人間牧場

〇孫の七・五・三

 「お父さん、希心と奏心、それにお姉さん方の尚樹君の七・五・三をするので、大洲から何時に帰る?」と、息子嫁から数日前に相談がありました。「大洲の交流集会は昼間でなので片付けて終って帰ると午後2時くらいになるかもしれない」と返事をしておきました。「じゃあ3時に伊佐璽神社で拝んでもらうように、お姉さんと相談して予約を入れます」と言われていた言葉を思い出すように、午後2時過ぎに同行していた松本さんの車で自宅へ送ってもらいました。妻は外出が出来るような服装に着替えて待っていたので、私は主役でもないのでカジュアルな服装のまま、私が運転する自家用車で出かけました。

 車の中で妻は、「私たちに七・五・三の声を掛けたということは神社宮司のお払い料も、お祝いの小宴も私たちに期待しているようよ」と小声でいいました。伊佐璽神社へ車で到着すると、息子嫁のお父さんとお母さんも駆けつけてくれていました。やがて宮司のお払いを孫3人は神妙な面持ちで受け、千歳飴や絵馬をいただき、七・五・三の神事は無事終りました。
 私たちの時代にも七・五・三という行事はあったのでしょうが、田舎が故、貧乏が故そんなスポットを当てられることもなく育ちました。きちんと散髪をしてきちんとした服装を着せられ清掃した凛々しい孫の姿に目を細めながら神事は無事終了することが出来ました。
 宮司さんから、「ひょっとしてあなたは若松さんでは?」と尋ねられました。私も「神社の宮司さんで野口さんという愛媛新聞社の局長さんがいらっしゃいましたよねえ」と聞けば、「それは私の父です。お払いをしているのは父の孫です」と、話が繋がり束の間の会話を立ち話でしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊佐璽神社を出て、3人の孫たちのために小宴を催すことになりました。砥部の真砂家に予約を取っていたようで、一部屋を借りて娘婿、孫朋樹、次男一生を交えた総勢9人の賑やかな夕食となりました。孫たちは特別なお子様ランチ、私たちも日本料理を食べました。何年か前孫朋気の時もお祝いをしましたが、その孫朋樹も早小学校3年生で、私たち大人に混じって、大人と同じようなメニューを注文して食べるのですから、時の流れの早さにはただただ驚きます。
 妻が感じたとおり神社のお払い料も小宴費用も妻の財布から出たようですが、小宴が終わって自宅に帰り、久しぶりに孫と一緒に風呂に入りました。寝る前に孫たちが「おじいちゃん、おばあちゃん今日はありがとう」、息子嫁も「お父さん、お母さん今日はすみません」とお礼を言ってくれました。嬉しい一言で心が和みました。孫たちの健やかな成長を願っています。

左が尚樹、真ん中が奏心、右が希心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「七・五・三 みんなで祝う 目出度さよ 妻の財布は 減ったけれども」

  「孫たちの 晴れの姿は 凛々しくて 幸せ極み これを言うのか」

  「ありがとう 一つの言葉 それだけで 家庭明るく 心をつなぐ」

  「絆とは 糸が半分 それぞれを つなぎ合わせて 深くなりぬる」

 

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