shin-1さんの日記

○新聞全紙一面の意味

 新聞には一面トップとか三面記事とかいう言葉で表現されるように記事の出る場所によって様々な呼び名がついています。昨日熊本日日新聞から送られてきた新聞11面人間げんき紀行16愛媛偏という欄に、何と驚くなかれ全紙で私のことが紹介されました。人間牧場で先日行われた逆手塾が縁で熊本日日新聞の編集委員平野有益さんと知り合い、今回の掲載となったのです。平野さんの名前は変わっていて平野さんとの出会いはまさに「有益」でした。

 何年か前日経アソシエという雑誌に「日本の課長」という連載ものがありましたが、その時は直木賞作家の重松清さんがルポ取材に来るというので随分気を揉みましたが、あの時も今度も同じように丹念で微に入り細に入りの取材でしたから、どんな切り口で記事が書かれるのか楽しみでした。

 私が九州日田へ出張中の7月14日に掲載紙が出たものですから、家へは熊本から何人かの人から電話やメールが届き、今更ながら新聞の情報の凄さに驚くのです。

 六段抜きの紙面を開けると平野さんが一番印象に残ったのでしょうが、五右衛門風呂(通称ロケ風呂)に模擬的に入った私の写真が度アップで目に飛び込んできました。嬉しそうに笑う私の顔は、テレビバラエティ番組ですっかりお馴染みとなった丸山弁護士に似た風格をしていますし、見方によっては落語家林家喜久蔵師匠のようにも見えます。自分で言うのも何ですが味のある顔なのです。

 ここまで書いたところで友人から電話がかかってきました。「あなたの話を落語ならぬ楽語か落伍にしたら面白い」というのです。一瞬「馬鹿たれが」と思いましたが、よくよく考えてみると私の話は駄洒落が多く下ネタが多く、まるで田舎のひそひそ話を大声で喋っているようなものなのです。人の話にはためになる話もありますが、楽しい話でないと人は聞きません。「ためになって面白い話」を究極とするなら、これぞ的を得た提案だと思い、早速これから修行を積みたいと思いました。この伏線は先月の人間牧場で行われた逆手塾で実証済みですから何とかなるかも知れません。

 平野さんの書いた私の半生は実にユーモア溢れるタッチで書かれていました。失敗や反対を押し切って夕日を日本一に仕組んだ話が実に生き生きと表現されています。今日は国立大洲青少年交流の家で開かれる青年指導者研修会にこの新聞の記事をコピーしてみんなに配り話を2時間する予定です。

 「俺の人生こんなに楽しいよ」と見せびらかすこともあっていいのではないかと思っています。だって二度ない人生だからもっと楽しく生きたいものです。平野さんありがとうございました。

  「反対も 失敗さえも 過ぎ去れば 楽し思い出 今となっては」

  「俺の顔 破顔一笑 味がある 親に感謝の 天国手紙」

  「赤面の 性格直った 何時の間に お喋り上手 今は噺家」

  「熊本の 新聞何故か 俺が載る 公共媒体 使って宣伝」 

 

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shin-1さんの日記

○宇和島からの来訪者

 地元新聞の影響は絶大で、4日前の7月15日に掲載された「人間牧場」の記事を見て沢山の方々からお電話やら見学の申し込みが相次いでいます。家の横に設置した「煙会所」と違って自宅から12キロも離れているうえ、私の日程も積んでいるため期待に応えられないのが現状です。相手「勝手に行きますので地図を送ってください」、私「地図などありません」、相手「道順を説明してください」、私「ややこしくて迷う上道が狭いので説明できません」、相手「あなたの何時が空いていますか」、私「当分無理でしょう」なんて会話はここ数日、もう何十回となく繰り返しました。電話の向こうで相手のいらだちが手に取るように見えるのです。相手の中にはこの施設が私個人のものであることを存じてない方もいて、少し険悪な雰囲気になることだってあるのです。多分「人間牧場」は役所が設置しているタダの施設だと思っているのでしょうか、「今度家族で泊まりに行って焼肉でも・・・」なんて自分中心の人も結構いるのです。その都度「この施設は私個人のものでして・・・・」と言い訳するのですが、このやり取りは当分続くものと思われます。

 そんな中、旧友たちが私の日程の間隙を縫ってやって来ました。宇和島市に住む平和の鐘のメンバーです。宇和島市には国連に寄贈した平和の鐘と同じ鐘がお寺さんに設置されています。中川元市長さんの提唱した平和の鐘運動は、平和が脅かされる度に大きな反響を呼んできましたが、その鐘を守り続ける熱心な人たちがいて、今も毎年9月21日に平和の集いが行われています。

 昨日やって来たのは川口さんはじめ3人の女性でした。9月21日の打ち合わせと言うものですから、あいテレビの取材を早々に切り上げてもらい2時からの出会いとなりました。「いいですか。宇和島から来ると下灘の信号があります。次の信号を左折するとコミュニティセンターがありますので、その駐車場で待ち合わせしましょう」。いつものパターンで電話を切りました。2時きっかりにコミセン前の駐車場で待っていると、「今シーサイド公園です」というのです。スピードを上げ過ぎたのでしょうか、電話を聞き間違えたのでしょうか、それとも私の説明が悪かったのでしょうか、空白の10分が過ぎやっとの思いで出会いました。「都会の人ならいざ知らず、宇和島の人が間違うなんて」と冗談を言いつつ私の軽自動車に乗り換えて人間牧場へ到着しました。

 昨日は蒸し暑く施設の案内も汗だくでしたが、標高130メートルを吹く風は心地よく肌に感じました。宇和島の人とたちとは知人友人も多く話が弾みます。宇和島の経済地盤沈下の話や海の駅構想などにも話が及び熱を帯びました。先日開いた宇和島でのシンポジウムの様子や市議会議員さんとの出会いなどで得た情報を基に濃密な話をして3人の女性は私とともに山を下り再会を約束して別れました。

 「宇和島をどうする」。愛媛県も南予地域の活性化に向けてプロジェクト事業がスタートしたようです。南予の人は多分大きな経済投資を期待しているのでしょうが、かつて南レクに湯水の如くつぎ込んで失敗した苦い経験を忘れてはならないと思います。先日南レクに行く機会がありましたが、錆びついた諸施設を見る度に南予の活性化は南予の人たちのソフト的な努力以外に妙案はないと思うのです。

 南予のおおらかな気質は私も大好きです。でもおおらか過ぎて、世の中の変化に無頓着な他人任せの気質だけは改めないと、何時までたっても地域は活性化しないのです。

  「愚痴ぼやき いつも聞こえる 繰り返し まちを良くする クスリなどなし」

  「平和です だから平和を 考える 二度と過ち 犯さぬために」

  「ぬるま湯に ひたった蛙 死んでゆく 南の人も 同じ憂き目に」

  「この地域 一周遅れ トップなる 気概で住む地 起そうじゃないか」


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