〇親父の戒名
親父は96歳でこの世を去り、あの世へ旅立ちました。若い頃は小学校しか出ていませんが教師に色々教わり世の中にデビューしました。その後は自らが漁師として働いて生計を立て、老いた後は診療所の先生である医師のお世話になりました。そして死と同時に導師であるお坊さんの導きを受けたのですから、教師、漁師、医師、導師と、師の付く自分を含めた多くの人にかかわりを持ち続けた人生でした。
亡くなると、お坊さんが戒名をつけてくれます。その折院号か居士か聞かれますが、わが家は代々貧乏だし、歴史に名を残すような社会的地位もないので、戒名代はさておき母親が大姉だったため、一も二もなく居士を選びました。和尚さんは引導を渡すとき、その人の一生を思い出しながら、引導の言葉を述べますが、その総合的な結論を戒名にするのだそうです。
親父の戒名は「大網栄進居士」です。葬儀の明くる日のお寺参りで、戒名について和尚さんの薀蓄を聞きましたが、「大網栄進居士」という戒名はさすがにいい戒名だと感心させられました。親父は13歳で船頭をしてから70歳を越えるまで、60年近くも漁師をしました。貧乏だったため筆舌に尽くし難い辛酸をなめましたが、往時は腕の良い鯛網漁師として、下灘漁協の年間水揚げ高1~2を争う活躍ぶりでした。
また5t15馬力の小さな船で県外出漁し、伊豆の下田を基地に遠くは伊豆諸島の三宅島まで出かけているのですから、尋常とは思えない根性の持ち主だったようです。親父の名前は「進」です。戒名に名前の一字を入れてもらったことも大満足です。現段階では親父の生き方を越えていないし、今後も見込めないことから私も、何年か後にあの世に行く時の戒名は、多分親父と同列の居士になる予定だし、そうして欲しいと息子に頼んでおきたいと思っています。「大網栄進居士」という位牌を前に、今朝も線香を手向けて手を合わせました。
「戒名を 如何しますか 問われたが 母と一緒の 居士に落ち着く」
「和尚さんに 見てきたような 戒名を つけてもらって 私満足」
「大網で 鯛を沢山 漁獲した 親父栄進 位牌刻まれ」
「私にも つけるとしたら 居士似合う 歴史に刻む 功績もなく」