人間牧場

〇まちづくり学校双海人例会

 毎月1回第3火曜日に行われていたまちづくり学校双海人の例会が、今年度から2ヶ月に1回となり、少し寂しい思いをしていますが、世話役の人たちのことを思うと、それも仕方のないことのようです。今は例会の案内もパソコンメールなので、時々見逃してしまうハプニングもあって、毎回隣の席に座る小西千鶴子さんから、お叱りを受ける始末です。

講演する土居孝二郎さん

 昨日の例会は松野町役場で地域おこし協力隊を担当している、土居孝二郎さんが講師なので楽しみにしていました。松野町で川魚料理店を営んでいた土居さんのお父さんは、何十年も前既に亡くなっていますが、私と同年代で若い頃一緒に青年団活動をやった旧知の間柄で、私が愛媛県青年団連合会の会長をしていた時の副会長でした。ゆえに孝二郎さんとも何度か出会ったことがありますが、久しぶりの再会です。

 松野町は松前町とともに、唯一平成の大合併で合併をせず単独で生き残った町ですが、アグルレスキュー農業公社などを設立して特徴ある独自の地域づくりを行っている、高知県境に近い四万十広見川が流れる魅力ある町です。土居さんは行政がしっかりすれば地域おこし協力隊に応募してやって来た人たちが生き生きと輝いて活動し、結果的に移住を決断し定住してくれると力説していました。

 松野町に地域おこし協力隊を経て定住している矢間大蔵さんの、「収入は3分の1に減ったけど、幸せは3倍になった」という、締めの言葉がとても印象的でした。1億2800万人いる日本の人口は50年後の2060年、8700万人になると推計されています。消滅する市町村は523にもなるかも知れないと、総務大臣を務めたことのある増田さんがレポートの中で警鐘を鳴らしています。行政の知恵が試される時がやって来ました。

 「今は亡き 親友息子 やって来て 講師勤める 立派になって」

 「協力隊 成功のカギ 受け皿の 行政取り組み 大事と語る」

 「収入は 3分のⅠ 減ったけど 幸せ3倍 凄い言葉だ」

 「人口が 減つて消滅 する町も あるかも知れぬ 危機感誰が」

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人間牧場

〇来週予定の子ども体験塾・防災キャンプのメニュー実験

 キャンプと言えば夏の青空を想定しますが、梅雨真っ盛りのこの時期にキャンプをするという、普通は考えられない子ども体験塾の防災キャンプが、いよいよ今週末に迫ってきました。既に何度か事務局の隅田公民館主事さんと出会って、メニューのすり合わせをしていますが、その中で空き缶を利用してご飯を炊くというアイデアがスタッフから出たようで、昨日の夕方その実験をしようと、地域事務所の裏に2~3人で集まりました。

空き缶飯炊き実験
空き缶利用のミニかまど燃焼実験

 既に二宮さんの手によって試作品が作られていましたが、缶ビールの空き缶2個を使い、しかも燃料は空の牛乳パック3個だけというこの方法で、「えっ、こんなものでご飯が炊けるの?」と思ったのは無理からぬことでした。缶ビール缶は缶切りで上蓋が切り取られ、かまどとなる下台には、焚口と排気口がそれぞれ2ずつ開けられ、その上にもう一個の缶に研いだお米と水を入れて、アルミホイルで蓋をしていました。

早速細かく短冊状に切った牛乳パックにライターで火を点け、8~9秒間隔で焚口から消えないよう次々と20分間も短冊を入れて焚き続けるのです。その内水気がなくなると空き缶を逆さまにして蒸らすのですが、雑談しながら待った結果、立派に一合飯が出来上がりました。みんなで試食しましたが、味も中々のものでした。防災キャンプでは前回人間牧場で収穫したジャガイモを使ってカレーを作り、アルミ缶で炊いたご飯にかけて食べる計画です。いやあ面白い。まさに手造りできる防災企画です。防災キャンプが待ち遠しいです。

「週末に 迫った防災 キャンプでは 空き缶利用 ご飯炊きます」

 「ビール缶 牛乳パック それだけで?」 信じられない? 半信半疑?」

 「30分 実験成功 飯炊けた 試食をしたが 美味しいご飯」

 「ワクワクや ドキドキするから ジーと来る 子どもメニュー まずは大人が」

 

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人間牧場

〇昨日は父の日でした

 昨日は新聞やテレビ、facebookであちらこちらから、父の日にちなんだ話題が届いていました。母の日に比べ父の日は余り派手さはありませんが、商魂たくましい人たちの父の日作戦にはまって、私も先日4人の子どもからプレゼントをいただきました。毎年のことですが昨日は私の大好きなスイカも届き、今年初めて冷えた美味しいスイカを食べさせてもらいました。

 数日前、「一升餅父の日の夕方お食事会をするので来ないかい」と漁協女性部の松本部長さんからお誘いがあったので、意味も分からぬまま午後6時ころシーサイド公園へ出かけて行きました。イベントホールには沢山の手作り料理が用意され、下・上灘漁協の両組合長も招かれていて、早速楽しいお食事会と相成りました。松山道後のホテルで料理長をしていたという人の作った数々の料理は、見た目にも涼やかで、まるで料理番組でも見ているようでした。

 絶品は何といってもそろそろシーズンを迎える鱧の湯引きで、わが家で作った梅干しを使った赤い梅酢が添えられ、またタコの生刺身も歯触りも良く、酒の飲めない私はアルコールゼロの缶ビールをいただきながら舌鼓を打ちました。双海町は海の幸山の幸に恵まれていますが、食べれるところがそんなになく、ましてや昨日のように自慢の夕日を見ながら料理や風情を楽しむ機会はそんなに多くはありません。金曜日の夜は観光ビールトロッコ列車も走っていたようで、いよいよ夏本番を迎えようとしています。

「父の日に お食事会を するからと 誘われ出かけ 美味しい料理」

 「この時期は 何といっても 鱧料理 タコ生刺身 加わり絶品」

 「夕やけを 見ながら料理 舌鼓 ゼロ缶ビール 飲みつ談笑」

 「デザートに 私作った 果物の スモモ持参し 女性喜ぶ」

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人間牧場

〇孫娘の一升餅をつきました

 私たちの地方では子どもが生まれ満1歳になると、ついた一升餅を背中に背負わせる古い風習があります。これまでにも4人の男の子に一升餅を背負わせましたが、13日に誕生日を迎えた孫娘にも同じことをしてやろうと妻と相談し、もち米を前日に洗って水に浸したり、家の外庭にかまどを出して準備をしました。昨日は暑いほどの上天気の中、もち米を蒸したり電動餅つき機でついたりしました。

中庭にかまどを取り出しもち米を蒸しました
つき上がった一升餅

 餅つきはお正月以来半年ぶりですが、いつもやっている手作業なので何の造作もなく1時間ほどで、満月のような丸いお餅が出来上がりました。今日は勉強のため神奈川県横浜市へ遊学し留守の次男に替わって、私たち夫婦と若嫁の実家夫婦が次男の家に集まって、ささやかな一升餅行事を行う予定ですが、孫娘は伝い歩きはできるようになったものの、まだ一人歩きはできないようで、果たして一升餅を背負うことができるかどうか、要らぬ心配しています。

 成長してしまえば何のことはない孫たちですが、まさに「這えば立て立てば歩めの親心、わが身に積る老いも忘れて」の心境です。初節句や誕生日も無事終え、日に日に成長する姿を毎日のように写真や動画で送ってくれま。、毎週のように出かける妻と違い、私は時々しか出会わないため、人見知りの対象となって最初は敬遠拒否される場面もありますが、これも愛嬌だと思っています。今日は楽しみです。

 「中庭に かまど持ち出し もち米を 蒸して夫婦で 一升餅つく」

 「わが地方 誕生迎えた 子の成長 願って一升 餅を背負わす」

 「這えば立て 親より爺婆 夢中なる わが子の時より ヒートアップし」

 「さあ今日は 遊学次男 留守だけど 一升餅持ち 妻と二人で」

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人間牧場

〇公民館新任職員ネットワークセミナー

 4~5日前、愛媛県公民館連合会の近藤事務局長さんから電話が入り、昨日予定されている新任職員ネットワークセミナーの講演を予定していた講師が脳梗塞になり、午前中の一コマに穴があいたので、午後1時からの私の講義予定に加え、昼食を挟んで二コマやって欲しいと頼まれました。根が安気なポジティブ人間ゆえ後先も考えず、「いいですよ」と安請け合いしてしまいました。

私の感ピューターやシンパシーが動き始め、普通だと何も考えずアドリブで講演や講義をするのですが、参加した人のことを考え一コマはスライドショーを取り入れようと思い、早速慣れぬ手つきでパソコンに向かい、内蔵している写真を探し出してスライドを作りましたが、大量の写真の中からお目当ての写真を見つけるのは中々でしたが、前日の夜遅くどうにか間に合って一息でした。

セミナーには比較的若い職員が50人ほど集まっていましたが、昼食を挟んで前90分、後90分の合計3時間の講義を何とか終えることができました。反応は教壇に立った私と見守った近藤事務局長さんしか判断できませんが、今朝私宛に届いた参加者(いずれも女性)3人からの感想やお礼のメールでは、とても嬉しい反応でした。デジタル時代を彷彿しますが、アナログなはがきや手紙が来ることを心待ちにしています。

若い駆け出しの頃、私は公民館に13年間も勤めて、多くの人の話を積極的に聞き、知識を沢山心の基底に蓄えました。そこに実践という肥やしをやったお陰で知恵となって花開きました。失敗も沢山経験しましたが、半世紀に及ぶ私の人生は、公民館のお陰だと思っています。ゆえにこれからも、公民館を恩人だと思い、恩を返す努力をしなければなりません。今日にでも脳梗塞を患ったという友人の安否を確認したいと思っています。

「昼食を 挟んで前後 90分 ポジティブゆえに 気安く請け合う」

 「体内の 感ピューターや シンパシー 働き準備 スライド作成」

 「メールにて 講義の感想 あれやこれ 嬉しい反応 私も返信」

 「3時間? 何を話すの? 妻心配 私それほど 思わず終わる」

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人間牧場

〇夏の夕焼け川向う渡るな

 昔から「秋の夕焼け鎌を研げ」と言われています。つまりお天気は地球の自転によって西から東へ移るので、西の空が夕焼けになると明くる日は天気なので鎌を研いで、農作業をするよう促すのですが、季節が変わると「夏の夕焼け川向う渡るな」と、まったく違った言い方がされています。夏の夕焼けは急な雨で川が増水して危ないから、川向うへ渡らないようにとの戒めのようです。

昨日は午後から曇りでしたが、夕方西の空が夕焼けでとても綺麗な茜色でした。気象衛星などなかった頃の私たちの親世代は、このように長年の経験から生まれた言い伝えを信じて、明くる日の仕事の段取りをしていたようですが、今朝は案の定その言い伝え通り小雨が降っています。そんなこともあろうかと、農作業で使った道具類を片付けていたので、濡らすこともありませんでした。

「南の島の王様は 雨が降ったらお休みで ハメハメハ」という面白い歌がありますが、サンデー毎日の私も同じような日々を過ごしているはずなのに、あれやこれやと忙しく、今日は午前中1時間半、昼食をはさんで午後から1時間半、何と3時間も講義をする研修会に出かける予定です。「もう若くはないのだから」と妻に言われていますが、ひょっとしたら人の前でお話しすることが私には、「ハメハメハ」のようです。(大笑い)

「夕焼けの 空見て明日 雨かも?と 思う私は 予報士的中」

 「退職後 サンデー毎日 言ってるが それが中々 休む暇なし」

 「ハメハメハ 南の島の 王様は 雨が降ったら 休むよう」

 「今日も又 出かける予定 教育だ 今日行く所 ありて楽しく」

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人間牧場

〇5人目の孫娘花菜の誕生日

 この1年間は上野動物園の赤ちゃんパンダ「シャンシャン」の話題で持ちきりでした。パンダの誕生日は6月12日なので無事誕生日を迎えたようですが、実はわが家の5人目の孫娘はその明くる日の6月13日に生まれていて、昨日無事誕生日を迎えました。パンダと同じように孫娘も順調に育っていて、昨日息子からその写真画像が送られてきて、微笑ましい姿に少し癒されました。

日赤松山病院で看護師をしている次男息子は、5月の連休明けから年末まで横浜の学校で資格を取るため、単身遊学しているので、自分の子どもの誕生日はあいにく自宅で祝うことはできませんでしたが、息子嫁は小さなバーズデーケーキを手造りし、2人だけでささやかな誕生パーティを開いたようで、その様子が映像で横浜を経由して私の元へ届いたのです。

孫娘は時々独り立ちしたり伝い歩きをするようになって、歩くのも時間の問題のようです。今週末にはわが家で1升餅をついて持参し、嫁の実家の両親も加わってささやかなお祝いをする予定で、妻はその準備に追われています。私たち夫婦には4人の子どもがいて、5人の孫がいます。これまで孫4人は男の子だけだったので、女の子の誕生は特別で、時々会いに出かけたり、時々息子から送られてくる写真や画像を見て夫婦で微笑んでいます。

「動物園 パンダ生まれた 翌日に 孫娘誕生 早くも一年」

「横浜を 経由の画像 息子から 送られ夫婦 誕生祝う」

「手作りの 素朴なケーキに ご満悦 今週末は 一升餅持ち」

「居ながらに 孫の成長 姿見る 便利世の中 なったものです」

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人間牧場

〇学校評議員会に出席しました

 私は地元の由並小学校、双海中学校に加え、松山にある愛媛県立松山工業高校の学校評議員をしています。さしたる断る理由もなく長年やっているので、もうそろそろと思いつつ今年も請われるまま引き受けてしまいました。昨日は松山工業高校の評議員会が午後からありました。私の息子3人がこの学校に通っていた頃、8年間もPTA会長などをしていたので、指折り数えてみれば、もう20年を超えてこの学校に出かけ深く関わっていますが、学校も新築や耐震工事などを繰り返し、玄関先の百連館という建物を除けば、全ての工事が終わり、見違えるようにモダンな学校に生まれ変わりました。

見違えるように立派になった松山工業高校
学校評議委員会

偶然にも今の内藤校長先生が赤ちゃんの頃、妻の実家の隣に住んでいたようで、思春期だつた妻は時々赤ちゃんだった校長先生の子守をさせてもらった経験があるようで、縁の不思議を感じていますが、その校長先生も今年で定年だそうで、腕まくりして学校経営に敏腕をふるっている姿を頼もしく思っています。会議は校長室の隣の部屋に関係者が集まって行われましたが、学校関係者の説明を聞けば、今年から1年生360人全員にタブレットが用意され、デジタルを使った新しいスタイルの授業が県下の高校に先んじて始まり、先生も生徒も慣れないシステムに戸惑いながら、成果を期待して頑張っているようです。

 松山工業高校には定時制高校もあって、教頭先生が3人もいます。高い数値目標を掲げ先生と生徒が一丸となって努力していますが、生徒の資格取得率は目を見張るような成果を揚げていて、全国でも高い評価を受けています。県内の高校は少子化で志望者が激減するなど、学校の存続が危ぶまれたりしていますが、卒業後の就職先も進学先も十分に保障され、今のところ何の問題もなく推移しているようですが、この時期だからこそ気を引き締めて新しいことにチャレンジし、いい学校経営をしようという意気込みを感じながら、会議を終えて学校を後にしました。

「20年 超えて高校 関わって それぞれ推移 見守りながら」

 「あれこれと 施設設備の 立派さに 目を見張りつつ 説明を聞く」

 「タブレット 使いデジタル 授業する 話を聞いて 興味津々」

 「校長の やる気意気込み 頼もしく 気を引き締めて 油断禁物」

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人間牧場

〇新しくなった洗濯機

 洗濯機、冷蔵庫、テレビ、掃除機といえば殆ど毎日使う家庭の電器製品です。私は男ゆえこれらの家電がどれほど頻繁に使われて、私たちの暮らしに役に立っているのか、余り気にもせず暮らしていますが、妻は家電製品のおおよその寿命を知っていてるようです。随分安くなったと言いながら掃除機を除けば、洗濯機も冷蔵庫もテレビも10万円を超えるだけに、年金暮らしのわが家としてはやはり痛い出費です。

脱衣場に二台並んだ洗濯機

この1週間ほど洗濯機の調子がおかしくなったらしく、日曜日に外出した際修理を頼むつもりで前回買ったという家電店に妻と一緒に立寄りました。故障の状態を説明すると、どうやら耐用年数を超えていて修理不可能のようでした。仕方なく沢山並んでいる洗濯機を店員さんの説明を受けながら見て回りましたが、妻が欲しい10k容量の洗濯機は10万円程度のようで、妻は私に「どうしよう」と相談を持ち掛けましたが、思い切って買うことにしました。

 昨日家電店から洗濯機を積んだ車がやって来て、店員さん二人が古い洗濯機を取り外し、あっという間に新しい洗濯機を取り付けて帰りました。わが家の脱衣場には息子家族の使っている11k洗濯機と、私たち用の10k洗濯機が並んで置かれていますが、今まで見すぼらしかった私たち夫婦の洗濯機も、存在感を示すようにピカピカに光り輝いています。テレビも冷蔵庫もそろそろ耐用年数を迎えます。財布を持つ妻としては当分の間、やりくりに頭を悩ませそうです。

「洗濯機 調子おかしく 修理する つもり出掛けた 不可能レッテル」

 「10万円? そんなにするの? 洗濯機 年金暮らし 家計直撃」

 「新品の 洗濯機きく 脱衣場 二台並んで まるで工場」

 「おおよその 目安は10年 家電品 次はテレビか? 冷蔵庫かも?」 

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人間牧場

〇古書「大学」との出会いと学び(その2)

 ある日私は北陸福井へ講演に出かるため中継地点である大阪梅田の駅に降り立ちました。梅田駅の近くには古書街があって、時々本を買いに立ち寄りますが、小さな本屋の店先でノジの抜いた見すぼらしい「大学」という本を見つけました。本には無造作に手書きされた1万円の値段札がついていましたが、欲しいものの少し高いと思いつつ店内に入り、店番をしている若い女の子に「私は四国に住んでいて、福井へ行く旅の途中なのであいにく持ち合わせが少ないので、この本を5千円に負けてくれないか?」と話すと、私の姿を田舎者と見たのか、「お客さん、事情はよく分かりますが、何は何でも1万円を半値の5千円に負けてくれという人はいませんよ。大将に叱られますので駄目です」と突っぱねられました。「じゃあお互い折半ということで7千5百円でどうでしょう」と食い下がると、「あなたは中々商売上手ですね。仕方がありません。大負けして7千円にしてあげましょう」と商談が成立し、私は新聞紙にくるんでもらった「大学」という買った本を、行き帰りの列車やバスの中で人目をはばかるように、我を忘れてページをめくりました。

梅田で買った大学

「大学」という本は全て漢字で書かれていて、しかも国を國と書くように古い漢字やレ点返しがいっぱい並び、読むこともましてや意味すら分かりません。唯一読めて分かっているのは二宮金次郎の銅像の左手に持っている本に刻まれた26文字だけで、何とも心もとない限りです。「一家仁一國興仁一家譲一國興譲一人貪戻一國作乱其機如此」(いっかじんなれば いっこくじんにおこり いっかじょうなれば いっこくじょうにおこり いちじんたんれいなれば いっこくらんをおこす そのきかくのごとし)を空で覚え、「大学之道在明明徳在親民在止於至善」(だいがくのみちは めいとくをあいらかにするにあり たみにしたしむのあり せぜんにとどまるのあり)から毎日のように暇さえあればページを開いて読み解きましたが、ふりがなをつけたりしながらどうにか次に進みつつある程度で、なかなか遅々として進みませんでしたが、二宮金次郎を学ぶ年輪塾で清水塾頭が用意してくれた資料のお陰で、その奥行きの深い教えを理解したり注釈できるようになったことはとても嬉しい限りです。

 私たち人間は、生まれてから死ぬまで色々なことを読んだり聞いたり見たりしながら、体と心の基底に知識を蓄積して行きます。字源によると「學」という字の冠は両手で、中の××は交わる(交流)下は覚、學は覚る、覚るは実行だと、年輪塾師範の辻先生から教えてもらいました。小さな小学校の校庭に建っていた二宮金次郎の銅像から始まった私のこれまでの「大学」という本とのとの出会いは、まるでミステリー小説のようです。大学を学び学びから覚り、覚りを実行に移す行動力こそ「処志」なのです。とりあえず10人の「処志」を育て、10人の「処志」が地域にしっかりと根を張って活動すれば、地域は再生するかも知れません。淡い期待を持ちながら、今朝も「大学」を素読しました。

「大阪の 梅田古書街 店頭で 大学見つけ 値切って手元」

 「漢字本 読めぬどころか チンプンカン 年輪塾にて 門前小僧」

 「何の本 読んでいるのか 疑問符が 次から次へ 学びの旅は」

 「処志育て 地域根を張り 頑張れば 少しは良くなる 地域再生」  

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