○座敷にかき餅を干しました
昨年の秋、友人の西岡栄一さんから「もち米を作ったから食べて下さい」と、何と30キロ2袋、つまり一俵ものもち米をいただきました。そのもち米を2回に分けて精米し、正月と人間牧場にかまど小屋ができたことを記念して開いたかまど開きのイベントに使わせてもらいました。後の残りを正月餅の切れた頃に一回使って餅をつき、そして旧正月に昔懐かしいか気持ちを作りました。ついた、作ったといっても別に私たち夫婦が手を汚した訳ではなく、生活改善運動に取り組んでいる妻の友人が2回とも「ついで」といって加工してくれたのです。
お陰様で正月からこれまで、朝食はパンを食べずお餅を2個ずつオーブンで焼いて食べているのです。餅は腹持ちがよいのか妻は少し餅太りのような気がしています。
私たちが子どもの頃には旧正月ともなると、一族が本家であるわが家に集まり、朝から晩まで餅をついていました。旧正月頃の寒の水に餅をつけると長持ちするという言い伝えを守っての作業だったようですが、餅と一緒にかき餅も沢山作りました。おやつとて余りなかった時代ですからこのかき餅はとびっきり上等なおやつで、砂糖の入ったかき餅をばあちゃんがもったいぶって、火鉢の上で箸で引き伸ばすと倍くらいな大きさになり、何枚も焼いてもらって食べたことを覚えているのです。
その後食油が普及してこのかき餅は油で揚げるとまた格別な味に変身しました。油で揚げるのは母の仕事で祖母は死ぬ間際まで練炭火鉢で焼いて姑と嫁の時代感覚の違いを見せ付けていました。
妻も私と同じように古い時代の人間ですから、「今年は西岡さんから貰ったもち米でかき餅を作ろう」と相談がまとまり、妻の友達がその夢を叶えてくれました。
一昨日まるでトランプのように小切にしたかき餅がモロブタに入れられて帰ってきました。一日だけ蒸して落ち着かせ、粗風に当てると割れるので、座敷を掃除して新聞紙を敷き、工夫して一枚一愛丁寧に重ね並べました。予想以上に多いかき餅に一人で悪戦苦闘しましたが何とか干すことができました。
子どもの頃は親の目を盗んで半乾きのかき餅を火鉢で焼いて食べたことを思い出しましたが、半乾きのかき餅は中に空気が入ってまるで枕のように膨れるのがこれまたたまらない至福でした。
「かき餅を 座敷に並べ 干しながら 幼な思い出 頭に浮かぶ」
「かき餅を 火鉢で焼いて くれた祖母 いつの間にやら その歳になる」
「かき餅が 乾けば仏壇 供えよう 俺もこうして 元気でいると」
「かき餅は 貧乏ゆえの 宝物 伝えたいけど 伝えられない」