〇「川中島」不識庵機山を撃つの図に題す
~べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる
あかつきにみる せんぺいのたいがをようする
いこんなりじゅうねん いっけんをみがき
りゅうせいこてい ちょうだをいっす~
わが町はかって公民館活動で詩吟が盛んに行われていました。そのころ吟者が朗々と吟じる漢詩の意味も分からぬまま、時が過ぎ今日を迎えています。昨日旅のツアーで尾道の名刹千光寺を訪ねましたが、その一角に頼山陽の立像が建っていました。
吟者が「不識庵機山を撃つの図に題す 頼山陽」と吟じていたのをふと思い出しました。「(上杉の軍は)鞍の音立てないよに 静かに夜に乗じて川を渡った。明け方武田信玄は上杉の数千の大軍が大将の旗を立てて、突然前に現れたのを見て大いに驚く。しかし誠に残念なことにこの数十年、一剣を磨きに磨いてきたのに、打ち下ろす刃がキラリと光る一瞬のうちにあの憎い信玄を打ちもらしてしまった」そうです。
頼山陽は江戸後期の著名な歴史家であり日本外史を作った儒学者でもありますが、漢詩も沢山遺していて、一度その足跡を学んでみたいと思いました。