shin-1さんの日記

○浮島現象

 昨日の朝は、今年一番の冷え込みとなって外気温が5度を下回りました。先日訪れた北海道紋別の皆さんに言わせれば小春日和のようなものでしょうが、これでも四国のこの季節としては寒い方で、出会う人はみんな無口で、たまに声を掛けても、「今朝は寒い」という言葉しか帰ってきませんでした。

 そんな寒さもあって昨日は昼間は一日中書斎にストーブを入れ、温かい温度と温かい気持ちで読書をしたり調べ物をしたりで過ごしました。「忙中閑あり」とはこのことで、郵便局や銀行、それに役場に行く以外は用事もなくただのんびりと過ごしました。

 夕方から伊予市の中央公民館へ子育て家庭教育学級に行かなければならにため、明るいうちに家を出ました。親父のメガネが出来上がっているので受け取りに行くついでに、夕やけ徒然草という本の題字を書いてもらった叔父の家へお礼に一冊届けるためです。親父の妹である叔母もその夫である叔父も高齢になって、少し気分が優れないのか、二人とも居間で横になっていました。前触れもない訪問に少し慌てていましたが、やわら起き上がり私の持参した本を手渡すと嬉しそうに受け取ってくれました。今年の秋ころ訪問して題字を頼んだ頃はまだ気候もよく、3日後には出来たと電話を貰うほど元気でしたが、この日のような寒い日は叔父叔母のような高齢者には寒さが堪えうようで、まるでアナグマの冬眠のようだと笑いながら話しました。

 昨日は寒いといいながら海も穏やかで、瀬戸内の島や半島が浮き上がって見える「浮島現象」が綺麗に見えました。一度写真を撮ろうと思いながらそのうちそのうちと時機を逸していました。昨日は夕方で気温が上がって浮島現象が見えにくくなる時間でしたが、カメラを持っていたので車を止めて沖合いを撮影してみました。

(高野川海岸からみた由利島や二神島周辺の浮島現象)

(ごご島や松山空港付近も浮いて見えるのですが・・・・)

 肉眼でははっきり見える浮島や浮船も写真に撮るとその様子が余り表現できなくて、技術の足らなさをしみじみ思いました。浮島現象や浮船現象はこれから冬になると度々見えるので、その折もう一度撮影に挑戦してこの写真と差し替えたいと思っています。

 こんなに寒い一日で、叔父叔母は暖房の部屋でぬくぬくと過ごしていましたが、その二人より年齢が上の九十歳になる親父は寒さをものともせず、相変わらず家の周辺で作業をして過ごしたようです。今朝散歩から帰ったところで小雨が降り出しましたが、今朝も池を再利用して作った地下室の上の東屋に古いサッシガラス戸を取り付けるべくガタゴト作業をしているようでした。元気が一番と思って余り口出しをしないようにしていますが、まるでアリが働くような動いて作り上げる姿は感動もので、冬の寒さから家を守ってくれるのです。

 軒下に吊るしたタマネギが残り少なくなり、今年も残すところ一ヶ月を切りました。引いていた風邪も妻の手厚い手助けもあって完治に近づいています。喪中のハガキが到着郵便物の半分以上を占めるようになって、どこか新しい年を迎える気持ちになりつつある今日この頃です。

  「浮島が 出ると必ず 思い出す 漁師をしていた 懐かし日々を」

  「アナグマの 冬眠のよう 叔父と叔母 人はこうして 歳をとるのか」

  「さあ今日は 忘年会だ ウーロン茶 酔ったふりして ひとつ歌でも」

  「浮島に 友人四~五人 住んでいる 今頃何を どうしているか」  


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shin-1さんの日記

○親のつとめって何だろう

 昨晩、伊予市の公民館から頼まれて子どもを持つ若いお母さんに話しに行きました。夜7時半からの話は子を持つ親と子どもにとってどんな時間なのだろうかと、気になりながら出かけました。最近の若いお母さんを見ていると趣味が多く、子どもと向かい合わなければならない時間なのに、家を平気で留守にするお母さんが多いと聞いていたので気になったのです。多分この日は仕事から帰ったご主人に頼んでの出席だろうと信じて1時間余りの短い話をさせてもらいました。

 主催した公民館の館長さんの話によると、もっと集まって欲しいとのことでしたが、どうしてどうして結構な人数で話甲斐のある反応に少しだけ安心しました。というのも年齢差のある私のような者が、若いお母さんに対して的外れな話をするかもしれないという不安があるからです。でも帰り際私のいなくなった会場で館長さんが抜け目なく感想を聞いた反応と、おいとまをして車を置いてる駐車場へ歩く途中、何組かのお母さんに出会い、気軽に声をかけてもらいましたが、「今晩は言いお話を聞かせていただきました」とか、「またあんな楽しいお話だったら仲間を誘いますので是非聞かせてください」「今度人間牧場へ見学に行かせて下さい」などと様々なお話でした。

「えっ、今日の話で人間牧場の事を話したっけ」と反論すると、「テレビで見ましたので」だそうです。

 さて今日の話は親の務めを子どもを愛すること、子どものためにやること、子どもを正しい方向に導くことという、これまたまちづくりと通じる話をしました。中学生以下の子どもを育てるには、今しか出来ない子どもの知識的容量をどんどん増やし大きくさせることなのです。そのためには氷の実験のように読む、聞く、見るという基礎学習をみっちりやらせて大きな氷を目指すことです。と同時に書く、喋る、実践するという知識の知恵化にも力を入れなければなりません。

 子どもの数が減り、忙しい毎日を親の過期待の中で過ごす子どもたち、創造的でない与えられた遊びを子ども部屋や同年代の少ない仲間としか出来ない子どもたち、家には仏壇もまな板や包丁さえもない全て人の半調理したものを電子レンジで温めて食べる子どもたち、物をお金も豊かになった社会の中で生きる子どもたち、毎日親や教師よりはるかに影響力の強いテレビに教育されてる子どもたち、そんな環境の中で逞しい子どもを育てるには、親自身が目標を持ってたくましく生きて見せること以外ないとお話させてもらいました。

 親として4人の子どもの成長や子育てに関わった経験からいうと、子どもは夫婦を足して2で割ったくらいな人間にしか育ちません。親はまるでオール5のような顔をしてオール5の出来の良い子どもを求めていますが、自分の子どもだけを降りの中に入れ隔離して育てるような親にはならないで欲しいと願っています。

 親が失敗を乗り越える姿こそ子どもにとって価値ある親と感じるのかも知れませんね。いい親になるよう努力して欲しいものです。

  「子育てを 終わって反省 しきりなり 夢中になった 昔懐かし」

  「勉強が 苦手な親が 勉強を せよといっても 迫力ないね」

  「一番は 心の優しい 人になれ お陰なことに みんな優しく」

  「気がつけば 名前のとおり 職選ぶ そんな意識も ないのに不思議」

 

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