人間牧場

〇朝顔のグリーンカーテンづくり

 普通の年は沖縄、奄美、九州と、南の地方から順番に梅雨明けして行くのですが、今年は九州、四国、中国、近畿を通り越して、奄美からいきなりまだ6月だというのに、関東地方が梅雨明けした模様だと気象庁から発表がありました。この数日「やまぜ」と呼ぶ南西の風が吹き荒れただけに、梅雨入りが例年より早かった分早い梅雨明けを期待していますが、南西の海上では台風が発生して北上を続けているので、むしろ梅雨末期の大雨の影響を心配しています。

書斎の窓辺に取り付けた朝顔のグリーンカーテン

3日前、立ち寄った水口種苗店で今年も朝顔の苗を貰ってきました。今年は孫たちの花づくり運動も朝顔でなく小型のヒマワリなので、プランター3箱に土を入れ、1個に2本ずつ植え付けました。活着し伸び始めたので、私の書斎の前庭にグリーンカーテンを作ろうと思いつき、スイカ畑の網囲い用に使った残りの青竹を使い、倉庫に締まっていた網を取り出して、取り付け始めましたが、急ににわか雨が降り出し、多少濡れたものの夏の雨故寒くもなく続行して作り終えました。

夏の花と言えばグラジオラスやヒマワリ、百日紅など色々ありますが、私は子どものころから朝顔の花が大好きで、朝起きて目の覚めるような色とりどりの朝顔の花を見ると、元気が出るような気がするのです。今日で6月も終わり明日から7月が始まりますが、順調に行けば朝顔は梅雨雨の恵みを受けてあと10日もすれば、グリーンカーテンのように書斎の窓に緑陰を作り、花を咲かせてくれるものと思われます。日々の暮らしに彩を添えてくれる楽しみがまた一つ増えました。

「種苗店 貰った朝顔 プランター 3箱に植えて 6本育て」

 「支柱立て 園芸網を 脚立にて 書斎の窓辺 軒先張って」

 「温暖化 グリーンカーテン 少しだけ お役に立てば それもまたよし」

 「朝顔の 花見て元気 貰おうと 日々の暮らしに 彩添える」 

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人間牧場

〇久しぶりのJR下灘駅

 最近は人間牧場に行く機会が多く、足繁く海岸国道を通ります。その度に下灘駅を上に見て通りすがりますが、行く途中見上げた駅のプラットホームに黄色いひまわりの花が見えました。「ああもうそんな時期か!!」と思いつつ、「そうだ帰りに立寄ってみよう」と思いました。平日の昼間昼前だったにもかかわらず立寄った駅では、4~5人の若者が思い思いのひと時を過ごしていました。

海をバックに咲く黄色いひまわりの花

秋になるとコスモスの咲くプラットホーム横の畑には、地元の人が育てたひまわりの黄色い花が夏の訪れを告げるように咲いていました。カメラを持たなかったことを後悔しましたが、偶然にもこの日、親友の前田さんが下灘駅に立寄ったことを、facebookに写真付きでアップしていたので、許しを得てシェアさせてもらいましたが、写真技術の下手糞な私とは違い、写真一枚一枚に主張を感じました。

21日のお接待の日に従兄弟で、まるで下灘駅の駅守のように活動している西下さん宅を訪ねましたが、車はあるのに家の玄関は鍵がかかり、あいにく留守でお接待の赤飯を持ち帰った経緯があるので、気になっています。今日にでも電話を入れて所在確認をしたいと思っていますが、57年前集団就職列車で同級生をこの駅から見送ったこと、54年前宇和島水産高校の実習船愛媛丸で遠洋航海に旅立つ日、親父に送られてこの駅から旅立ち、3か月後マグロを担いで帰ったこと、47年前わが妻と見合いし初デイトにこの駅から出かけたものの、列車の中で妻の顔を忘れて大失態したこと、33年前無人駅のプラットホームを舞台に夕焼けコンサートをやったことなどが、つい昨日の日のことのように断片的に思い出されました。

私にとってこの駅は、北島三郎の歌「終着駅は始発駅」かも知れませんが、今はまだ「始発駅」の思い出の方が多いものの、確実に一日一日終着駅が近づいていることは確かです。海をバックに咲くひまわりの花に、少し元気をもらったような立ち寄りでした。今日は遠来の友が人間牧場へやって来るので、下灘駅に案内しようと思っています。

「行き帰り 下灘駅を 見上げつつ 素通りひまわり 花目に留まり」

 「久しぶり 訪ねた駅に ひまわりが 沢山咲いて どこか懐かし」

 「気がつくと カメラ忘れて しまったと 思いながらも facebookで」

 「この駅は 私にとっても 始発駅 あれやこれやと 思い出多く」

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人間牧場

〇私は先生ではありません

 昨日は金融広報委員会の仕事で、四国中央市の中曽根公民館へ行きました。四国中央市は愛媛県の一番東に位置していて、徳島県や高知県へ行くジャンクションとしてよく通る街ですが、最近は通過することが多く、カーナビの力を借りて、間違うこともなくほぼ完璧に予定の時間通り40分前に到着しました。前後して主催者である愛媛県東予地方局の担当者も見えられ、公民館の玄関に入りましたが、事務所に人の気配がなくいくら呼んでも音沙汰なしでした。

(立派な中曽根公民館大ホール)

 「困った」と思いつつ2人で勝手に上がり込み玄関ロビーで待ちましたが、開会の時間が迫っていたので大ホールに入りました。昨日の相手は老人クラブ女性部の75歳を超えた50人ですが、ほぼ予定通りの人数が既に座って開会を待っていました。やがて代表の開会のあいさつで、私の「超高齢化社会を生きる」と題した講演は始まりましたが、代表者が私を「若松先生」と紹介されました。

 普通人の前で講演するような人は、学歴のある、そしてプロフィールもそれ相応の人でしょうが、私はそんな大それた人間でもない学歴も肩書もない、どこにでもいるような「普通の田舎のおじさん」なのです。先生と呼ばれる人は学校の先生やお医者さん、政治家などなので、「私は先生ではありません」と否定のあいさつから始めなければならないので、多少面倒だと思っているのに、時にはステージに架かった懸垂幕には演題の横に「人間牧場主・年輪塾々長若松進一先生」と歯の浮くような文字で書かれて赤面してしまうのです。

 私は大学へも行っていないので学歴が殆どありませんが、学習歴は人様並だと自負しています。青年団活動8年間や公民館主事13年間から始まったこれまでの学習歴は、自分を大きく成長させてくれました。死んだ親父が「学校へ行かなくても学ぶことはどこででもできる」と、口癖のように言っていたことを自分の戒めとして、今も学習を怠らないように心がけ生きています。

 「先生と呼ばれるほどの人でなし」はけだし名言で、これからも普通のおじさん、いやおじいさんとして、残りの人生を世のため人のため、ささやかながら尽くしたいと思っています。講演の前にあれほど「私は先生ではありません」と言ったのに、昨晩帰宅してパソコンメールを開くと、参加した女性の一人から「若松先生、今日はいいお話を聴かせてもらってありがとうございました。~後略」とお礼や感想のメールが入っていました。返信メールに「私は先生ではありません」と前書きして返信をしました。大笑いです。

 「先生と 言われるほどの 人でない まずは否定し 講演入る」

 「先生と 呼ばれて嬉しい 人もいる 私なんぞは 価値もないので」

 「学歴は ないが学習 歴はある 親父の言葉 思い出しつつ」

 「学歴が 人の値打ちを 決めるなら 私は何の 値打ちもないな」

 

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人間牧場

〇子どもたちが海岸清掃

 沖縄に続いて一昨日鹿児島県奄美地方が梅雨明けしたと、テレビのニュースで報じていました。今年は梅雨入りが例年より早かったので、ひょっとしたら梅雨明けが早いかも知れないと、淡い期待を抱いていますが、前日の夕方孫希心から「開眼掃除に使うので火ばさみを用意して」と頼まれていたので、登校時に手渡しして持たせました。

(灘町海岸を清掃する由並小学校児童)

シーサイドビーチ砂浜を清掃汁由並小学校児童

 朝食を終え準備して人間牧場へ草刈りに出かける途中、灘町海岸で由並小学校の子どもたちが全員出て清掃活動を行っていました。東駐車場に車を止めて灘町海岸とシーサイドビーチ砂浜に出て、清掃の様子を遠望しながら写真に収めましたが、私の姿に気がついた小学校3年の孫奏心が手を振って応えてくれました。

 梅雨が明ければ間もなく、灘町海岸とシーサイドビーチには連日沢山の人が涼を求めて訪れる予定です。8月5日には恒例のトライアスロン大会も予定されていて、小さな子どもたちの善意ある清掃行動は、何よりも嬉しいプレゼントです。かつて毎朝午前5時から3時間、休むことなく12年間、シーサイド公園を清掃した昔のことが懐かしく思い出されました。

「火ばさみの 用意頼まれ 孫渡す 偶然清掃 している様子」

 「双海町 梅雨が明ければ 夏は来ぬ 連日大勢 涼を求めて」

 「子どもたち 小さい力 数勝負 砂浜海岸 すっかり綺麗」

 「毎朝の 3時間の 清掃12年 今は懐かし 思い出となり」

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人間牧場

〇消毒って?

 私は過疎地の田舎に住んでいます。ある意味のんびりしていて、たまに東京に出かけ帰ると、「この町は時間が止まったようだ!!」と思ったりもしますが、私のように年齢を重ねると今の世の中のスピードにはついて行けず、田舎暮らしがいいと自分に言い聞かせ、納得しながら自分流に生きています。

消毒という農薬散布

私の仲間には農業をしている人が沢山います。夏のこの時期は草刈りや農作物の消毒、摘果作業など、汗をかきながら忙しそうに働いていますが、会話の中で時々気になるのは、「消毒」という言葉です。小さい頃から耳にする言葉なので余り気にはなりませんが、時々少し疑問に思うこともあります。

「消毒」という言葉で思い出すのは、子どものころ転んだり刃物で切ったりしてケガをした時、綿にたっぷりオキシドールを沁み込ませ、傷口を消毒してもらいました。今は無くなりましたが、その後に赤チンを塗って包帯をして化膿するのを防いでいました。それはまさに「消毒」という言葉通り毒を消していたのです。

ところが農作物に農薬を振りかける行為も、オキシドールや赤チンと同義語の「消毒」では合点がゆかないのです。農作物の側から考えれば病気や害虫から守ることはある意味「消毒」なのでしょうが、農薬をかけた農作物は毒を消すどころか、毒を振りかけていると思うのです。こんな疑問を投げかけるのは私一人でしょうか?。

「転んだり 切り傷したり その度に オキシドールや 赤チン消毒」

 「作物に 農薬振り撒く こと同じ 消毒ですと 違和感もなく」

 「農薬は 農の薬と 書きまする 農毒じゃない 作物言ってる」

 「世の中にゃ 首をかしげる こと多い 凡人私 素朴な疑問」

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人間牧場

〇防災キャンプ(その3)

 体育館の中に自分たちが造った段ボールの家で一夜を過ごした子どもたちは、2日目のスケジュールに沿って活動を開始しました。朝食は防災備蓄しているアルファー米のご飯と、袋に入ったハンバーグをお湯で温めて皿に盛り、朝から中々豪華でした。まず前日作った段ボールの家の見学会を行い、各班の班長さんが自分たちの絵のセールスポイントを喋り、手の上がった子どもの意見に答えました。その後自分の班の家には投票しない約束で、全員が手を挙げる方法でグランプリを競いましたが、5班の家が圧倒的に多く、グランプリに輝き、ジュニアリーダー手作りの表彰状を授与しました。グランプリを獲得した家は壊さず、秋の公民館祭りに展示をするそうです。

防災キャンプ開会式
車いす体験
目隠し体験
スイカ割り
愛媛新聞地方版に載りました

防災スタンプラリーは、班ごとに分かれてチェックポイントを回り、色々な質問に答えたり、①新聞紙スリッパづくり、②車いす避難体験、③目隠し避難体験、④毛布担架づくり体験、⑤伝言ゲームを順次行いましたが、今年の防災キャンプは中学生のジュニアリーダーが大活躍をしてくれました。得点を競いながら防災の知識を学び、様々な体験をしました。前日降った雨で運動場は多少ぬかるんでいましたが、天気が回復して少し蒸し暑かったものの、殆どの活動を体育館でしたため熱中症にもならず、子どもたちは元気に活動していたようです。その模様は昨日の愛媛新聞地方欄に大きく取り上げられていました。

 今年から昼食を出さず12時に現地解散という方法を取ったため、スイカ割を楽しんでおやつにスイカや乾パンを出した程度にしたため、食事作りスタッフの負担も少なくなり、思った以上に片付けがスムーズに行われましたが、今日は私も少しだけ後片付けに参加しようと思っています。わが家の孫2人も参加しましたが、孫たちは帰宅後疲れも見せず、前日海開きしたふたみシーサイド公園のビーチに泳ぎに出かけたようでした。スタッフやリーダーにも恵まれ、一番楽をしたのは私だったかも知れないと思いましたが、気疲れと安堵で昨夜は中々寝付かれず、それでも眠るとぐっすりで、爽やかな朝を迎えました。

「防災の 備蓄食品 お裾分け 朝食豪華 ハンバーグ食べ」

 「防災の 知識・体験 それぞれに スタンプラリー 楽しく学ぶ」

 「あれやこれ アイディア凝らし いいキャンプ 新聞載って みんな喜ぶ」

 「少しだけ 精神疲れ あったのか 寝つきは遅く その後ぐっすり」

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人間牧場

〇防災キャンプが始まりました

 キャンプと言えば真夏の炎天下を思い出しますが、子ども体験塾では何故か毎年梅雨真っ最中のこの時期にキャンプをしています。最初から雨天を想定しているため、降っている雨模様の天気など、全く気にならないのです。今年も「防災キャンプ」として昨日と今日の2日間、廃校となった下灘中学校の体育館と運動場を使ってやっています。

キャンドルのつどい後のドラム缶風呂

昨日は町内のPTAレクバレー大会があったので、スタッフの中にはそちらに参加しなければならない人もいて、多少手薄でしたがジュニアリーダーの中学生が沢山来てくれ、思った以上に賑やかなキャンプとなりました。私は一応責任者だし、運営に携わらねばならないので、カメラで写真を撮る暇もなく、また12時集合のため昼食を食べるのも忘れるほどの忙しさでした。

防災キャンプなので、海のすぐ傍にある下灘コミセンに集合すると、いきなり1.5㎞の道を避難訓練と称し、会場まで長い列を作り重い荷物を担ぎ歩きました。一段落した後体育館内で開会式を行い、早速去年まで市役所に勤めていた武田さんを招いて講演を聞きました。武田さんはかつて中越地震の時現地に入って救援活動に加わったことがあるので、当時の様子をスライドでリアルに紹介してくれました。

 講演が終わると早速お楽しみの段ボールの家づくりです。まずみんなの知恵を出し合って家の設計図を作りました。その後製紙会社から貰って来た大量の段ボールを使って、各班ごとに段ボールの家を作るのです。子どもたちは決していい出来とは思えない家づくりに熱中し、とても楽しいホームレス村か難民キャンプののような家を作ってくれました。住まいを作りながら、アルミ缶でご飯を炊く準備を始めましたがこれが中々難しく、アルミ缶の上蓋を缶切りで切り取る作業から四苦八苦し、型紙で穴を4個開ける作業も、スタッフがリードしてやり、何とか間に合いました。

 その後お米を1合水とともに入れ、持ち寄った牛乳パック3枚を1㎝に切り、それに火をつけてアルミ缶の穴へ6秒~10秒間隔で入れて行くのですが、20分以上も集中できない子どもたちは、途中火が消えたり誤ってひっくり返したりのハプニングの連続でしたが、炊いたご飯は想像をはるかに超えた美味しい出来栄えでした。缶切りもマッチも既に子どもたちの世界では{それ何?」と死語になっていることに驚きながら、スタッフが作ったカレーをかけて美味しくいただきました。

「雨の降る 梅雨にキャンプを する無謀 防災キャンプ ゆえに意味あり」

 「集まって いきなり避難 指示を出す 1.5kの 道を歩いて」

 「廃校と なった学校 体育館 段ボール使い まず家づくり」

 「ビール缶 二個を使って ご飯炊く 悪戦苦闘 思った以上」

 

 

 

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人間牧場

〇週刊愛媛経済レポート

経済レポとの「往来塵」の記事

先日元愛媛新聞の記者で、今は週刊愛媛経済レポートの客員論説委員をしている宮住さんから、電話が入りました。愛媛新聞を定年退職したことは知っていましたが、経済レポートで仕事をしていたことは知らなかったので、電話の声だけながら久しぶりの弾んだ声を聞いてすっかり嬉しくなりました。

私は若い頃から新聞やテレビで紹介されることが多く、マスコミ関係の方とも親しいお付き合いをしていますが、宮住さんもその一人で、仕事を離れてもその面白い生き方に今も少なからず興味を持っています。地方紙の記者ゆえ海外に出ることは殆どないのが普通ですが、宮住さんは今も絶えず外に目を向けている数少ない国際派です。

さてその電話での取材を元に書いた愛媛経済レポートが一昨日、宮住さんから手元の届きました。かつて私が夕日に気狂いして夕日によるまちづくりを進めていた頃、「アサヒビール」に対抗して「夕日ビール」を造りたいと淡い夢を持ち、色々な行動をしたことがありますが、その顛末を宮住さんはちゃんと覚えてくれていたのです。

まるでビールの泡のように、その夢ははかなくも消え去りましたが、もし可能ならと密かにリベンジチャンスをと窺っていますが、世の中には面白い人がいるものです。そうそうついでの話ですが、宴会の席で、アサヒビールのレッテルを下にして「はい朝日の裏側は夕日、夕日ビールをどうぞ」と相手にビールを進て、爆笑やひんしゅくをかっています。(大笑いです)

「そういえば 夕日ビールを 造りたい 馬鹿げた夢を 描いて夢中」

 「あの夢も この夢さえも ビール泡 同じようです 私は夢喰い」

 「ビール瓶 朝日裏側 夕日です そんな戯言 言いつ宴会」

 「酒呑めぬ 体になって いるものの 夕日ビールは いつか必ず」

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人間牧場

〇夏至の日の金色の道

 昨日の夕方由並小学校の学校評議員会があり出かけましたが、少し時間的に余裕があったので、シーサイド公園の東駐車場に車を止めて階段式護岸から、綺麗な夕日を見学しました。昨日は一年中で一番昼の時間が長い夏至の日です。手元の自分が作った「夕日の時刻表」によれば、昨日の日没は19時23分でしたが、夕日が海に金色の一筋の道を作っていました。

6月21日夏至の日の夕日

今から30年も前に出版した自著本「昇る夕日でまちづくり」という本の200ページに、「ふたみの夕日夕焼け物語」と題して「西瀬戸の 海と空を染め分けて 詩情豊にしずむ ふたみの夕日は美しい 陽がしずみ始めてから 没するまで ゆったりとした 時の流れの中で 人の思いは深くなる 過ぎ去った歳月への 回想もあれば 明日への夢や希望もあるだろう 思えば地球上の人類は ひとつの太陽を見て 暮らしている 同じ夕日をどこかで 朝日として 見ている人がいるのだから 不思議である」という詩を載せています。

 203ページには「黄金色の道」と題して「夕日が沈み始めるころになると 海の上に黄金色の道ができる 夏は青島秋は水平線の彼方へと 道の行く手は違えども 黄金色の道はギラギラと輝いて 夕日に向かって伸びている いつか誰かとあの道を歩いてみたい」という詩も載せています。夏至の日の夕日夕焼けを見ながら30年前のことを思い出しました。

「夏至の日の 夕方近く 偶然に シーサイド公園 夕焼け見える」

 「わ~あ綺麗 海の彼方に ギラギラと まるで黄金 道のようです」

 「30年 前に出したる 自著本に 乗せた2題の 詩をめくり読む」

 「この夕日 どこかの朝日 ハガキにて 永六輔さん 今は他界で」 

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人間牧場

〇罪にならないのかビワ泥棒

 今年は冬の寒さがことのほか厳しく、南国四国でも里に積雪がありました。こんな年は寒さに弱い果物ビワは、花や実が凍死してしまい不作のようだと、近所の人が話していました。同じ組内に住む近所の人は、3年前農家の人にビワの接ぎ木をしてもらったようですが、3年目の今年は100個ほどなって袋をかけて熟すのを楽しみにしていました。

袋をかける前のビワの実
ご近所から頂いた熟したビワ

ところがそろそろ食べごろと思た矢先のこの数日前から、悪態の代表選手であるカラスの空中攻撃に遭い、僅かに3個だけ味見しただけで、残りの97個はものの見事にカラスの餌食となって、悔しがっていました。昨日雨の中傘を差してその付近を通りましたが、カラスが啄んだビワの袋に加え、ビワの皮や種がそこら辺に散乱して、醜態をさらけていました。

ビワ泥棒の正体は全身黒いカラスであることは、本人が目撃しているので明らかです。もし私がこのビワを97個も黙って採ったら、警察に被害届が出され私は罪になるはずですが、カラスゆえ被害届を出すこともできず、まさに完全犯罪が成立し泣き寝入りといったところです。昨日は追い打ちをかけるように被害に遭ったビワの木のそぐ傍に植えている、スイカが被害に遭いました。

 スイカはようやく花が咲き実をつけ始めていて、人間様が収穫して食べれるようになるのには、まだ1ヶ月近くかかる予定で、美味しくないはずなのに、有害鳥獣対策として張り巡らせた漁網をかいくぐって、3~4個も食べられたようで、踏んだり蹴ったりの被害にすっかりお手上げ気落ちのようでした。他人ごとではなくわが菜園にも同じ犯人と思われるカラスが飛来し、熟したトマトを2~3個持ち去られました。早速雨が上がれば天井網を張って空中戦に備えたいと思っています。さあ有害鳥獣と私の知恵比べ戦争です。(いいねボタンを押さないでください)

「袋掛け したビワカラス 標的に 空中戦にて 全て全滅」

 「ビワの木の 辺りは無残 ちらかして 戦争の跡 なま生しくも」

 「スイカまで 被害に遭って やる気失せ 怒り心頭 誰にはけ口」

 「他人ごと ではない思い 漁網張る 算段雨が 上がりゃ早速」 

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