shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年12月30日

○机の上に置かれた人型ミニパネル

 私の机の上に小さな人型ミニパネルが2枚立てかけられています。11月に行われた人間牧場での観光カリスマ塾でのデモンストレーションのために作った等身大の人型パネルは、えひめ地域政策研究センターの清水さん、松本さんと私の3人で企画しましたが、その秘策を実行に移したのは松本さんと清水さんです。その折、全国から集う人たちに、観光に対する思い入れと行動力を目に見える形で見せようと、人型パネルの製作と落伍にまつわる高座本「夕やけつれづれ草」の発刊を思いついたのです。その裏方としてお世話になったのが今治の村上君と新居浜の加藤君でした。二人はまちづくり人養成塾で知り合っていたので直ぐにこの話に乗って村上君は写真と高座本、加藤君は村上さんの撮影した写真を基に人型パネルの作製を担当し、それぞれの役割をきっちりこなして、大きな反響を呼んだのです。

 加藤君は人型パネルを作る折、サービスで2つの人型ミニパネルを2枚作ってくれました。一枚はメキシコ産角笛を持った私の立像、もう一枚は高知県馬路村産150年生の魚梁瀬杉の切り株に座って落伍をする私です。最近までこの2つのミニパネルは等身大人型パネルとともに人間牧場水平線の家へ置いていましたが、折角作ったのに意味がないと、思い切って下山させ、私と一緒に移動することにしたのです。

 これまで2回一緒に移動しました。一回は生協理事さんたちの忘年会でした。更にもう一回はえひめ地域政策研究センターの忘年会です。いずれも忘年会で大胆にも移動落伍をしたのです。しかもこともあろうに人の迷惑など省みず、1冊500円の高座本を木戸銭と称してワンコインいただいて押し売りしたのです。

 参加者の中には異論も会っただろうと深く反省していますが、その余韻が忘れられず次の機会を虎視眈々と狙っているのです。

 しかし、毎日朝な夕な仕事をする自分の書斎の机の上に、自分の人型ミニパネルを置いているのですから、何とも奇妙な感じです。男前ならいざ知らず3枚目以下の4枚目も5枚目の落ちる所がない自分の写真が、本物の自分をじっと見つめているのです。これを見た妻は最初は吹き出し笑いしましたが、「お父さんいい表情の写真だ」と褒めてくれました。子どもを連れて週末遊びに来る娘は、「お父さん恥かしくないの」とお手上げの悪評です。孫朋樹君は、「おじいちゃん格好いいね」とお世辞を言ってくれました。

 特に気に入っている魚梁瀬杉の上に座って三崎の裂き織半纏を着て落伍をする私の表情は、とてもいい雰囲気に仕上がっているのです。これから移動落伍をするといっても、魚梁瀬杉の切り株を持参することは出来ないので、人に説明するためにはいいミニパネルだと思うのです。

 今までは胴長短足という純日本人に生んだ母親を憎んでいましたが、役職や名刺のなくなるこの歳になると、顔の男前や足の長さなどどうでもいいことだと気付くのです。

 そう思えば手前味噌かも知れないし、自分を褒めるは一の馬鹿と言われながらも、味のある顔だと改めて見直すのです。「自分の顔に自信を持て」といわれながらも、物心ついてこの方顔に自信など持てなかったのですが、これからの余生はこの姿に満足しながら生きて行きたいと思うのです。

 もう一枚のメキシコ角笛は、日本に例えるとほら貝のようなものです。「私はホラも吹くしハーモニカも吹きます」と持参のハーモニカを取り出し、カーもニカとともにこの角笛をほら貝に見立てて吹けば、爆笑間違いなしで、「よっ、座布団一枚」と掛け声が返ってくるのです。

 この2枚の人型ミニパネルは私の人生にとって久々のヒット商品でした。

  「朝夕に 私を見つめる 人パネル 味ある顔と 自分で褒める」

  「これ見せりゃ 大抵の人 納得し 木戸銭くれて 話聞き入る」

  「恥かしく ないのと娘 あざ笑う 孫はじいいちゃん 格好いいと」

  「この歳に なれば顔など どっちでも 中身で勝負 俺に軍配」


 

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