上がると、二人の若い女性が出迎えてくれ、突然「誕生日おめでとうございます」と、持っていた花束を手渡されました。近くにいたギャラリーも加わって大きな拍手が後押しをして、恥かしいやら恐縮するやらで、感激の面持ちだったことを今もはっきり覚えているのです。見ず知らずだった緒方二三子さんと西岡真由美さんはその後も、私の誕生日に花束を贈ることを忘れることなく、17年間も贈り続けてくれているのです。

img135 花と言えばもうひとつ、徳島県庁の招きで講演に出かけた折、泊まりの食事会を終えて二次会に誘わ、れ出かけた店でのハプニングです。出かけたスナックは客足が遠のいたことを理由に、間もなくお店を閉めるといううらぶれた店でした。トイレは共同で汚く、電気も暗く、花は造花でした。ママさんの話は、お店が人通りから外れていて場所が悪い、世の中が不景気だから人が来ないなどと、外因を愚痴ってばかりでした。私は「この店を再生させるとっておきのアイディアがあるので、それを行なってこの店が再生したら一晩タダで飲ませて欲しい」と大見得を切りました。私の提案は「店内やトイレを掃除して綺麗にする」「電気を増やして明るくする」「造花をやめて生花にする」の3つでしたが、ママさんは「そんなことでお客が増える訳がない」と鼻で笑っていました。

  明くる年、私は再び県庁から講演を頼まれ出かけた折、2次会でそのお店に連れて行ってもらいました。するとどうでしょう。見覚えのある店ではないと、見まがうほどに店は大変身を遂げ、お客さんで満員の盛況ぶりでした。その夜は大恩人とばかりに持て囃され、約束どおりタダで大好物のビールを鱈腹飲んで帰ったのです。「あの店はどうなっているのだろう」と、今も多少気がかりですが、花がお店を救った信じられないようなこの話は実話なのです。
 今月のテーマのように、「花を愛する人は心清き人」です。だとしたら私も多少心清き人かも知れないと、手前味噌ながら双海町の花によるまちづくりを主導した昔を懐かしく思う私は、やはり歳なのでしょうか。

 

  「花だけで 二時間話す 話術持つ 自分で驚き あっという間に」

  「花束を 十七年間 誕生日 贈り続ける 二人の女性」

  「造花駄目 それを信じて 生花替え お店再生 実話なんです」

  「花が好き だから私は 清き人 手前味噌なる 多少の自賛」

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人間牧場

〇妻が天草でゼリーを作る

 ゴールデンウィークは私たち夫婦にとっても久しぶりの休暇のはずなのですが、遊びに来ていた孫たちも含めた大賑わいの世話に明け暮れてしまいました。とりわけ本来なら休養をとるはずの妻は、食事の世話や食料品の買出し等で忙しい日々を過ごしたようで、休みがかえって疲労蓄積になりましたが、まあこれも心地よい疲れだったようです。かく言う私は朝の散歩や農作業に加え、私の休みを見越してやって来るお客さんを、人間牧場や煙会所、海舟館に案内する等、それなりの充実した日々をマイペースで過ごすことができました。お陰様で頼まれている原稿も目鼻が付き、菜園の手入れもほぼ考えたとおりに終えることができました。

 昨日は妻が孫たちのために私が収穫した天草でゼリーを作っていました。天草ゼリーは妻の最も得意とする手作りおやつで、馴れたのか今では硬くも軟くもなく、ほぼ完璧なゼリーが出来上がるのです。私も孫もお裾分けする親類も、この手作りゼリーが大好きで、少し暑くなって喉越しの良いものが欲しい初夏の食べ物として、はもう最高の贅沢品だと自慢しているのです。
 計量した天草を水で戻してよく洗い、鍋に計量した水を入れて沸騰するまで煮炊きし、吹きこぼさないよう中火で10分ほど煮たところへ、お酢を入れるのです。そうすると天草がドロドロに解け始めます。良くかき混ぜて解けたら熱々のまま、木綿の袋に入れて漉しますが、これが熱湯のため大変で、やけどをしないように注意して絞り切るのです。そこへみかんジュースと砂糖を入れて鍋でかき混ぜながら温めます。

 予め用意した平たいタッパーにみかんや桃やパイナップルの缶詰を散らして置き、上から鍋の液を流し込みます。わが家では一回でタッパー5つくらいを作ります。ダイニングの机の上に新聞紙を敷いて並べたタッパーは1時間もすると荒熱が取れて固まりますが、それを冷蔵庫に入れて冷やすと天草ゼリーが出来上がるのです。天草は海草なので胃腸やお通じにもよい健康食品なので、食べると整腸作用が働いて胃腸がスッキリするのです。
 今使っている天草は3年前に私が、離れ山の海岸で拾い集めて持ち帰り、水に晒したりしながら丹念に遺物を取り去って作ったものです。そろそろ底をつきかけたので、今年の夏はまた採集に出かけようと思っています。今年は一昨日倉庫にしまっていた、インディアンカヌーを長男息子と出し、水洗いをしてシーズンに備えたので、陸上から下見をした後、カヌーで取りに行こうと思っています。

  「天草を 沢山収穫 したお陰 妻はテキパキ ゼリーを作る」

  「天草は 未利用資源 思いつつ 今年は仲間 誘い収穫」

  「初夏となり 妻手作りの ゼリー食べ 喉越しスッキリ お腹スッキリ」

  「手作りで おやつ作れる 妻凄い 近所配りて 喜びの声」 

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人間牧場

〇平凡なれど田舎暮らしは楽しいですね

 「リンキャベ」という言葉は私の造語です。妻の用意してくれるリンゴ半個と洋食皿一杯の千切りキャベツを毎朝食べるようになって、もうかれこれ30年近くになりますが、リンゴとキャベツが体のどの部分に良いのかも分からぬまま、良いと信じて食べ続けているのです。リンゴもキャベツも物の本によると整腸作用があって、医者要らずなどと言われているようですが、「リンキャベ」という造語の響きも良く、目下のところ妻と二人で楽しんでいます。
 最近妻はキャベツの千切りをゆっくり噛み砕いて食べる暇がないように、毎朝忙しく振舞う私を見て何を思ったのか歯切れのよいジュースミキサーを新調して、毎朝リンキャベジュースをしてくれるのです。

 ジュースの中身は勿論リンゴとキャベツですが、最近自宅の家庭菜園に実をつけている甘夏柑の皮を剥いてジュースに入れてくれるのです。それまでミックスジュースのように甘かったリンキャベジュースは一転し、酸味と少し苦味が加わり、フルーティやトロピカルと表現していいのか、何とも不思議な味がして、夫婦2人がそれなりの味を楽しんでいるのです。
 2年前長男家族4人と同居するためわが家のリフォームを行なった際、これまで使っていたダイニングを息子たちに明け渡し、私がそれまで書斎に使っていた南向きの部屋に私たちのダイニングを移転しました。そのお陰で総ガラス張りの南向きの掃き出し窓からは、中庭が綺麗に見えて緑を見ながら穏やかな気持ちで食事を、妻と二人でしているのです。

 

私が送った甘夏柑で溝渕雅子さんはマーマレードを作りました
私が送った甘夏柑で溝渕雅子さんはマーマレードを作ったそうです。美味しそうですね。

 ダイニングの窓からは蜜蜂の巣箱も観察することが出来ます。また四季折々の木々のざわめきや小鳥の鳴き声も耳にすることができます。今は庭に植えた山モミジの新緑が目にも鮮やかで、風にそよぎキラキラと輝いて、初夏の季節を堪能することができるのです。
 食卓には人間牧場で収穫した蕗の佃煮や自家製ハチミツが並び、自給率の上がった食を堪能しています。数日前高松市三谷の溝渕雅子さんに甘夏柑を送ったところ、早速PCネットで手作りのマーマレードの美味しそうな写真が届きました。無農薬の甘夏柑がこうして友人のお役に立っていると思うと、ついつい嬉しくなります。人間にとって季節の移り変わりを感じながら、日々を健康で楽しく生きれることに勝る喜びはありません。ああ今日もまた、平凡な田舎暮らしなれど、いいことがありそうな予感がする朝を迎えています。

窓から見える中庭の景色
窓から見える中庭の景色

 

 「リンキャベを 夫婦揃って 食べる朝 近頃リンキャベ ジュースになりて」

 「中庭の 四季折々を 見て食事 遠くコジュケの 鳴く声聞こえ」

 「甘夏柑 届きましたと メール来る マーマレードの 写真を添えて」

 「ああ今日も 平凡だけど 幸せと 感じる朝を 妻と二人で」  

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人間牧場

〇サツマイモの苗植え

 私が子どものころは、鋸の目立て屋さん、金魚屋さん、研ぎ屋さん、瀬戸物屋さんなどが客集めのため、町内を独特の言い回しで巡回し、客引きを行なっていました。「瓜売りが瓜売り売って瓜売り帰る瓜売りの声」とでも言うのでしょうか、この時期になると隣町の苗物屋さんのトラックが、車に取り付けたスピーカーで、「苗は要らんかな~」といかにも長閑な伊予弁を流しながら売り歩いています。その声を聞く度に「ああもうその季節か」と初夏の匂いを感じさせてくれ、すっかり風物となっているのです。
 昨日私は午後から畑に出て、麦藁帽子に長靴の出で立ちで家の横の家庭菜園内の、キウリやトマトなどの苗物を植えている畑の中耕をしました。苗物を植えてから10日ほどが経ちましたが、キウリもトマトも足元に小さな雑草の芽が伸び始めたので、雑草が小さいこの時期に中耕をすると、草取りが楽であることを考え、草削り鍬で万遍なく土を耕して行きました。昨日は雲ひとつない絶好の日和で、薄手の服一枚でも農作業をすると少し汗ばむほどでした。

 中耕が一息ついたころ、苗物屋さんの「苗は要らんかな~」の声に続いて、「サツマイモの苗もありますよ~」というスピーカーの声に反応し、財布を持って県道まで苗物屋さんの車を小走りに追いました。苗物屋さんはいつもの顔見知りのお兄さんなので、追いかける私の姿をバックミラーで察し、道端に車を止めて愛想よく車から降りてきました。
 「去年も兄ちゃんの苗を買ったが美味しかったので今年も50本下さい」と言うと、「今年の鳴門金時は
バイオ苗じゃきん」と、去年と同じ自慢をしながら、黒いビニール日陰の下から取り出してくれました。「千750円です」と言われ財布の中から2千円を出し、250円のつり銭を受け取りました。去年は確か1本五十円で2千500円を払ったような気がしていたため、1本35円は安いと思い、お礼を言いました。

黒いビニールマルチをかけたサツマイモ畑
黒いビニールマルチをかけたサツマイモ畑

 早速自宅に帰り立てていた畝に黒いビニールシートのマルチを被せ、二列等間隔にナイフで植える穴を開けて行きました。1列に18本2列を植え、残りの苗はもうひとつのマルチに2列植えましたが、まだ10本ほど苗が不足しています。ここには今月25日に人間牧場で行う芋ツル植えの残りの苗を植える予定です。毎年の事ながら人間牧場でも子どもたちがサツマイモを植えています。この2年イノシシの被害に遭い全滅しているのです。このサツマイモはその予備的に始めたもので、今年こそはこのサツマイモが必要でないよう祈っています。

 今年は掘り上げたサツマイモを冬越する方法も考えなくてはなりません。願わくば床の下に芋坪を掘って、昔ながらの保存方法を実践したいとも思っていますが、どこにその芋坪を掘るかは検討中で、サツマイモを掘り上げる秋までには実行に移せるようにしたいものです。

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人間牧場

〇家庭菜園の野菜垣づくり

 今年はこのところの低温気味な天候で、作付けした家庭菜園の野菜類の生育や発芽が少し遅れています。これまでは家庭菜園の世話は、もっぱら親父にまかせっきりだったため、生育や発芽等まったく気付かなかったのですが、親父の高齢による体力減退で仕方なく、私に代替わりせざるを得なくなったため、暇を見つけて家庭菜園に出てみると、今まで気づかなかった様々な出来事に気がつくのです。
 体力が減退したからといって、全ての手を引いた訳でもない親父は、庭の草を引いたり、道端の草を削ったり、時にはあれやこれやと指図をしてくれますが、かつての様な親子での言い争いをする馬力はなく、ただ私の作業を見守るといった感じの役割です。

息子の協力で立派にできたトマトの垣
息子の協力で立派にできたトマトの垣

 昨日は延び始めたキウリとトマト、ナスの垣を作る作業をしました。幸い昨日はゴールデンウィークの休みで、在宅だった長男息子に杭打ちを頼みました。今までは親父に頼まれて私が杭を打つ立場でした。これからは私が息子に頼んで杭を打つ世代交代なのです。
 親父は去年の夏作が終わった秋の頃、私が引き抜いた杭や竹類を倉庫の庇下に作った置き場に、綺麗に揃えて保管してくれていました。それらを引っ張り出し、予め鉄の穴あけ用杭を打ち込んで、木の杭が打ち易いように穴を開け、カキヤで打ち込んで行くのです。畑は作付けのために耕していたこともあって、杭は息子の力を込めた適当な圧力で順調に打ち込まれました。4本6列の合計24本の杭打ちは、体力に自信のある息子にとってそれ程の難儀ではなく、息も上がらず作業を終えました。

 その後私は少し長めの竹棒を腰高辺りの高さに、杭にビニール縄で縛りつけ、苗物に立てた支柱を縛り付けて行きました。もうこの歳になると日焼け等、気にすることもないのでしょうが、帽子好きな私は妻が新調してくれた、少し小型の夏バージョン麦藁帽子を被り、日焼けに備えました。このように日焼け防止のための帽子を被っていても、「お父さん顔が日焼けして、少し黒くなったようね」と妻に言われます。それもそのはず近頃は家庭菜園や人間牧場での農作業が忙しくて、外での作業が多くすっかり日焼けをしているのです。
 昨日の夕方までにキウリ、トマトの予定されていた垣を作る作業はひとまず終りました。ナスはまだ実を付ける時期ではないので暇を見つけてのんびりやればいいようです。

 今日辺り、畝を立てたままになっている所に、枝豆やツルありインゲンやスィートコーンの種を、買って来て蒔こうと思っていますが、畑では早播きしたツルなしインゲンが早くも芽を出したようです。ジャガイモもニンジンもゴボウも今のところ順調、後は植えても一向に芽の出ないサトイモだけが顔を覗かせていません。地植えにしたブルーベリーもこのところの好天で、少し水分が欲しいようなので、下草を削ってから、たっぷり水を与えました。
 1haの広い菜園に草を生やさず、作物を育てる世話は容易なことではありませんが、この20年親父がせっせとやってきてくれたことなので、私もむしろ作物を育てる喜びを感じながら農作業をしたいし、作った作物を食べて大いに健康を維持しようと思っています。

  「菜園の 世話親父から 受け継いで 見よう見真似で コツコツ始め」

  「夏野菜 伸び始めたる 様子見て 昨日は垣を つくる作業す」

  「麦藁の 帽子を被り 畑出る それでも日焼け 黒くなったと」

  「力ある 息子に頼み 杭を打つ まるでマシーン 馬力が違う」

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人間牧場

〇4月の五行歌

 昨日は低気圧や寒波の影響で、北海道では9センチもの積雪があったと、テレビのニュースが報じていました。そのため昨日は愛媛県でも3月下旬から4月上旬の気温だったそうで、寒さを感じる一日でした。昔から「八十八夜の別れ霜」とも「夏も近づく八十八夜」ともいわれていますが、やはり異常気象のようです。
 わが家の家庭菜園の折角植えた苗物も、こうした異常気象に翻弄され、今年は生育が悪く、折角植えたオクラの苗を枯らしたり、ナスも息絶え絶えといったところで、少し可哀想な気もします。また活動期に入った蜜蜂も寒さのせいで活動が鈍く、まだ空き家が二つもあって、斥候に来ていた蜜蜂もどこかへ行ってしまいました。

 昨日松山五行歌会の結果が見山あつこさんから送られてきました。封を切って三つ折を開くといきなり、今日閑人さんの次の歌が目に留まりました。相変わらずの秀作で出席歌一席です。
   会う
  度に
  「生きとったか」
  と
  笑う友

 僅か14文字を上手く使い分け見事な表現です。☆「来年は会えるかな?」お互いそんな年になってきたのですね。長い時間をかけて築き上げられた関係、友人同士の距離感が素直に出ています。毒舌の許せる二人の関係が羨ましくもあります。おじいちゃんが自分の息子に電話するときもこんな感じという、中学生の葵空ちゃんから、味のある歌ですねという熟年、年配者までの点を集めて一席に。この三月、生まれて初めて入院したという作者です。どうぞお身体大切に!
 いやはや講評も立派で感心しました。

 欠席歌一席は塚田三郎さんの次の歌でした。
  人の悪口を言わない
  そのこと一つ
  とっても
  君は
  たいしたものだよ

思い出に残る名残の桜
思い出に残る名残の桜

 ちなみに私の次の駄作も付け足しの5席でした。
  咲いたと思えば
   桜散る
  今年の春も束の間
  ああまたひとつ
  歳を重ねる
 講評には次のような文章が寄せられていました。☆去年からもう一年もたったのか、【またひとつ/歳を重ねる】と、作者が歳を重ねると感じる基準の一つが桜との出会いなのですね。【ああ】に実感がこもっています。今年は少し長めに楽しめた気がしますが、それでも短い桜の花の命、来年までまた一年、桜の花に再会できるよう皆さん元気でいましょうね。
 作者の私より広くて深い見識をお持ちの選者の講評文は何度読んでも素晴らしく、世界が広がり価値観が変わったような感じがして、とてもいい勉強になります。

  「今月は 付けたし五席 入選す 一席読めば 私まだまだ」

  「講評は 私の心 透視して 歌が立派に 思える不思議」

  「あと何度 桜の花が 見えるのか 指折り数え 最後あやふや」

  「五行歌で 違う感性 学びつつ 京も元気で 朝を迎える」

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人間牧場

〇わが家から夕日が見える季節になりました

 「えっ、はや5月!」と驚くほどのスピードで、今年も早3分の1の月日があっという間に過ぎてしまいました。「歳をとると月日の経つのが早いと感じる」と、周りの歳をとった人は誰もがいい、やはり歳をとったのか私もそう思うこの頃です。退職して8年間があっという間に過ぎ去り、いよいよ9年目に突入です。過ぎ越した退職後の8年は、総括するまでもなくそれなりに充実し、自分で納得のいくそれなりの進化を続けているので悔いはありませんが、今一度これからの生き方を微調整して、しっかりとした足取りに変えて行く必要にも迫られています。それというのもこの8年間は、人間牧場の建設やそれらを使った活動に明け暮れました。ある意味したいことをしてきたのですが、今は残念ながらしたいことが余り見つからなくなっているのです。それは年齢から来る諦めにも似た「思っても出来る訳がない」とか、「資金をどうする」といった気持ちが先に立って、躊躇してしまう消極的な生き方に他ならないのです。

わが家から見える夕日
わが家から見える夕日

 この8年間、目標どおり人間牧場を整備し、目標どおり自著本「夕日徒然草」を五冊出版し、150話の落伍もできるようになりました。またブログも1日2本をほぼ完璧に執筆しています。自著本の販売収益も自転車操業ながら確実にストックして、人間牧場の運営や再投資に当てていますが、次の目標が見えてこないのです。目標喪失は生きていく上で致命傷です。特に歳を重ねつつあるこれからは、手の届きうる目標を持たねば、生きる意味さえ失うような感じがするのです。 そんな焦燥感もあって、この最近夕日がわが家から見える時期になったこともあって、私の原点である夕日に救いを求めるべく、夕日を見る機会を持つようにしています。庭先から、裏山から、私設公民館煙会所の窓から、様々な夕日を見ています。この頃の夕日は日脚も長くなって、好天にも恵まれ綺麗な夕日を存分に楽しんでいますが、昨日自分の影が煙会所の外壁に映し出されたのを見て「ドキッ」としました。

私設公民館煙会所の板壁に映った私の影
私設公民館煙会所の板壁に映った私の影

 何年か前、永六輔さんからいただいたハガキに「夕日はどこかの朝日」と書かれたのを見て、「ドキッ」とした時と同じ衝撃です。夕日を夕日としてしか捉えられていなかった私を、目覚めさせてくれたこの一枚のハガキは、私に「地球は丸い」「夕日も朝日も同じ太陽」であることを悟らせてくれたのです。発想はちょっとしたきっかけで潜在能力を顕在化させます。NHKテレビ「明るい農村」の取材にやって来たディレクターの、「ここの夕日は綺麗」といった一言が、私の潜在能力を顕在化させ、私の価値観を根本から突き崩しました。
 煙会所の板壁に映った私の影を見てどうやら、これからの生き方に少し光が見えてきたような感じがしました。かく思うきっかけとなった永六輔さんも、あれ程マルチ人間と言われて大活躍をしながら、寄る年並みには勝てず、アルツハイマーを発症していると聞きます。老いは他人事ではなく自分のことなので、しっかりと生きて行きたいと思った出来事でした。

  「退職後 早九年目 迎えたが どこかモヤモヤ している自分」

  「煙会所 板壁照らす 夕日受け 自分の影に ハッと驚く」

  「そういえば 永六輔さん さえ歳を とって病気に なるのですから」

  「もう一度 ネジ巻き戻し 生きようと 自分の影が 教えてくれる」

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