shin-1さんの日記

○サツマという郷土料理を食べる

 双海町は古い時代は伊予と呼ばれていました。ゆえに伊予市という合併後の名前はとても素敵な名前だと思っています。その伊予に何故かサツマという郷土料理があります。多分薩摩の殿様が参勤交代で瀬戸内海を航海途中伝えた置き土産ではないかと推測するのですが、来歴は別としてこれが以外と上手いのです。今流に言うレシピなんてそれぞれの分量は知りませんが、作り方はは子どもの頃から手伝わされていましたのでよく知っています。

 まず白身の魚をひちりんで焼き骨や内臓を取り除き、すり鉢に入れてスリコギでよくすります。昔はこれが子どもの仕事でした。白身の魚といっても瀬戸内海には無数にあるのですが、時には小骨の多いコノシロなどは小骨ごとすり込みますから骨の味が出て美味しいとされてきました。身がほぐれすられたら田舎の麦味噌を適当に入れてまたするのです。これが難儀なため時々休むと母がもっと力強くと要求します。今度はそれをへらですり鉢に満遍なく塗りつけ、裏返しにしてひちりんで少し焼くのです。逆さまにしても落ちない母の技術に子供心ながら驚き「ホー」と感嘆の声を上げました。味噌と魚の甘い香りが漂ってヨダレが出そうになりますが、見計らってもう一度すりこみ、そこへだし汁を少しずつ足して薄めてゆきます。終わったらトッピングというべき具財(みかんの皮、朝つき、コンニャク、ゴマなどを細かく刻んで入れます。あとは熱々の麦ご飯にかけて食べるのですが、中々の味で食欲をそそります。

 貧乏な少年時代はサツマ汁にたくあんだけという質素な夕食でしたが、それでも家族が同じ食卓を囲み美味しい美味しいと言って食べたものです。田舎には田舎ならではの美味しい、それでいて健康に良い食べ物が沢山ありました。その殆どが伝承されることもなく消えてゆくことは寂しい気もします。外国人が日本に来て日本食が食べたいというと料理屋さんに連れて行く、よその町の人が双海町に来てサツマ汁が食べたいといえば料理屋さんに連れて行く、何ともはや寂しい食文化です。お袋の味は袋の味に変わってしまいました。ご馳走は魚や肉、砂糖だと思っていたのはもう昔となってしまいました。子どもの健康が蝕まれてゆくのもこんな所のほころびからかも知れません。

  「サツマ汁薩摩の殿様伝えたのそう母に聞いた昔懐かし」

  「みかん食べ柿を食べてもその皮を勿体無いと干してまた食べ」

  「骨のある魚食べない今の子は魚に骨がないもの思う」

  「骨食うて骨が強いは当たり前ポパイは野菜であんなにパワーが」

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