shin-1さんの日記

○スズメとカラスの世界も田舎は過疎

 スズメといえばお米、カラスといえば長閑な泣き声で田舎の代表選手のように思われていましたが、スズメとカラスの世界では田舎に過疎化現象が起こっています。「えっ、そんなことはないでしょう?」と疑るのは無理からぬことです。童謡や童話の世界は殆どが田舎の物語ですが、そこに登場するスズメやカラスは紛れもなく田舎の自然と共存していました。

 先日東京へ出張してその姿を目の当たりにしました。まず空港ではカラスが出迎えをしてくれました。空港ではカラスが増えて飛行機のジェットエンジンに巻き込まれては大変とあの手この手で駆除しているようですが、カラスはジェットエンジンの凄まじい音にさえ慣れてくると平気だそうです。皇居の周辺の緑豊かな公園にもカラスがたくさんいました。また街中では収集を待つゴミの上にカラスが群がり残飯をついばんでいるのです。人間はその横を避けるようにして通っていました。

 夕方ホテルの前の歩道を散歩していたら、何やら騒がしい小鳥の鳴き声が聞こえてきました。スズメの大群が木という木に群がって騒いでいるではありませんか。鳥目といって夜は目が見えないから寝るのかと思いきや、不夜城のような眠らない都会では夜も明るいので、小鳥は24時間活動をしているのです。

 田舎からカラスもスズメもいなくなったとは思いませんが、これら都会派のスズメやカラスは一体何処から来たのでしょうか。勿論都会生まれ、都会育ちのカラスやスズメもいるでしょうが、田舎からひとっ飛びして来た田舎出身のカラスやスズメもいるはずです。過疎で人々の自然の営みが少なくなった田舎は食うものとて少ない、スズメやカラスにとっても住みにくい社会になっているのかも知れません。そこへいくと都会は残飯類の余り物とは言いながら、餌が豊富で日々の暮らしに事欠かないのでしょう。

 スズメやカラスからも見放された田舎の行く末を思うと何だか侘しくなりますね。その分イノシシが増えたのですから畜害があっても人間にすり寄ってくるイノシシを大切にしてやらなければバチが当ります。

 よくしゃべる人間をスズメのような人と表現します。数年前には「カラスの勝手でしょう」というギャグが流行りました。スズメもカラスも結局は人間が恋しいのです。

  「聞きましたスズメのお宿は何処ですかホテルの前の木々がホテルと」

  「都会ではゴミ食べ物を食い漁るカラスにだって糖尿心配」

  「東北のなまりすすめはスズメかも焼き鳥暖簾くぐってすすめ」

  「カラスさん鳩の豆までいただいて平気で平和のシンボルぶって」  

  

 

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shin-1さんの日記

○人間って素晴らしい造形物

 万国博覧会以来ロボットの話題が多くなってきました。子どもの頃に読んだ漫画の主人公であるピノキオや鉄人28号のことを考えると、人間が創造から具体的な造形物を造る技術は相当進歩したようです。多分コンピューターの普及がそれを可能にしたのかも知れません。しかし進んでいるように見えるロボット製作技術でも、人間のように2本の足で歩くようになるために要した研究の年月ですら、相当なものであったに違いありません。そのことを考えると人間は実に素晴らしい造形物だと思うのです。科学者が幾ら頑張っても人間以上の動きの出来るロボットはまだ出来てはいないし、これからも無理かもしれません。

 人間のロボット造りの発想は人間に代わって人間がすることを代役し効果を上げることから始まりました。車を製造する会社が組み立て過程において採用している技術システムは、人間の形こそしていませんがロボット産業でしょうし、その技術システムの開発によって効率は飛躍的に伸びました。しかし効率を高めた代償として合理化という名のもとに人間がいらなくなる皮肉な結果を生んでいるのです。ロボットは文句を言わないし、スイッチを入れれば自動的にこちらの指示通り動くのですから文句のつけようがありません。でもここで気がつくのはロボットにはスイッチがあるが人間にはスイッチがないということです。また人間は疲れても寝て起きたら、いつの間にか元気が出るという再生装置がついているのです。人間ってなんて素晴らしい造形物でしょう。そして私という人間造形物をいとも簡単に作った親父とおふくろは天才だと思うのです。勿論私という造形物を育てるのに長い年月をかけてはいますが・・・・・・。

 ロボット開発のもう一つの狙いは立派なロボットを造って一儲けしようとしていることです。万博会場で競った各社のロボット開発にかける熱意がそれを物語っていました。初物喰いの好きな人間の好奇心を誘い懐のお金を狙っているのです。高齢化社会の到来を見越して介護ロボットの開発が行われています。多分お金持ちは近い将来介護ロボットのお世話になることでしょうが、そんなロボットに払うお金があるのであれば、有り余る人間にお願いして人間らしい心の通った介護をした方が余程ましなはずです。

 ロボット開発の副産物は人間の研究かもしれません。ロボットの動きをより人間に近づけるには、人間の動きがどういうメカニズムで動くのか、徹底的に研究しなければなりません。多分今まで分からなかった人間の知的な動きは相当研究が進んでいることでしょう。人間故障の致命傷であるガンの克服もこうした研究からの方が、案外近道かも知れませんね。

  「僕というロボット造った父母は偉大科学者真似は出来ない」

  「足動く手までが動くこの不思議スイッチ入れずも意の向くままに」

  「切傷も何時の間にやら治ってる修理修繕した覚えなし」

  「髪伸びにゃ床屋行かずもよいものを生きてる証金を払って」

 

 

 

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shin-1さんの日記

○二つの木の根っこの運命

 今日は少し時間が取れたので人間牧場へ出掛け畑を耕しました。まだ何を植えるか決めないままの耕しですが、10年も放置していたみかん畑は荒れ放題で、カズラやハズの根が縦横無尽に地下茎を伸ばし、ノミ鍬で地中深く耕しながら草と根を丁寧に拾って行きました。先日の作業でノミ鍬を折ってしまったので、ホームセンターで4千5百円もの投資をして買った新品の鍬で耕しましたが、さすが道具が良いとはかどります。

しかし厄介なことに畑のあちらこちらにチエンソーで切り倒した木の根っこが埋まっており、これが厄介者で畑の真ん中に根を下ろして座っているのです。あせらずと思ってもやり始めると熱中して、今日は2つの大きな根っこをおがしました。その大変さを思うとゴロゴロある根っこが恨めしく感じられました。でもあせらずこの冬の作業としてやり遂げたいと思っています。

 昨日高知県奈半利町の坂本さんから電話が入りました。貰っている梁瀬杉の根っこについて私がハガキを出していたものですからその返事でした。何でも「佐川急便にお願いして送って貰うと6千円くらい送料がかかるが、着払いだと1万円を超える」とのこと、どう考えても不思議だと坂本さんは「私がお金を払います」と言っていましたが、私も不思議に思いました。早速「今日の便で送るから明日は車から降ろすのを手伝うように」指示がありました。明日はそのため何処へも行かず荷物が届くのを待ちたいと思います。

 同じ根っこでも人間牧場の根っこは鍬を折る程の厄介者、片や高知県の梁瀬杉の根っこは喉から手が出るほどの宝物、同じ地球に根を張りながら月とスッポンのこの差は何なんだろうと思いました。名もなき雑木に生まれた根っこは堀り上げられて焼却されるというのに、梁瀬杉に生まれた根っこは百年を超える年輪を刻んだといいながら人々に愛されるのですから・・・・・・。

 今日人間牧場で二つの根をおがして分かったのですが、春にチエンソーで切り倒した木の根は、雑木の力強さなのか根はしっかりと生きており、切り株から新しい芽が出ていました。このままにしておくと来年の春には再び木は蘇ることでしょう。可愛そうですが仕方がありません。おがします。

  「ノミ鍬で汗をかきかき根を掘れば地中のミミズ寒き地上に」

  「神様のお札いただき棚供え二礼二拍手モゾモゾ祈る」

  「地中では根と芽早くも春待ちの準備するよに大きくなりて」

  「もよおして畑の隅にひる小便ミミズ腫れした昔なつかし」

 

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shin-1さんの日記

○お気に入りのネクタイ

 高校を卒業し家業を継いだ私にとってネクタイやワイシャツは無縁な存在でした。初めてネクタイを締めたのは成人式、しかも自分でネクタイが結べず父親が藁草履を作るような格好で足の親指にネクタイを引っ掛けて輪を作り首へ入れてくれました。その後の青年団活動や転職もあって、あれ程違和感のあった肩苦しいはずのネクタイが、今ではネクタイをしないと何か忘れ物をしたような感じがするから、慣れというのは不思議なものです。

 余り服装にこだわらない私ですが、私の洋服ダンスのネクタイ掛けには40本以上のネクタイが無造作に吊り下げられています。その殆どは一年に一度も日の目を見ない無用のネクタイですが、何故か捨てがたいものばかりで相変わらずそのままの状態です。

 私はネクタイを選ぶ基準はありません。普通の男性だと季節や会合の相手に合わせて選ぶようですが、どうせ似合わないと鷹を食って無造作に愛用の数本の中から似合いそうなものを選らぶのですが、妻はそんな私に「それは似合わない」とか「これをして行ったら」とか注文をつけます。最後は私の「うるさい、これにする」で決まるのです。

 先日息子が「お父さんこのネクタイ貰っていい」と唐突に言うのです。私のネクタイを欲しがる息子も私に似て無頓着だと思いました。私が好みに合わないと思っていたネクタイなのに気に入って使っていますが、息子は背も高く親が言うのも何ですが、結構男前なのでそのネクタイがとても似合っています。ネクタイも親子兼用なんて時代が来たと思っていたら、まとめて4~5本息子に取られてしまいました。

 退職したらもうネクタイも不要だと思っていましたが、大学の講義や全国を巡っての講演活動にはまだまだネクタイが必要なようです。先日も妻や娘が退職記念にネクタイをプレゼントしてくれましたが、ここに来て役に立つかも知れません。しかし妻や娘はお高い一流メーカー品をくれたのですが、先日東京下町へ行くと1本千円なんてネクタイがたくさん売られており「あの金額なら10本買える」と、帰って妻に話すと「あなたには猫に小判だ」と詰られました。

 妻と娘に買ってもらったネクタイを締めて講演会に行きましたが、ある女性が「いいネクタイしてますね」と褒めてくれました。結局はネクタイしか、はいネクタイしか褒めてくれませんでした。結局は締めやすいお気に入りのネクタイを締め今日も出かけました。

  「このネクタイちょっと派手だと思ったが似合うといわれて思わずニンマリ」

  「ある女性ネクタイ贈ってくれましたもてない夫に妻やきもせず」

  「流行に遅れたはずのわがネクタイ息子の首をシャキリ飾って」

  「虫干しのつもりで締めたネクタイをくれた女性は忘れてました」

  

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shin-1さんの日記

○布団が恋しい季節

 朝晩冷え込んだり、テレビの天気予報で「明日の朝は放射冷却現象で・・・・」とか、「シベリアから寒気の吹き出しが・・・・・」なんて聞くと、ついつい憂鬱になって朝布団から出にくい季節になりました。日本ではベットが主流の洋風生活がすっかり定着しましたが、私は何故か畳に布団を敷いて寝ています。もう60年間もやっている習慣ですからあのギシギシするようなベットには寝れません。そう言いながら旅に出たときはそんなに違和感もなく寝ているのですから、それは私の錯覚に過ぎないのです。でもでも畳の布団で寝ることが私のこだわりなのです。

 私たちは夫婦が同じ布団に寝ています。聞いた話ですが最近の夫婦は別々の布団や別々の部屋で寝る人が多くなったといいます。私にとっては結婚以来続けている習慣なのでこれも私のこだわりでしょうか。お蔭様で夫婦喧嘩もしますが同じ布団に入ると何故か仲が直って離婚するでもなく35年間夫婦を続けることが出来ました。勿論4人の子宝も全てこの布団の中で製造してきましたから、私たち夫婦にとって布団は子ども製造機であると同時に夫婦愛倍増機といったところでしょう。

 寒くなると布団の中ではお互いが湯たんぽの役割を果たします。冷え性の妻は私のマタクラに平気で足を突っ込んできます。おっと、卑猥な表現になりつつありますのでここらで止めますが、兎に角夫婦が同じ布団に寝ることは会話も弾み、いいことだらけだということを強調しておきましょう。

 布団は柔軟体操の場にもなっています。風呂から上がって汗が引いたころ、命の貯蓄体操で覚えた幾つかの体操をするのが日課になっていますが、お蔭様で体の調子もいいようですし開脚はこの歳になっても180度開くにですから布団体操に感謝しています。今は羽毛布団を利用しているので昔のように何枚も重ね布団をしなくてもすみ楽チンです。冬は夜の時間が長いですから昔のように枕元に電気をつけて読書をすることも考えていますが、妻は布団に入って旅番組を見ながら眠気を誘うのが日課、多少の考えや行動の違いは譲り合いましょうか。

  「妻曰くあなたと寝ると暖かいそんな夫婦を羽毛布団が」

  「えっあんた別々寝てる嘘でしょう夫婦は同じ布団で寝るもの」

  「風邪ひいた妻と寝てもうつらない免疫効果注射より効く」

  「世界地図描いた昔が懐かしい布団思い出風にさらして」

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○短い言葉の数々

 デパチカといえばデパート地下の食料品売り場、デパオクはデパート屋上の遊技場と、まあこんな風な短い言葉が若者の間では日常語として使われています。中年?いや実年組の私たち少々時代に遅れ気味?の人間には、理解に苦しむような短い言葉が次々登場しています。

 昔の歌が再度流行った頃ナツメロなる言葉がお目見えしましたが、カタカナで書いているものですから私たちはてっきり英語とばかり思っていましたら、何と「なつかしのメロディー」の頭を取った略語だったのです。

 私は幾つ短い言葉を知っているのか考えてみましたが、正直なところなかなか思い浮かびませんでした。あなたは幾つくらい言えるでしょうか。ちょっとここで一休みして考えてみて下さい。

 カーナビ(カーナビゲーション)、セクハラ(セクシャルハラスメント)、デジカメ(デジタルカメラ)、コミセン(コミュニティセンター)、トレセン(トレーニングセンター)、トレパン(トレーニングパンツ)などなど、馴染みの言葉から新語まで様々です。しかし短い言葉もみんなが使っているからという安易な考えで使うと、良識を疑われるような言葉もあります。何年か前簡易カメラが登場しました。通称「バカチョン」というカメラですが、観光地へ行くと必ず売っていて便利なものです。ピントもシャッターも自動で調整してくれ、カメラに慣れていない人でも簡単に、「写るんです」という流行語そのままに写るカメラです。しかし同和教育的見地からいうとこれは馬鹿とチョンを組み合わせた差別的発言となるのです。

 朝晩寒くなった今でも若者はこんな暮らしをしているのかな?と思うのが「アサシャン」です。朝髪をシャンプーすることですが、私たち実年組には風呂やシャワーに入って髪を洗うのなら分かりますが、洗面台の前の狭いシンク手洗いで髪を洗うなど殆どしません。「あー私も若くない」としみじみ思います。最近は整髪用のスプレーやムースの登場で、今お風呂から出て髪を乾かしていないのではと思われるようなしっとり髪の女性をよく見かけます。職場にそんな女性がいたので「朝風呂入ってきたの?}と聞き、その女性がキョトンとしていたのを思い出しました。

 言葉は時代を映す鏡ですから、どちらかというと都会から田舎へ、若者から実年への流れで生まれては消えて行きます。日本語なのか外国語なのか、正しい意味さえも分からず、ついつい使ってしまうことだってあるでしょう。流行語大賞などであおるものですからちょっと、いや相当日本語も乱れています。正しい日本語が話せるよう努力したいものです。

  「合唱をハモルと聞いてミスル年何の意味だかチンプンカンプン」

  「ナタデココ食い物だとは知らなんだ子どもの頃に喰ってないから」

  「ドレメなる花嫁修業の場のありて姉ちゃん行ったが言葉分からず」(ドレメは服飾専門学校)

  「フロマネは風呂屋の親父じゃありませんフロアーマネージャーの略語です」

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○あちこちにセカンドハウス

 世の中の暮らしがリッチになったのでしょうか、町内のあちこちに立派なセカンドハウスがお目見えしています。「歳をとって定年退職したら、海の見える夕日の美しい場所にセカンドハウスを立て、社会の喧騒から逃れて自由気ままに生きてみたい」という夢は現代男性が描く老後のシナリオです。

 しかし田舎暮らしはそんなに甘くないことを肝に銘じておかないと、「こんなはずじゃあなかった」と後悔をするのが落ちです。心得を少し話しましょう。

①人生の生活設計

 自分の人生の生活設計なしにセカンドハウスの計画はありません。田舎暮らしは不便だから良いのであって、不便を便利にする必要はありません。電気だってランプにした方が楽しいのです。しかし都会暮らしに慣れた人はパソコンも瞬間湯沸かし器もウォッシュレットのトイレまでも持ち込みます。しかし肝心なのは「あなたはこのセカンドハウスを誰と何時までどう生かすのか」という生活設計がなければいけません。例えば60歳から田舎暮らしを始めたとします。車の免許を持って運転できるのはだいたい75歳までです。さらに定年後は仲間も限られてきます。また夫婦が長生きするという保障は何処にもありません。そう考えると自分の人生の生活設計なしにセカンドハウスを求めるのは、海図と羅針盤を持たずに航海に出るようなもので後で後悔します。

②土地を選ぶ条件

 土地を選ぶには、まず風景の良い所と土地が安い所を考えるものです。ところが風景の良い所は風が強く、水を引くのに不便、道が狭いなどの制約が必ずあります。また地価が安くても造成や許認可、道、上下水道などに思わぬ付帯工事費がかかります。土地は遠くから眺めて見るとよく分かりますが、前面の見晴らしもさることながら、背後の風景も面白いもので、クヌギやナラなど季節感が味わえるような落葉樹が茂る林は最高でしょう。要は丹念に足を運び理想の場所を幾つか選び、家族の了解を取り付け事を運ぶと上手くいきます。

③資金計画と夢の設計図

 夢は得てして大きいものです。「大草原の小さな家」のような映像を見、「セカンドハウス」のような本を読むと必ずといっていいくらいログハウスが欲しくなります。事実セカンドハウスはログハウスが圧倒的に多いようです。しかし高温多湿の日本の風土に必ずしも外国の建築物が合うかというと問題です。資金に物を言わせ馬鹿でかいものを建てると、維持管理に余計な費用がかかります。何処と何を不自由にするか、この不自由さが田舎暮らしのハラハラ・ドキドキ・ジーンなのです。

④地域のコミュニティとの接合

 突如として田舎の原風景の中に違和感のある施設を持ち込む愚かさを、地域の人は意外と冷たく感じるものです。その人だけならまだしもその人に繋がる人が、車と土足で踏み込むと地域のバランスが崩れるものです。地域の人とあいさつができたり仲良く付き合うにはそれ相当の覚悟が必要でしょう。人間関係の煩わしさを断ち切るために田舎暮らしをしたいのなら、考え直した方が賢明かも知れません。人間の行く所、人間の暮らしのある所必ずコミュニティはついて回るのです。

 かくいう私も田舎者でありながら田舎暮らしを人間牧場で始めようとしています。しかし先に述べた4つのことは注意をしているつもりです。田舎暮らしを楽しむためにも・・・・・・・。

  「セカンドといえるかどうか分からない犬小屋ハウスに夢を託して」

  「今やれる青春求めて建てた家ウトウト昼寝蜂が覗きに」

  「金持ちと言わんばかりの家が建つオール電化の都会持ち込み」

  「あいさつをしても返さぬ都会人車よけろと言わんばかりに」

 

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shin-1さんの日記

○土産に饅頭

 「自分が旅に出る」「人が視察に来る」、そんなやりとりの世界にいる私の元へは全国の手土産が買ったり届いたりで、年中無休ダイエット中の私の妻を悩ませています。手土産は大きく分けると砂糖に塩にアルコールの3種類でしたが、最近はわざわざ宅配便で送ってくれる自然食品までまちまちです。砂糖で圧倒的に多いのは饅頭や洋菓子、クッキーなどですが、本当はこれが一番舌触りがいいものですから、包み紙を開ける前からヨダレが出そうなものが沢山あります。早速渋いお茶を入れ、貰った人のことを話しながら口に運びます。甘さを抑えないと売れないから、そんなにカロリーも高くないと調子に乗れば、付けは必ず体重計や下腹が証明してくれるのです。

 塩は味噌、醤油、せんべい、漬物などですがこれがまた白いご飯に合うものですからつ、いついお変わりです。野菜だからと気を許すのですが塩分の取り過ぎは成人病の原因になります。これも要注意でしょう。

 地酒と称するアルコール類も豊富です。箱やビンにも凝ったものが多く、焼酎ブームにあやかって日本酒の苦戦を尻目に焼酎が店先を独り占めしそうな勢いです。

 近頃は視察に来ても議員さんなどは重い荷物を持つのが苦手なのか、先か後に宅配便というのもありますが、野菜や果物が一箱ドーンと送られてくる事だってあります。

 こうしてみると日本人は余程土産好き人種とお見受けします。私などはこれ程旅をしても余程のことがないと土産は買いませんが、出会いの数の多い私の所へは左様なことで土産物が集まってくるのです。しかし大家族だった私の家も気がつけば息子とおじいちゃんを加えた標準的な4人になって、消費はそれほど多くはなく、勿体無いものですからついつい近所へおすそ分け、ところがおすそ分けはおすそ分けの原理を生んで、また珍しいものが届くという珍現象は際限なく広がってしまうのです。

 賞味期限も気になります。昔だと賞味期限なんて気にする前になくなっていましたが、今は期限を見てから食べる習慣がついて、妻は包みを開けると箱にマジックで大きく○月○日と、賞味期限を書いているのも勿体無い生活の知恵でしょうか。

 先日八幡浜へ講演に行った折、校長室で饅頭談義に花が咲きました。PTA会長さんが和菓子屋のご主人だったものですから、お茶請けは日の丸みかんと饅頭でした。薄皮饅頭をいただきましたがほっぺが落ちるほど美味しかったです。なんでもご主人のおじいさんは百歳を超えているそうで、「百歳饅頭」をおじいちゃんに作ってもらって売り出したら売れる知れないと、大笑いをしました。でもひょっとしたらひょっとして売れるかも知れません。その時は私が宣伝部長を勤めましょうと言って分かれました。その学校は妻の母校なものですから、その時貰ったお菓子を昨晩いただきながら「百歳饅頭」を語りました。

  「これ喰えば百まで生きる饅頭を作れば売れる甘いお話」

  「百爺が私の仕事の道しるべ次は私が娘導く」

  「小学生相手に話難しい大人言葉を言ってもチンプン」

  「大切なものは何かと訪ねたら家族と言った笑顔忘れじ」

 

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shin-1さんの日記

○蚊がブーンと飛ぶから文化

 私の友人に福岡県柳川の広松伝さんという人がいました。「いました」と過去形で書きましたが広松さんは先年病に倒れ帰らぬ人となりました。まちづくり人なら誰でも知っている伝説の人ですが、掘割下りで有名な柳川の生命ともいわれる堀割を残す運動に携わった広松さんは、度々愛媛県にも来られました。

 佐多岬の青石文化を考えるシンポジウムで同じステージに上がりましたが、朴訥な語り口は燻し銀の風格を漂わせていました。夜なべ談義ではめっぽう酒が強くて、お互い夜中まで飲んでいました。酔うほどに文化論に熱がこもり面白い話をしたことを覚えています。

 「若松さんおらの街は文化がある」というのです。「そりゃあそうでしょう柳川3万石んぽ城下町、北原白秋のふるさと、掘割下り、柳川鍋だってある有名なところですから」と私が知ったかぶりで柳川を評すると、彼が「違う違う、柳川には堀がたくさんあってこの堀に毎年夏になると蚊がブンブン飛部のです。だからブーン蚊なのです」と思わず吹き出してしまうようなジョークを返しました。その時は酒によって気付きませんでしたが、この言葉は今になって思えば「柳川の文化は掘割なしでは考えられない」と言ったのだと思いました。

 私たちの仲間もそろそろ仕上げの年齢、今年も何人かの仲間が天国へ召されたので遺族の方から「喪中につき年末年始のごあいさつは遠慮します」とはがきが届くようになりました。そのはがきを見ながら一人一人の顔やエピソードを思い出しています。天国でも私のことを思い出してくれてるかなと、思わず天井を見上げました。

 柳川の広割といえば水、水といえばメダカの学校の川口壽雄校長先生も天国行きの列車に乗って帰らぬ旅に出ました。昨年私がチエンソーで足を切ったとき偶然にも同じ病院に入院していた病院着の姿が今も頭から離れません。

 人は何処から来て何処へ行くのでしょう。広松さんや川口さんの分までもう少しこの世の中で働かせてください。あと25年したらそのうち参ります。

  「喪中につきそんなハガキが届く度思い出すのは楽し日々のみ」

  「死ぬ死ぬと言ってる人が長生きし元気売り物急に亡くなる」

  「無事退院兄嫁電話弾む声酒を飲むぞと大いに威張る」

  「腰曲がる頭白髪で歳なんぼ聞かれたけれど答えすべなし」

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shin-1さんの日記

○高校の先生が児童買春

 新聞の3面記事には様々な事件や事故がニュースとして、毎日のように紙面を賑わせています。昨日まで東京出張で留守にしていたので、二日分をまとめて読みました。殆どの記事はホテルや駅の売店で買った新聞で読んでいるのですが、愛媛県内のニュースはローカル紙面しか扱っていないので、二日たったとはいえ目新しく感じました。

 一番驚いたのは事もあろうか県立高校の先生が児童買春をしたというショッキングなニュースでした。9月中旬から3回、松山市内のホテルで18歳未満の無職少女と知りながら、偽名を使いみだらな行為をしたというのです。お金を計6万8千円渡していました。学校では生徒に人気の真面目な先生だっただけに関係者の驚きや落胆は相当なもののようです。

 先生は昔から聖職といわれるような超自我の世界にいる人たちです。絶対悪いことはしないという信頼があるから、生徒も親も信じてついて行くのです。ところがこの先生は聖職ならぬ性殖でした。

 このような事件があった場合学校の校長先生の言葉は決まっており、「信頼していたのに残念、今後このようなことがないよう、職員一丸となって信頼回復に取り組みたい」と疲労の色を滲ませ深々と頭を下げるのです。

 教育長さんは「二度とこのようなことが起こらないよう再発防止に向けて通達を出しました」でしょう。

 子どもたちにとってこうした大人の行動や対処方法は心にどう響くでしょうか。信じていた先生の信じ難い行動が引き起こした残念な事件は、何故か当分の間鳴りを潜め、また一定の周期で繰り返されているのです。他校の校長先生は自分の学校でなくて良かったと胸をなでおろし、定年までは大過なくと祈るような気持ちで、教育委員会のお墨付きという通達を武器に、上から下へ厳しい指導を行なっているようです。

 先日の愛媛県小中校長会主催のシンポジウムにパネリストとして登壇した時も言わせてもらいましたが、

学校や教育委員会が常識だと思っていることは社会の非常識であるということを、もう一度考えて欲しいと思います。今回の事件は先生たちの心の中に潜む「日常の抑圧された意識」が生んだ出来事だと考え対処なければ次のステッアップは望めません。人は食欲と同じく性欲や睡眠欲、学習欲など様々な欲持っています。その欲をコントロールするのは学校という組織ではなく、自分であるということに気付くことが大切です。つまり自分というもう一人の自分と向かい合い、二人の自分を高めなければ解決しないのです。「自分は一人で二人などいるものか」と反論されそうですが、自分というもう一人の自分をコントロールする自分づくりが求められているのです。

 子どもを育てる場合もそうした自分づくりをすれば、心の強い子どもが育つはずです。

  「俺だって不倫のひとつもしたいけどしないできない自分の強さ」

  「ああまたか薄い頭の校長さん苦汁滲ませ深々詫びる」

  「センコウは言うことやること違うから好きじゃねえんだ文句があるか」

  「寂しいね教師という名の星一つ消えてなくなる心が痛む」

  

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