〇島根県からのお客さん(その2)
南さんに連れられてやって来た6人のメンバーに座布団を勧め、年輪切り株高座の周りへ車座になって座ってもらいました。そして約30分余り私が話した後自由討論をしましたが、好夢塾の皆さんは熱心で3時までも話し込んでしまいました。好夢員という言葉は私が若いころ作り、盛んに使った言葉ですが、退職して8年が経ったためすっかり忘れてしまっていた言葉でした。最後は夢の話になり「若松さんにはどんな夢がありますか?」と訪ねられドキリとしました。
私はこれまで夢を食べて生きてきたような気がするのです。26歳で結婚し4人の子どもを産み育てたい、30歳になったらアメリカへ行きたい、85歳まで生きたいなどなど、私の生活設計の時々に掲げた夢をことごとく手に入れていることを思うと、「夢はドリームではなくターゲットである」としみじみ思うのです。長さ10m、直径1m60cmのアラスカ産モミの木をくり抜いて丸木舟を造った切り株に会いにアラスカへ行きたいとか、双海町の夕日が朝日となって見える地球の裏側ブラジルリオデジャネイロへ行って朝日を見たいとか話しました。
私が最近よく使う、進化論を唱えたチャールズ・ダウインの言葉に、「強いものが生き残るのではない、賢いものが生き残るのではない、順応したものが生き残る」というのがあります。歳をとって若干進化のスピードが落ちたものの、潜在能力を大きくしたり、潜在能力を顕在化させる営みこそ進化なのだと順応の必要性について多少力説しました。
その後一行は人間牧場を視察した後、わが家の私設公民館煙会所や海の資料館海舟館を見に立ち寄りました。妻も若嫁もあいにく留守でお茶も出さずに失礼な接待になってしまいました。何人かは家庭菜園の中にある甘夏柑畑に入って甘夏柑を珍しそうにちぎって楽しんでいたようですが、昨日のうちに島根県松江まで帰るとあって、早々に引き上げて行きました。
かつて私も若い頃、南さんと同じように日本全国のまちや村へキーマンを訪ね、いろいろな教えを請うたものでした。その甲斐あっての今の自分がある訳ですから、特に若い人が煙会所や人間牧場の門を叩けば、許せる限り出会って面談し、持っているものはそんなにありませんが、請われるままにアドバイスをしてあげたいと思っています。それは自分の進化にとっても、また加齢による退化の速度を落とす意味からも大切なことだと思いました。そうそう今日も、若者が2人、来週の土曜日にも2人、私の元へやって来ます。私ももう少し進化をしなければ・・・・。
「若者が 人間牧場 煙会所 門を叩いて 教えを請いに」
「若い頃 私もまち村 キーマンを 訪ね旅した 懐かしき日々」
「手土産に 出西生姜 持って来る 今日は菜園 植えねばならぬ」
「高まりて わがふるさとに 恩返し 若いパワーを 少しいただく」