〇年輪塾秋の勉強会(その2)
一行は大洲盆地の中心に聳える冨士山に裏手の登山口から登りました。冨士山といえばツツジの名所ですが、今は晩秋の頃で早朝ゆえ訪れる人も殆どなく、山頂付近の展望台は、私たちの団体だけでした。この時期のよく晴れた冷え込んだ朝は、雲海が大洲の街をすっぽり覆うのですが、この日は残念ながら温か過ぎて雲海を見ることは出来ませんでした。それでも大洲盆地特有の朝霧が、私たちを歓待するように出始め、少しだけ幽玄の世界を体感することができました。辻会長さんや亀本さん、それに気象予報士の資格を持つ清水塾頭の話を聞きながら、「あれがお城」「あれが高山地区」「あの辺りが金山出石寺」などと指差す方向を見ました。
その後車を置いていた直売所愛たい菜で合流して、肱川沿いの道を下り長浜大橋を目指しました。車の中で運転してくれている浜田さんと、色々なお話をしながら走り、商店街のはずれから長浜大橋を車で渡り、大橋のたもと沖浦側の道沿いに車を止めて、大橋の見学をしました。長浜大橋は肱川河口にある道路橋で、近代の道路橋としては唯一の可動橋で、地元では「赤橋」の愛称で親しまれています。可動形式はパスキュール式(跳開式)、橋の長さは232.3m、幅員5.5m、5つのトラス桁と可動部1スパン、対重径間桁1スパン、計7スパンの鋼鉄製です。戦時中はグラマン機の機銃掃射を受け、トラス部分にはその傷跡が残っています。
私はこれまで何度もこの橋を見ていますが、何度見ても見飽きない風景で、特に北側に新しく出来たコンクリート製の新長浜大橋の上から見る、夏の夜の花火に照らされた赤橋は圧巻です。昨日の朝は冷え込みが弱く残念ながら湯気が立ち込めるように見える、肱川嵐は見ることはできませんでしたが、いつか機会を捉えて肱川嵐公園の展望台からその勇姿を見てみたいと思っています。赤橋のたもとにあるあえごの港は、かつて坂本龍馬が脱藩の道を辿った末、ここから小舟に乗って長州まで旅立った港でもあります。最近河口付近の整備が進み、残念ながらその面影は殆ど消えましたが、その名残を後世まで語り継いで欲しいものです。一行はツワブキの黄色い花の咲き誇る海岸国道を走り、下灘コミセン駐車場で再び分乗して、年輪塾秋の勉強会の会場となっている人間牧場へ向かいました。
「冨士山 登り朝霧 立ち込める 大洲盆地を 見下ろし見学」
「雲海は 残念ながら 見えねども 朝霧運よく 味方してくれ」
「赤橋の たもとで説明 聞きながら 歴史感じつ 龍馬を思う」
「ツワブキの 黄色い花が そこここに 沖合い瀬戸の 島々浮かぶ」