〇イチョウの葉っぱが黄色く色づくのも紅葉と言うのだろうか?
すぐ山すぐ海と形容される急峻な地形のわが町なので、私の家の前にそびえる本尊山周辺などは、植林や造林が全く行われていない自然林です。こんな山は買い手もない値打ちのない山だと思われてきました。しかしよくよく考えてみれば、人間の植えた杉やヒノキが生い茂る山は不自然林のような気もするのです。
だとしたら、クヌギやハゼなどの雑木が生い茂る本尊山周辺は人間にとって価値のある山だと言わなければなりません。何年か前一関の金森さんに招かれて一関室根町の公民館へ講演に出かけました。その背後の室根山は宮城県唐桑の漁師さんたちが「海は森の恋人」と称して、山に木を植えたことで有名です。その運動を主導したカキ漁師畠山さんと、後に同じステージに座ってシンポジウムをしましたが、それらのあれやこれやは忘れられない思い出です。
今はもう真冬なのに地球温暖化や暖冬のせいでしょうか、本尊山周辺はまだクヌギ類の落葉樹が茶褐色の葉っぱをいっぱいつけています。わが家の家庭菜園の甘夏果樹園のすぐ後ろに、ギンナンを採る目的でイチョウの木が植えられています。持ち主のおじさんは既に亡くなっているため、その周辺も今ではイノシシの住処となって、荒れるに任せせていますが、そのイチョウの葉っぱがそれは見事に色づいています。
イチョウの葉っぱは黄金色なので、紅葉とは言わないのでは?と、馬鹿なことを考えながら紅葉ならぬ黄金葉をしみじみ眺めています。クヌギやイチョウのなど落葉樹の葉っぱが地上に落ちて積もり、その上に雨が降って微生物が分解し腐葉土となる、その腐葉土を潜り抜けた養分を含んだ雨水が川から海へ流れ出て、海への恵みをもたらすのですが、私たち人間はいつの間にかそのことを忘れて、水を飲みながら生きているのです。水の恵みを今一度考えたいものです。
「価値のない 山だと思って いたけれど 自然林こそ 命源」
「漁師さん 山に木を植え 訴える 海と森とは 恋人どうし」
「クヌギなど 落葉あるから 水綺麗 当たり前だが 当たり前じゃない」
「イチョウの葉 紅葉ならぬ 黄金葉 これもやっぱり 紅葉言うのか?」