人間牧場

〇双海史談会の忘年会

 双海町の歴史に興味がある人たちが集まって、双海史談会が生まれたのは7年前でした。伊予市・中山町・双海町の一市二町が合併して、新生伊予市が誕生することが決まった頃、双海町最後の教育長に就任した私は、当時の町長さんにお願いして、双海町誌改訂の予算をつけてもらいました。一千万円を超える資金調達もさることながら、合併までの時間的リミットが、二年足らずという余りにも短いために、当時の教育委員会は職員総動員で改訂作業に望まなければなりませんでした。幸い派遣社会教育主事の中尾さんが歴史に詳しかったり、米湊さんや松本さんという、今にして思えばビッグな気心の知れた職員がずらり揃っていて、また編纂委員には、これまた歴史に詳しい中嶋さん・戸田さん・東さん・磯田さんなど教育職員経験者がずらり顔を揃えていて、頼もしい存在として多いに執筆活動をしていただきました。

参加メンバーの集合写真

鍋を囲んだ楽しい語らい

編纂作業は毎週開かれるほど多忙を極めましたが、幸い編纂や印刷を請け負ったぎょうせいという出版会社に、藤山さんという双海町出身者が担当していたことも幸いし、皆さんの努力頑張りによって合併一ヶ月前に、念願の改訂版が出来上がったのでした。旧双海町誌をフェイスシートにすることができたこともあって、せかされてやった割にはそれなりのできばえだったと、時々調べ物をするためページをめくりながら、しみじみ懐かしい日々を思うのです。
 史談会のメンバーの殆どはその時関わった人たちですが、新たな会員も増えて20人を超えるメンバーが二ヶ月に一度の例会を繰り返していますが、昨日はその例会を始めて忘年会に切り替え、事務局長を務める中尾先生の叔母さんが経営している奥道後のそのまた奥の、草深い川の郷町にある竹山荘という温泉宿へ向かいました。

 竹山荘のご好意で片道1時間半もかけて送迎バスを手配してもらい、17人もの参加もあってちょっとした観光旅行のような雰囲気でした。夕暮れ時、双海地域事務所を午後5時15分に出発したため、松山市内で多少の交通渋滞に巻き込まれましたが、午後7時に予定通り到着し、猪鍋・キジ鍋・川魚料理に舌鼓を打ちながら約2時間久しぶりに楽しいひと時を過ごしました。
 他の人はカラオケも楽しんでいましたが、私を含めた何人かは温泉まで楽しみ、ホットな気分になりました。女将さんは高野川出身で、何十年ぶりかにお会いしましたが、私と同年代のため、私が双海町の青年団長をしていた頃の「若松の進ちゃん」をはっきり覚えていて、私も顔を思い出しながら懐かしい思い出に浸りました。
 私は今治へ行く折、奥道後・石手川ダムや日浦小学校を経て水ヶ峠を越えるこの道はよく利用するので、釣堀、川遊び、山菜なども楽しめる竹山荘へも再び立ち寄りたいと思い、パンフレットをいただいて帰りました。昨日は楽しい一夜、楽しい忘年会となりました。

  「二ヶ月に 一度開かる 史談会 忘年会を 竹山荘にて」

  「三十年 前の私を 進ちゃんと 名前覚えて 女将親しく」

  「山里の 温泉浸かり 瀬音聞く 時計止まった ような長閑さ」

  「この道は いつか来た道 思いつつ バスの窓外 なぞらえ走る」 

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