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〇少数与党の苦悩

パーティを巡る政治報告書に不記載が発覚したことに端を発した政治の混乱で選挙で自民党が大敗して議席を減らしました。その結果来年度の予算にも影響を及ぼし、少数与党となった自民党は重要なかなめである予算委員長の役職まで失い、勢いづた野党は数の理論で様々な修正案を突き付けて押し切ろうとしています。長年のおごりが招いた結果だけに仕方がありませんが、このままでは予算案が年度内に成立するか微妙な所のようです。関税で他国を手玉にとろうとしているトランプ大統領の行方も気になるところですが、グリーンランドに続いてパナマ運河を、さらにはガザ地区にまで影響を広げようとしてるアメリカは次々と国際機関からの脱退を表明し、私たち素人にも危うさを感じています。どうなる世界の秩序です。石破首相とトランプ大統領のトップ会談が近づきました。

 

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〇伊予路に春を呼ぶというが・・・・

伊予路に春を呼ぶという椿さんが今日から始まり、大勢の人が参拝に訪れている様子がテレビで放映されていました。しかし春を呼ぶという言葉とは裏腹に、立春を迎えたというのに、日本列島全体がまるで冷蔵庫に入ったようなこの冬一番の寒波に見舞われていて、北海道帯広では12時間で、120㎝もの積雪があったようで、町全体が雪に覆われていました。雪に慣れていない四国愛媛でも南予を中心に積雪が見られ、高速道路も伊予インターから宇和島までは通行止めになりました。4日前南予に出かけましたが、早かったため難を逃れました。今回の寒波はかなり長いのが特徴のようです。

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〇1万人いた人口が3,200人になりました

私たちの町の人口は昭和30年に町村合併促進法によって、灘町と下灘村が合併して双海町が誕生した頃は、1万人を越えていました。あれから70年があっという間に過ぎ去りましたが、東京オリンピックを境に人口が減り続け、おおよそ毎年年100人の人口が減った計算になります。東京さえも、増えたり減ったりする時代ですからこんな田舎の人口が増える訳がなく、3千人を割るのも時間の問題のようです。なぜ人が減るのか?、働く場所もなくガソリンスタンドもない不便な田舎ゆえ、便利さや快適さを求める時代に増えるはずがないと諦めていますが、私は人とは逆で、ここほど済むのにいい所はないとむしろこの町に魅力を感じて今を楽しみ、ある意味見せびらかして生きています。人口問題研究所が近い将来予測として、人口ゼロになる消滅市町村を発表していますが、私だけでも残るのでゼロのなることは絶対にないと意気込んでいます。

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〇志はどこから生まれてくるのであろうか

私は23歳の時85歳まで生きたいと思いました。そして生きている85歳までにやりたいことを生活設計表に書いて天井に張りました。26歳で2つ違いのK子さんと結婚し、4人の子どもを産み育てたいとも書いていました。しかも30歳になったらジョン万次郎に憧れ「アメリカへ行きたい」とまるで夢みたいなことを書いていました。80歳になった今過去を振り返ってみると、26歳の妻は1歳違いの繁子さんになりましたが、予定通り4人の子宝に恵まれ、30歳になった時、第10回青年の船に乗ってアメリカへ本当に行けたのですから不思議です。孔子の論語の中に「心から湧き出て来るものがなければ心は開かない。思わず何かを語ろうとしてももどかしい思いに駆られるようでは外に向かって何も出てこない」と自主的、自己探求心の志を生む出発点は自己啓発であると諭しています。80歳を前にして100歳まで生きたいと、軌道修正して公言していますが、味わい深い言葉です。(大笑い)

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〇暗闇を照らす港の灯台

わが家の庭に出てみると、周りが明るい間はその存在が分かりませんが、日暮れから夜明けまで上灘漁港の赤い点滅する灯台がよ~く見えます。海の上で生活した経験のない人には、中々その存在価値が分からないのですが、灯台は昼も夜も24時間、休むことなく点いたり消えたりを繰り返しています。どこの灯台も同じに見えますが、実は灯台によってすべて違うのです。例えば下灘の豊田漁港は点いている時間が3秒で消えている時間が5秒だったり、上灘漁港と違った輝きをしているのです。暗闇や霧の中でも海図を見るとどこの港の灯台であるかが識別できるようになっていて見間違えないような工夫が凝らされているのです。暗いほど存在感を増す灯台を目指して進む漁船を見る度に、漁師をしていた頃を思い出しては懐かしみますが、いつか私もこの灯台のようにな人に頼られる人間になりたいと思いましたが、夢を果たせずこの年齢になりました。

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〇拾った鳥の羽根

昨日わが家の庭を歩いているととんびが空高く飛んでいました。すると何やらヒラヒラと舞い落ちるのが見えました。何と言うことでしょう。それはトンビの羽根でした。拾い上げこれは幸運の印に違いないと勝手に思いました。家の中に入りインク壺に羽根元をつけて、古風にも書いてみました。残念ながら私の力では上手く書けませんでしたが、それでも味のある文字が書けました。

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〇ヤッホー切手シートが9枚も当たったよ

400枚の年賀状を出し、400枚状の年賀状が届いた今年のお正月でしたが、先日息子が郵便局からお年玉付き年賀はがきの当選番号を持って帰ってくれました。400枚以上の年賀状の中に一等30万円が当たるとあって、欲の皮の突っ張った妻は一枚一枚丁寧に調べていました。毎年のことゆえ私は「当たるはずがない」と調べもしませんでした。むしろ私はお金では買えない100枚に3枚しか当たらない切手シートが欲しくて毎年の切手シートを集めています。案の定切手シートが9枚当たっていました。早速郵便局へ引き換えに出かけました。局員さんがおめでとうございますといってくれました。115円と85円の2枚セットでした。早速当選番号の方にお礼のはがきを出しました。

 

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〇お金がありませんので泊めてくれませんか?

先日見知らぬ老人が訪ねて来ました。人は見た目で判断してはいけませんが見るからにみすぼらしい恰好をした人でした。聞けば「お金がないので泊まるところがありません。野宿も考えましたがこの寒空では寒くて耐えられません」とのことでした。「むさくるしい所ですが煙会所ならどうぞ」と言うことで泊めてあげました。その日は比較的暖かかったものの、ストーブを一晩中焚いて部屋を暖かくしてあげ布団を敷いてあげました。空腹だからとお餅を焼いて少しばかりの接待をしました。知らない人を泊めることはご法度です。妻が言うように「今流行りの居直り強盗だったらどうしよう」と眠れぬ夜を過ごしました。その方は朝が早いようで、布団をきちんとたたみ、置手紙を残して去られてようでした。「暖かいおもてなしに涙が出て止まりませんでした。お礼を言ってお暇するのが礼儀ですが、お許しください。ご家族のお幸せを祈ります。ありがとう。ありがとう。ありがとうございました」。短い文章ながら心がほのぼのとしました。

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〇雪道の嫌な思い出

私は若い頃鳥取県へ行く途中、ちょっとしたスリップ事故に遭いました。征瀬戸大橋を渡り蒜山高原までは順調に進みましたが、長いトンネルを越えて鳥取県へ入った途端雪が増え、雪道に慣れていない私はとりあえず前に進むしか方法がありませんでした。冬用タイヤもチェーンもなく気をつけて走ったつもりでしたが、その内横滑りしてガードレールにぶつつけて自損事故を起こしてしまいました。講演先の車で迎えに来てもらい何とか講演を終えたものの、事故した車で帰るのは無理と判断し公共交通で帰ることにしました。講演中に置いた車を広島の知り合いの車屋さんの台車で運んでもらい、私より先に車が帰るという何とも奇妙な出来事でした。忌まわしいあの雪道の事故を思い出す度に「雪道をあなどってはいけない」と肝に銘じています。

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〇サンデー毎日のはずですが・・・

「何でそんなに忙しいの?」とか、「退職したら何処へでも連れて行ってやると約束していたのに、何処へも連れて行ってくれない」と妻から文句を言われていますが、「そのうち、そのうち」と期待を持たせながら一向にその約束を果たせないまま時が過ぎています。連れて行きたいのは山々ですが、やることが多過ぎてしばらくの間は行けそうにもありません。妻は半分諦めていて、最近購入した50インチの大型画面のテレビを買ったことをいいことに,旅番組などを見ながら楽しんでいます。そうは言いつつ自分で運転して行けるのももうここ2~3年ではないかと思うと、急がねばと思う今日この頃です。

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