人間牧場

〇ストーンヘンジの思い出

 昨日の朝、パソコンの画面にいきなりストーンサークルの画像が現れビックリしました。もう30年も前、沖合に浮かぶ由利島という無人島に子どもたちを連れてキャンプに行った折、流れ着いた流木を拾い集め、砂浜に何本か立てて日時計を作りました。いつかはわが町にも日時計を作りたいと思っていましたが、シーサイド公園に夕日のミュージアムを造った時、屋上にストーンサークルを作ることにしました。

パソコン画面に現れたストーンサークル
世界遺産に登録されているストーンヘンジ
私の心を虜にしたストーンヘンジに沈む夕日

 ロンドンから西に200㎞、イギリスの南部ソールズベリーから北西に13㎞に位置する所に環状列石のストーンヘンジがあり、世界遺産に登録されているその模様を模して造ろうと計画を練りましたが、残念ながらそれだけの石の重量にを支えきれないので断念していました。その後プラスチックで模して軽くして作ろうという話になり、見事なストンサークルができました。夕日のミュージアムの屋上から見える公園の全容や周囲の眺望は、まるで地球が丸いと実感できるほど素晴らしく、当時は多くの人が見学に訪れました。

 私たちの町は自称日本一夕日の美しい町を標榜していますが、ストーンサークル越しに見える四季折々の夕日もまた味のある姿をしています。シーサイド公園に想いを込めて作った夕日の物語も、残念ながら伝承する次なる人もなく、少し寂しい感じもしますが、リニュアール工事の始まったシーサイド公園が、来年3月に完成した暁には、再びこうした夕日の物語を再現したいものだと、淡い期待を持っています。そういえばイギリスにあるストーンヘンジに会いに行きたいという当時描いた夢はまだ実現していません。

「パソコンの 画面いきなり サークルが 記憶の回路 グルグル回る」

「無人島 キャンプ流木 何本か 立てて日時計 作った記憶」

「ミュージアム 屋上作った サークルも 今は宝の 持ち腐れなり」

「イギリスの ストーンヘンジに 会いたいと 思った夢も 実現せずに」

 

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人間牧場

〇今が過去になる前に

 今という一瞬を過ぎると、全てが過去になります。その生き証人として写真や映像があるものの、過去の全てを写したり映して残せる訳でもないので、後になって「撮っておけばよかった」と後悔することは幾つもあります。例えば道の駅ふたみシーサイド公園は開園以来25年が過ぎ、この度来年3月まで閉園して改修工事が行われることになっています。この公園は私が深く関わって造っただけに思い入れも一入で、幾つかの場面は写真や映像として残っていますが、移転や清掃の雑用に追われて、直前のものなど殆ど残していないのです。

 私はブログ用にタブレットを日常的に持ち歩いていて、意味もなくタブレット内蔵のカメラで、無造作に写真を写していますが、今となってはたった1週間ほど前の様子さえもう再現することは不可能な状態で、ひょっとしたら貴重な記録になるかも知れません。こんな意味もない馬鹿げたことに気づくのは私だけでしょうが、それでも私の小さなパソコン内とブログ記事にだけでも「記録として記憶」されるのです。先日下灘の綿井商店が経営していたガソリンスタンドが閉店したという記事を書きましたが、営業していた当時のガソリンスタンドの写真もまた取り損ねてしまいました。

 ローカルな出来事などは誰も気がつきません。上灘と下灘の中学校が統合して双海中学校となりましたが、上灘中学校時代から学校の隅にあった学校給食センターも取り壊され、跡形もなくなりました。人間の記憶はあいまいで、特に私の様な年齢になると昨日のことさえ忘れてしまいます。記録によって記憶を残すことは、今に生きる私たちの仕事でもあるのです。記憶させるのが文字や絵だけだった昔と違い今はメディアが発達し、人間でさえ死ぬ前の姿や声を残すことができるのです。今が過去になる前にやらねばならないことがいっぱいあるようです。

「10日前 あった出来事 今はもう 跡形もなく 過去の彼方に」

「あの時に 撮っときゃ良かった 思っても 後の祭りだ 拳々服膺」

「何気ない 出来事記録 することが いかに大事か 時々思う」

「地道だが せめて自分の 住んでいる 家や町など 記録に残そう」

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