人間牧場

〇思い出の岐阜県多治見

 私は請われるままに講演等で年中日本全国を駆け巡っています。今までに47都道府県行っていない県はありませんが、行っていない市町村はまだまだ多くあります。そんなまちや村から講演等の依頼がある度に、淡い期待を抱きながら、今ではすっかり便利になったインターネットという優れもので、調べたりして淡い想いを募らせて出かけるのです。
 この度出かけた岐阜県多治見というまちは、美濃焼という焼き物の有名な人口12万人ほどのまちですが、このまちを一気に有名にしたのは夏の猛暑の、40.9度という信じ難い記録がマスコミによって、全国に向けて報道されたからでした。埼玉県熊谷市なども猛暑の常連ですが、まるで焼き物を焼く炎のような暑さはやはり異常で、住む人にとっては厄介な気象現象のようです。

 名古屋からJR中央本線の快速電車に乗ると、僅か30分余りで着く便利なまちで、高架の駅もモダンで、改札口に出るといきなり駅の壁面に、多治見の特徴を現す大きな陶板のモニュメントがド迫力で迫ってきて強いメッセージを発していました。
 今回の講演は多治見青年会議所の招きでしたが、その窓口となった委員長の前田直樹さんが駅まで出迎えに来てくれました。商店街のシンボルである河童と商工のまちならではの鰻屋をヒントに漫画家やなせたかしさんが生み出した、男の子のキャラクター「うながっぱ」は何とも楽しい漫画チックな雰囲気を醸していました。鰻とくれば昼食は鰻で、前田さんは澤千という名店へ案内してくれました。名店らしく店内はシンプルながら和食店らしく落ち着いた雰囲気のお店でした。うな丼を食べましたが気がつけば旅先のこと、朝食を忘れていて小腹がすいていたこともあって、忘れられない味となりました。

本堂の前に立つ樹齢700年の大銀杏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庭の池にかかった太鼓橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後は多治見といえば焼き物とお寺といわれるほど有名な場所へ案内してもらいました。まず虎渓山永法寺という鎌倉末期に夢窓国師が開創した国宝の寺へ行きました。平成15年に漏電が元で全焼したというお寺は、立派に新築復元していましたが、開山の仏徳禅師お手植えの樹齢700年の銀杏が堂々と立っていました。深まり行く秋で間もなくこの銀杏は緑色から黄金の衣に身を包むことでしょう。四季折々の表情が美しい中庭やかかった太鼓橋も立派で、思わず見とれてしまいました。
 境内の庭では修行僧たちが作務衣を着て、コケの中の草むしりをまるで這い蹲るように、ただ黙々とやっていました。その姿やこの寺の様子を見て、つたないながら私も一句浮かびました。
  禅僧の 這いつくばりし もみじ寺
  乳いちょう 七百年の 衣着て

 続いて数ある身の焼きの窯元の中で、昔ながらの登り窯で美濃焼をしている窯元のところへ案内してもらいました。窯元の荒川さんは運よく工房にいて、作業の手を休めて案内してもらいましたが、おじいさんが人間国宝だったらしく、中々の人物とお見受けしました。私も梅を画いたぐい呑みを一個記念に買い求めました。酒も呑まない私が何故?と思うでしょうが、私は全国の焼き物産地を旅した時々に、ぐい呑みを集めています。何故ぐい呑みなのと尋ねられますが、値段が安いというただそれだけなのです。もう50個や60個は集めたでしょうか、いつかこの日本全国から集めたぐい呑みで、お酒をたしなみたいというささやかな夢も、お酒を止めた今となっては夢のまた夢に終ってしまうことでしょう。

僅か4千円で買い求めた水月窯のぐい呑み

 

 

 

 

 

 

 

 

  「うながっぱ うなぎと河童 掛け合わせ 漫画するとは これはおもろい」

  「値札見て ゼロの数字を 数えたる 貧乏人は どこかえげつな」

  「伝統を 守るがゆえの 宿命を 運命に変え 工夫凝らして」

  「この池は 心という字 現すと ガイドの話 聞きつ何処何処?」

 

うながっぱのキャラクター

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