shin-1さんの日記

○今日は特別な日

 朝起きて書斎に入り、身の回りを見渡しました。いつもの朝と変わらず、部屋の雰囲気も別に変った様子はないのですが、昨日から自分の心がどこかすっきりしたような気持なのです。というのも今日は午後から私が長年代表運営委員を務めてきたえひめ地域づくり研究会議の今年最後の運営委員会なのです。4年前長年やってきたこともあって後進に道を譲るべく辞意を表明しましたが、結成20周年が終わるまでと再任され、20周年が終われば全国大会が終わってからと4年間も辞任は延び延びになっていたのです。

 20周年も全国大会も深くかかわって事業をなし終え、それなりの成果を収めたので引き際が肝心と今期で幕引きをすることにしたのです。年齢や体力的にはまだ自信はあっても、組織を改革するには「去ることが一番」と心に決めて、しっかりと手順を踏んで理解を求めました。お陰さまで来期の役員人選も水面下で行われ、やっと重い肩の荷を下ろせる所まで来ました。

 思えばえひめ地域づくり研究会議と私の付き合いは長くて深く、結成以来22年もの長い間、その中心に置かせていただき、目の回るよな忙しさの中で多くの人たちとともに愛媛県をフィールドに活動してきました。その間県外との交流も深くこれまた多くの知人友人とネットワークを持てたことを幸せに思うのです。

 昨日は私と同じようにえひめ地域政策研究センターへの出向を解かれ、元のJAに帰られる清水研究員がわが家に見えられ、久しぶりにこの5年間を総括しながらこれからの活動について水入らずでしんみり話しこみました。私と立場が違うものの清水さんにとってもこの5年間は今までにない世界だったに違いありません。私たち日本人はゼロに戻る訓練ができていないので、ゼロの重みはこれから先も清水さんの人生について回ることでしょうが、私も4年前退職という本当の意味でのゼロに戻ることを体験しただけに、新しい職場での活躍を期待したいと思います。

 そして昨夜妻にえひめ地域づくり研究会議の代表運営委員を辞する旨を伝えました。妻は少しオーバーワークな私の仕事を日頃から気遣っていたので大層喜んでくれました。清水さんが持参してくれた谷本研究員からのことずけの全国大会報告書を見せながら、いい思い出を沢山話してやりました。妻にとってえひめ地域づくり研究会議がどんなものなのかは分かるはずもないのですが、それでも塩崎さんや近藤さんなど多くの仲間のことは随分知っていて、これからの仲間だけは大切にしてほしいと言いました。


 さてえひめ地域づくり研究会議の第一線から退く私の当面は、年度末までに少し身辺の整理をして、4月1日から始まる新しい年度に向けて目標を定めパワーアップしなければなりません。本業を退職して4年が経ちました。来年度から21年刻みの自分の人生のいよいよ最終クルーを迎えます。①自分と向かい合って生きる、②家族と向かい合って生きる、③地域と向かい合って生きるの3つをとりあえずのテーマに掲げているので、大学での教鞭や講演活動を行いながら、人間牧場を中心に①楽しいこと、②美しいこと、③新しいことの3つをキーワードに素晴らしい人生を生きたいと思っています。

 そのためにはまず健康でしょう。少し衰えつつある体もんじを巻き戻して元気を回復しなければなりません。またこれまで無造作に書き綴った膨大な資料を記録として整理することもしなければなりません。おっと、こう書くと今までと何ら変わりない忙しい人生になりそうです。

 今日は私にとって晴れ晴れとした特別な日です。


  「昨日今日 何も変わらぬ はずなのに ゼロに戻して 再び歩む」

  「少しだけ 肩の荷降ろし すっきりと 明日になったら またもや同じ」

  「いよいよか 最終コーナー 鞭を打つ 駄馬ゆえ早く 走るあてなし」

  「老兵は 去るが一番 後頼む 俺にゃあも少し やるべきことが」 

 

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shin-1さんの日記

○すっかり板についたマイバック

 私は業務用と買い物用の主に二つのバッグを持って行動しています。業務用とかバッグといえるかどうかは分かりませんが、あえて業務用といっているアタッシュケースは木でできたカバンで、もう20数年も愛用しているのです。最初はなんてダサイ田舎風のケースだろうと、持って歩くのも気がひけたものです。しかし私が知る限りではこれまで出会った人で、こんな特徴あるカバンを持って歩いている人には出会わなかったことをいいことに、今では木のカバンを「木になるカバン」などと勝手に命名し、全国各地を訪ねる講演会には必ず提げ歩いているのです。今ではすっかりそのことが有名になって、カバンの話や名刺の話だけでも有に一時間くらいは話題提供できるのですから面白いものです。このかばんの最大の欠点は重いことです。最も中に入れているものが自著本やハーモニカ二本など、書類関係の重いものが中心なので仕方がないのですが、まあ体力作りだと思ッて我慢しているのです。お陰さまでまるでポパイのように腕力がついたような錯覚を覚えているのです。

 このかばんの最大の特徴は何といっても私以外に持っていないというオンリーワンだし、木でできているため膝の上に置いて座ると、まるで動く机のような錯覚で、このかばんの上はたちまち机に早変わりして原稿を書いたり、時には駅のベンチなどで刃街を書いたりして重宝しているのです。このカバンも長年の乱雑な扱いや疲労がたたり、私の年齢と同じように少々くたびれてきましたが、もう長くない私の講演現役生活の間くらいは持たせようと、愛おしく使っているのです。

 さてもう一つのバッグは、今流行りのマイバッグと称するものです。テント布地でできているこの頑丈なバッグは長男がくれました。コープえひめの有識理事に就任した3年前から愛用しています。生協運動にかかわり始めた私は、多少なりともこの運動を理解し行動に結びつけようとレジ袋の減量に取り組みました。ある友人からは、「あんたがレジ袋を断っても年間ではたかが知れていて環境問題には役に立つものか」と揶揄されたりもしましたし、まして「買い物に行くのに男がマイバックを持って行くのは恥ずかしくないの」なんてことも言われました。確かに最初は少し気恥ずかしい気もしましたが、今ではマイ箸運動と合わせて実施している私を見て、同じように行動してくれるようになった人が4~5人くらいはいるのです。これぞ感化だと4~5人の人の行動に影響を与えたことを喜んでいるのです。

若松進一ブログ(私のマイバック)

 何かをするときの効果は3つの次元で測れると思います。まず一つは直接効果です。私が買い物に行くのは高々しれていますが、それでも月に2から3回はレジを通るのですから一年間で3枚×12か月×3年=108枚の節約となって資源・ゴミの減量・温暖化防止につながったという自負なのです。たった一人が3年間で100枚程度といえばそれまで、「でも」「若しも」は言いたくありませんがこれが市民全体に広がったら凄い数だと想像するだけでも優越感に浸るのです。

 二つ目は間接効果です。レジ袋を断ることで自分と物の関係を見つめ直すことができ、レジ袋に限らずもっと広い意味で環境や地球に役立つ意識やライフスタイルを考えることができるのです。3つ目の効果は気持ちがいい効果です。レジ袋を断ってマイバックに入れて店を出る清々しさはいいようのない清々しさです。最初は男のくせにみみっちいような人目が気にもなりましたが、今は私が先進的と思えるようになりました。私は少なくとも友人4人の意識を変えました。これこそ生協運動の減点なのです。これからもマイバックのような精神で生きて行きたいものです。

  「マイバッグ 最初はどこか 恥ずかしく 今では堂々 むしろ優越」

  「ちょっとした 一人の勇気 この地球 救う一手と 私だけでも」

  「愛媛産 愛があるぞと 書いている 貰った袋 提げて買い物」

  「息子から 貰ったバッグ だから意味 無駄をなくする 勇気きっかけ」

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