人間牧場

〇春の夕日に照る山若葉

 「♭秋の夕日に照る山紅葉」という歌がありますが、昨日の夕方畑仕事を終えて、家の直ぐ横に聳える双海町のシンボル本尊山を見ると、夕日が染めて、「春の夕日に照る山若葉」といった感じの風情でした。わが家の借景であるこの山も季節が進み、いつの間にか芽にも鮮やかな若葉に衣替えしているようで、いつも見ているのに見飽きぬ風景で、「思わず「綺麗だなあ」と自分の心の中で叫んでいました。

夕日に映える若葉の本尊山
夕日に映える若葉の本尊山
シーサイド公園から見える夕映えの本尊山
シーサイド公園から見える夕映えの本尊山

 木に覆われた山は近づくと木、少し離れると林、もっと離れると森になります。木が一本で木、木が二本だと林、木が三本以上だと森になります。本尊山は魚付き保安林のため、常に緑の衣を着ています。魚付き保安林という制度は明治の人が考えた海を守る知恵でしょうが、本尊山の山頂付近にはほんの近い昔、魚見櫓というのがありました。目利きの効く猟師さんが魚見櫓に登り、双眼鏡で魚群の行方を追っていたのです。

名残の桜
名残の桜

 イワシやサバ等表層を泳ぐ魚群は、保安林の作る海蔭を渡り泳ぐ習性があって、魚見さんは魚群を発見すると大きなウチワのようなザイと呼ばれる旗を大声を出して降り、それを見聞きした漁船が魚群目がけて櫓を漕ぎ魚を一網打尽にするのです。魚群探知機の普及で魚見櫓もなくなってしまいましたが、古きよき時代を忍ばせる逸話です。本尊山は中世の城郭跡でもあり、今も頂上付近には無数の石類群が残っていますが、これもまたつわ者どもの夢の跡です。

童謡の小路の石に彫られた歌詞
童謡の小路の石に彫られた歌詞

 シーサイド公園駐車場には少し遅咲きの大島系桜の木が何本かありますが、人々の目は既に散った吉野桜に目を奪われ、見向きもされず散ろうとしているのは少し可哀想な気がして、一人夕日に照らされた桜を鑑賞しました。私が在職中「童謡の小路」として発想し、石に掘り込んだ夕日にまつわる歌の歌碑も、夕日が優しく浮かび上がらせていて、持って行ったハーモニカで童謡の幾つかを、下手糞で恥ずかしながら少し吹いてみました。

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