〇94歳の軽業師
昨日の朝五時頃、何を思ったのか親父が私の書斎の窓を外から叩くのです。窓を開けて聞き取りにくい親父の話を聞くと、「今日は天気がいいようなので庭木の剪定作業をするから、裏に収納している長い方の脚立を出して欲しい」と言うのです。書斎から見える中庭には親父がこの家を建てた時、山取りして植えた立派なクロガネモチの木が、枝葉をいっぱい茂らせていて、この木の剪定作業するらしいのですが、さすがに杖がないと歩くのもおぼつかない親父が、登って剪定するには多少無理があるようなので、「暇ができたらわしがするから」となだめましたが、いつもの通り私の言うことを聞かず、「脚立を出してくれ」の一点張りでした。仕方なく外に出て3メートル以上もある長い脚立を出してやりました。
やがて親父は脚立を自分の思い通りに立て、脚立を使って器用に、クロガネモチの木の樹上付近まで上り、バリカンのような剪定バサミで剪定作業を始めました。下から見ていた私や家族は親父の確かな足取りと、手さばきに感心しきりでしたが、「危ないから気をつけて」とか、「落ちないように」という声かけしかできず、みんな朝の細々が忙しいのでそのうち周りからいなくなりました。
私も食事の後、梅の実の収穫のため家を離れ、家族全員がそれぞれに出かけて昼間は結局親父だけになりました。夕方家に帰ってみると、あれ程枝葉を茂らせていたクロガネモチの木が、まるで散髪をしたようにきれいに剪定作業を終え、剪定クズもすっかり片付けられていました。
今朝も昨日と同じように朝5時、私の書斎の窓を親父は叩きました。聞けば小さい方の脚立を広げて天草の晒し場として使っているので、その脚立をこちらへ運んで欲しいと言うのです。夜も白々明けたところでしたが、私は外に出て晒している天草をどかせて脚立をたたみ、親父の求めに応じて中庭へ運んでやりました。「庭木の剪定はもう今年が最後だ」と口癖のように言っている94歳の親父の言葉は、重く私にのしかかっていますが、この時期になると親父は自分の体の不自由も省みず、自然と手足が動くのか、今年も一生懸命剪定作業に精を出してくれています。介護をされてもおかしくない年齢ながら、家のために仕事までやってくれるとは、いやはや有難いことです。願わくば怪我などしないようにして欲しいと、今朝も「怪我をしないように」と声を掛けました。
「モチノキのに 登って剪定 作業する ハラハラドキドキ 本人平気」
「危ないぞ 言う私たち 手伝いも せずにそれぞれ 仕事に出かけ」
「夕方に 帰ってみれば 剪定も 掃除も終わり 一件落着」
「歳なんぼ? 聞いて驚く 軽業師 今年もやはり 親父の仕事」