shin-1さんの日記

○むらづくりコンクール

 「宮崎県むらづくりコンクール表彰式・むらづくり講演会」に招かれ、今をときめく宮崎県へ行ってきました。ノミネートされた7つの事例のうちで、むらづくり大賞に選ばれた銀鏡むらづくり推進会の事例発表を聞きました。壇上に上がって発表した5人全員が浜砂さんという何とも面白い顔合わせでした。西都市の北、東米良地区に位置する銀鏡(しろみ)はゆずの生産が盛んなところで、ユズを中心にした東米良ユズ生産組合や農産物加工施設を利用した活動によって雇用拡大や所得の向上が図られ、これが地域づくりの拠点施設となって重要な基盤整備となったそうです。地域存続に欠かせないものに学校の存在があり、最近は少子化の影響でどこも学校の統廃合に揺れていますが、ここではいち早く山村留学制度に取組み、これまで169人の子どもたちを迎えているそうです。里親制度による受け入れも効果を挙げてるようでした。また銀鏡神楽の保存活動やグリーンツーリズムによる都市住民との交流によって交流人口が拡大している様子がパワーポイントを使って詳しく発表されました。

 発表した5人の浜砂さんと昼食を挟んで懇談しましたが、素朴でそれでいてしたたかに生きている様子が伺え、一度訪れたいような気持ちになりました。ちなみに昼食は会場の近くのお寿司屋さんで850円のお寿司を食べましたが、とても美味しくいただきました。

 世の中が狭くなったのか私の行動範囲が広くなったのか、はたまた私の知名度が上がったのか?(それはないかも)、会場には知人が何人か来ていて、思い出すのに苦労しましたが一瞬驚きました。

 私の講演題は「地域資源を生かしたオンリーワンのまちづくり」でした。この集会には宮崎大学教育文化学部教授戸島教授を始め宮崎県むらづくりコンクール審査委員の方々も6人参加していて、そちらへのアピールしなければならないので、少し内容を変えてお話しました。しかし残念なことに私の持ち時間が1時間10分と少なく、担当者の要望でDVDまで紹介するとなると余りにも時間が少なく、尻切れトンボのようになってしまいました。いつも思うことながら、僅か70分のために陸路往復500キロの走行と24時間もの大移動とはこれまた大変な労力です。でも宮崎で新しい出会いの輪が広がって、新しい何かが起こりそうな予感がしています。

 今回の研修会に招かれたきっかけは、何年か前宮崎県椎葉村で行われたグリーンツーリズムの勉強会に講演を頼まれて出かけたことがきっかけでした。あの時出合った古谷さん夫婦とはその後沖縄県石垣島で行われた全国地域づくり団体交流大会で再会したりしましたが、宮崎でペンションポケットを営んでいて先日も奥さんは全国民宿のお母さん百選に選ばれるなど、新しい情報を発信しています。

 今回のむらづくりコンクールの審査講評で戸島先生は「私は限界集落という言葉は余り好きでない」とお話されました。確かにいい言葉ではないし、65歳以上を高齢者と呼び、高齢化率50パーセント以上というけれど、何を持って高齢化というのか、何を持って限界集落というのか意味不明のまま限界集落という言葉が独り歩きしています。でも学者や部外者は「こう有るべきだと」と「あるべきだ論」を声高にいっても、何も助けてくれないのです。限界集落も持った地域に住んでいる私たちは、結局世の中の流れに翻弄されながらも「人間としていかに生きるか」という開き直った考えで力強く生きるしかないのです。

 美味い水を飲んで、美味い空気を吸って、美味いもの(安心で安全な地のもの)を食べて長生きをする。何でもないことですが、これが田舎に生きる人間の特権だと思えばいいのです。そんなメッセージを伝えに宮崎まで出かけました。私の考えや生き方は間違いでしょうか。

  「往復で 五百キロもの 道程を 宮崎くんだり よくぞ行ったり」

  「発表で 銀鏡(みしろ)の話 聞きました よくぞここまで 大きな拍手」

  「逆境を 力に生きる 人がいる ジーンと胸が 熱くなります」

  「高速で 行けない宮崎 だからいい 特定財源 賛成ですか」


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