shin-1さんの日記

○宵祭り

 10月22日と23日はわが町の秋祭りです。自治会長をしている私としては神輿運行の準備などでこの1ヶ月は忙しい日々を過ごしました。長い間の伝統とでも言うべきか、これらの仕事は全てアバウトながら、何の問題もなく何年もくり返されているのが不思議なくらいです。私は昨年そのアバウトさに翻弄されたので、任期2年の2年目はその徹を踏まないために昨年祭り終了時、気がついた自治会長の仕事をメモにして残していたので、今年は随分助かりました。でも集会を開いたり、警察の神輿運行許可をもらったり、また神輿の役員を決めたりととにかく忙しいのです。

 宵祭りの昨日は1時から神社の総代会が行われ、2時から秋祭りの祭礼が行われました。神社に拝殿 幣殿 本殿と三つに仕切られていますが、普通は一番手前の拝殿までしか揚がることが許されませんが、春と秋の祭礼には幣殿で総代さんが集まって、本殿を拝みつつ、宮司さんの所作を無言で眺めながら粛々と進む式典を眺めて、宮司さんの言う通り頭を下げたり、二礼二拍手一拝したりするのです。宮司さんの祝詞奏上などはまったく意味不明で、庶民の私たちには知るよしもなく、正座による足のしびれの方が気になって仕方がないのです。

 そのうち宮司さんは榊に御幣のついたものでお払いを始めます。私たちもうやうやしく頭を下げてその上を御幣が通り過ぎてゆくのを待つのです。最後はお神酒をいただいて一通りの神事を終え直会となるのです。

 その前に鈴神楽というのがあって、宮司さんの太鼓に合わせて、綺麗に着飾った稚児が鈴を持って本殿前の幣殿で優雅な舞を舞うのです。シンプルな舞ですがこんな田舎の神社にこんな文化が残っているなんて驚きですね。

 すでに前日私たち総代の手によって30数本の幟が境内や門前に立てられ、どことなく祭りの雰囲気が漂ってきました。拝殿には大人神輿一体とと子ども神輿二体がそれぞれで番を待っています。

 直会終わった4時頃、地元灘町の子どもたちがやって来て子ども神輿が町を練り歩きます。子ども神輿は自治会の副区長と会計の3人が担当しますが、私も責任上夕方までの1時間一緒に町内を練り歩きました。灘町という私たちの地区にも少子化の波が押し寄せ、小中学校合わせて僅か20人なので、今年から小学生は3年生から繰り下ろして1年生からにしたため、小さな小学生は私に言われたとおり、大きな声でワッショイワッショイ掛け声をかけて練り歩きました。近所の人からは「今年の神輿は元気だ」と褒めていただきましたが、さて明日までこの元気が持つかどうか気がかりです。

  「兄ちゃんに なったら神輿 担げると ささやかな夢 今年は成就」

  「鈴神楽 少女あでやか 舞を舞う 神主太鼓 思わず間違い」

  「神主の 祝詞何だか 分らぬわ だからいいのか 神の言葉は」

  「神輿など どうでもいいよ ご祝儀が 本当は気になる 中学生は」

 

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shin-1さんの日記

○名古屋の金の時計と銀の時計

 私のように全国の都道府県は全て制覇した全国を飛び回っている人間でも、まだ行っていない市町村はいっぱいありますから、狭いといわれる日本も考え方によっては随分広いものです。人間には好みや仕事柄行く場所がかなり固定化されているのでそのような偏りが見られるのかも知れませんが、縁のない地域はほとんど縁がなく、多分縁なしで人生を終わってしまう可能性すらあるようです。

 数日前名古屋へ行く機会がありました。三大都市といわれながら東京や大阪から比べるとどういう訳か札幌、仙台、広島、博多などよりもはるかに縁の少ないのが名古屋です。それでもこれまで10回以上はお邪魔しているもののこの3年では3回、つまり1年に1回程度なのです。私のように目的地と自宅を移動するだけの人間にとっては、町並みや特長ある出来事に触れることも少ないので、殆ど土地勘をつかめないままの地域も多いようです。

 名古屋の駅まで大阪から新幹線のぞみだと約1時間あまりですが、私は大河ドラマ功名が辻に出てくる関が原の辺りを体感したく、少し余裕の時間があったのであえて時間のかかる快速電車に乗りました。快速電車もかなりのスピードで走りますが、並行して走る新幹線はそれよりもさらに速い速度であっという間に追い越して行きます。

 早朝京都駅より手前の駅付近で水平線から出た綺麗な朝日を車窓から拝むことができました。一点の曇もない澄み切った空に昇る朝日は神々しく思わず両手を合わせて祈りましたが、その姿を見て隣の席に座っていた見ず知らずのおばさんが「信心深いのですね」とポツリ。「いえいえ、ただ美しく心が洗われるようで」と返しました。

 関が原は列車が止まったものの降りることもなく駅にかかった看板でのみしか天下分け目といわれた古戦場を体感することは出来ませんでしたが、それでも何か分らぬ歴史の重みのようなものは感じ、ドラマを見るのが楽しみになってきました。

 名古屋の駅には在来線の改札と新幹線の改札があるのですが、待ち合わせ場所は金の時計か銀の時計です。今回は主催者側から銀の時計という待ち合わせ場所の指示があったので、改札を出た前なので直ぐに迎えに来られた担当者と面談することが出来、迎えの車に乗り込みました。

 これが銀の時計ですが、ちなみに反対方向の入り口には金の時計というのがあって、どちらも甲乙つけがたいお洒落な時計なのです。名古屋地方の人はこの二つの時計を待ち合わせ場所にする人が多いのか、どちらの時計も回りに多くの人がたむろし、お目当ての人を見つけた人はそそくさとその場を離れていました。それにしても誰が考えたか分かりませんが名古屋の駅は中々お洒落ですね。

 名古屋の駅前は方向音痴なのでどちらが正面玄関か分りませんが、東京や大阪に比べるとビルの高さが少し低いものの、交通の要所だけあって賑やかで、特に今年は中日が野球でセリーグ優勝で日本シリーズを日本ハムと戦う快進撃もあって何処となく活気が感じられました。

 この日の集会は「2006農村整備推進セミナーin東海」という水土里ネット愛知が主催するもので、愛知、岐阜、三重の3県から200人もの人が集まってすごい迫力でした。特に漫才家の大介花子さんが漫才をやったとき使ったという集音マイクはいい音響で、とても話しやすく、多分私の声も聴衆には素敵な声として響いたことでしょう。

  「待ち合わせ 銀の時計の 前と聞く 何かドキドキ 胸がときめく」

  「関が原 駅前看板 のみしのぶ 功名が辻 テレビ拝見」

  「中日が 優勝セール した名残 そこここ残る 街中歩く」

  「朝日など まばゆいばかりで 得もなし そういいたげに 誰も見向きも」 

 

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