人間牧場

〇私は名もなきに等しい田舎のおじいさんですが・・・
 何日か前車を運転しながらカーラジオを何気なく聴いていると、あるラジオ番組に出演した人が、「今は合併して伊予市になりましたが、双海町という夕日の美しい町に若松さんという情熱的な人がいて、様々な地域づくりを長年にわたってやっています」と喋り始め、「えっ俺のこと?」とビックリしました。

 JR下灘駅やシーサイド公園にまつわる物語をかなり長い時間紹介していましたが、その夜その人から私の元へ電話が掛かって来て、「ラジオ番組であなたのことや双海町のことを前もっての了解もなく喋りました。お許しください」と詫びられました。むしろ嬉しいことなのでお礼を言いましたが、ふと昔のことを思い出しました。


(永六輔さんから私に届いたハガキ)

 晩年パーキンソン病を患い、もう黄泉の国へ旅立ちましたが、マルチタレントとして大活躍をした永六輔さんも、自身のラジオ番組で私がやった夕日によるまちづくりを全国放送で紹介してくれました。そのことが縁で夕日のハガキのやり取りが始まり、わが私設公民館煙会所へもやって来たり、フロンティア塾40回目玄冬塾の講師として双海潮風ふれあいの館で講演をしてもらいました。

 

 双海町の栗坂愛先生は只今愛媛大学の大学院大学に通っていますが、その授業で、講師を務めた島根県益田市の大畑伸幸さんやコミスク副代表の遠藤先生が講義の中で私のことを紹介してくれたそうです。常々「他の人が自分のことを語ってくれれば一人前」と言っていますが、まだ半人前で一人前には程遠いながら、あれこれ語ってくれる人がいることは嬉しいことです。恥ずかしながらさらに磨きをかけるようこれからも頑張りたいと思います。

 

 

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