shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年2月24日

○懐かしい友との出会い

 昨晩は不思議な、それでいて懐かしい出会いがありました。わが家で今でも使っているマナ板は本匠村の高橋美和さんから貰ったものです。わが家の海の資料館海舟館にに飾っている能面は同じく本匠村の川野義和さんから貰ったものです。本匠村は佐伯市からさらに奥まった番匠川の上流に位置する村でした。今は平成の大合併で佐伯市になりましたが、何年か前まで私が何度か訪ねた懐かしい村なのです。

 私が本匠村に興味を持つようになったのは、大分県が主催する青年指導者研修会が国立大洲青年の家で開催された折、その研修会に参加していた高橋美和さんとその講師で招かれた私が出会ってから始まりました。底抜けに明るい高橋美和さんはその後勤務していた教育委員会の上司であった川野義和さんに私の存在を告げ、成人式の講演に招かれたり、様々な社会教育の研修会に講師として出かけるようになったのです。さらに川野義和さんや高橋美和さんの紹介で南部郡の社会教育関係者に広まり、あっという間に大分県の市町村を制覇する羽目となったのです。

 私は自称変わり者でその地域へ行ったら必ず何がしかのお金を落す事を肝に銘じています。例えば車で行けばその地域のガソリンスタンドでガソリンを入れるとか、お土産を買うなどしていました。高橋美和さんのお家は理容業を営んでいて、サッカーのオフト監督に似た今は亡きお父さんに、村へ行く度に散髪をしてもらっていました。散髪をしながら村の四方山話をするのが楽しみだったのです。さらに美和さんのお母さんが考案した雪ん子寿司は絶品で、今では大分県の人気商品になっていて、随分ご馳走になったものです。

(酒が飲めなくなった私と酒が強くなった川野義和さん)

 一方川野義和さんは私が若い頃と同じように社会教育に熱心に取り組んでいて、村を訪ねる度にご自宅へ泊めてもらいました。あの頃生まれて間もなかった娘さんは既に高校二年生と聞きました。時の流れの早さを感じます。また2年前に亡くなったお父さんが彫った立派な能面をいただいたことがあって、その面を見る度に懐かしさがこみ上げてくるのです。

 昨日の交流会には川野義和さんが参加してくれました。聞けば商工観光課の係長として迫り来る国体や高速道路の延伸などに対応した新しい時代の観光振興に情熱を燃やしているとの事でした。

 昨晩は久しぶりにお会いし懐かしい思い出話を随分しました。愛媛県の私を含めた12人が2次会に繰り出しましたが、河野さんの紹介で「裕ちゃん」という居酒屋に立ち寄りました。川野さんはその夜小倉の駅で行われる物産展に出席するため夜行列車に乗るらしく、飲むほどに酔うほどに仲間たちと楽しいお喋りに話が弾みました。

 途中川野さんの携帯電話で高橋美和さんとつながり、遠い夜道をわざわざお店まで出かけてくれ、笑顔の再会を果たしました。美和さんは3人の子どもの母親として明るく逞しく生きているようで、特に「ごまだし」うどんなどお母さんと一緒に加工にも加わっているようでした。それにしても始めて食べたごまだしうどんの味は絶品でした。

 いつになるか分りませんが、少し暇になったら旧本匠村を訪ねたいと思っています。本匠村からは私の町の慶徳寺へ住職で来られている山口住職さんの存在もこれまた不思議な縁ですし、当時は日本一大きな水車と言われていた本匠村の20メートルを越すお化け水車の存在も記憶の片隅で蘇えってきました。

 こうして自分の人生の端々に深く関わってきた日本全国の地域や人々の存在を思うと、もう一度フィルムを巻き戻してみたい心境になるのです。急激な時代の変化のうねりの中に埋没している思い出は私の大切な宝物なのに・・・・・。

  「美和ちゃんの 笑顔懐かし 指折りて 足らぬ指ほど 疎遠驚き」

  「えっ佐伯? 村の名変わり 戸惑って 礼状書くも 宛先分らず」

  「それぞれに 時を過ごして 出会う人 懐かし人は 既に亡くなり」

  「お互いに 昔のままの 若さにて 思い出話す それは錯覚」