人間牧場

投稿者: | 2012年12月26日

〇若いっていいねえ

 私は若い駆け出しのころ、地元の双海町中央公民館に13年間も勤務しました。私は青年団と漁師という過激な活動と労働で体調を崩し、25歳で地方公務員になった変わり者です。故に出世等端から思わず、どうせなら社会教育を一生の仕事にしたいと真剣に思い、更にどうせなら日本一の公民館主事になりたいと、情熱を傾けて仕事をしました。
 当時は私のような公民館馬鹿、社会教育馬鹿が県内外には沢山いて、お互いが切磋琢磨したり同志の会を立ち上げて、夢や希望を語り合ったものでした。長浜の菊地さん、内子の亀田さんたちと私は「煙仲間」という主事集団をつくり、大いに気を吐きましたが、相次いで県内には宇和島に麦集団、越智今治に海武士集団ができ、静岡や埼玉と交流する等暴れまくっていました。

 そんな活動が認められて私は、愛媛県公民館連絡協議会の主事部会長になり、今は亡き長浜の菊地さんとともにタッグをみ、6年間も県公連の運営に関わり、今も続いて発行いる機関紙伊予路の改革等に取り組んできたのです。しかしあれ程固く誓った刎頚の契りも時が経つと色あせ、多くの仲間は異動や退職という人生の転換期を上手く乗り切れず、埋もれ木のような余生を送っている姿は、何とも哀れな感じさえするのです。
 人はどうであれ、私にとって煙仲間や刎頚の契りは、しっかりと心の中に息づいていて、地域社会や公民館への恩返しとして今も、多分死ぬまで社会教育活動をやろうと心に決めて生きているのです。
 2年前私たちがかつて燃えたような、気心を持った公民館主事さんたちに出会いました。そもそもの発端は3・11東日本大震災時に起こった福島第一原発事故で、放射能汚染されて苦しむ福島の子どもたちを、何とか安全な愛媛へ連れて来て遊ばせたいという軽い乗りだったようですが、その夢は次第に現実味を帯びてきたのです。

子どもたちの交流風景

子どもたちの交流風景

 何人かの公民館主事さんたちが、「福島キッズ絆プロジェクト」を立ち上げ、昨年福島から子どもたちを招き大きな感動を与えました。今年も続けようという話になりましたが、熱しやすく覚めやすい社会風潮は彼らの行く手を大きく阻みました。それでも「やりたい」「続けたい」という思いが上回り、今年も3日前から双海町も30人の子どもを受け入れ、ボランティアや心ある人たちの支援を受けて、プログラムが進行しているのです。
 昨日は児童数20人の小さな翠小学校、で福島キッズとの交流会が持たれました。あいにく寒い一日でしたが、体育館での交流会やオープンホールでの給食食事交流などに楽しいひと時を過ごしていました。何よりも嬉しかったのは、伊予市の教育長さんが参加して激励のあいさつをしてくれたこと、冬休み間近な終業式の日なのに、快く交流を受け入れてくれた校長先生など、プロジェクト推進メンバーたちの心に大きな勇気を与えてくれたのです。

 公民館には①始める活動、②続ける活動、③高める活動、④止める活動がありますが、今年の絆プロジェクトは②の続ける活動であると同時に、③の高める活動でもあるのです。目的や目標を達成すれば、④終る活動へと導かなければなりませんが、絆プロジェクトを立ち上げた公民館主事さんたちの「志」だけは、止める活動に導いて欲しくなく、むしろつながった「志」を一生の宝物として、大いに今後の活動に生かして欲しいと願っています。

  「若い頃 公民館に 生涯を かけよう思った 今も脈々」

  「さて次は どのようにする 戦術を 立て直しつつ スキルアップを」

  「校長や 教育長まで 巻き込んで 大きなうねり しっかり受け止め」

  「活動と 運動違う そのことを わきまえながら これから先も」