〇新聞の訃報欄
先日2日続いて新聞の訃報欄に悲しい訃報が載りました。一人は元魚島村村長だった佐伯眞登さん、もう一人は愛媛大学准教授の丹下晴喜さんです。佐伯さんは88歳でしたが、丹下さんは55歳という若さでした。丹下さんとの出会いは、長女が結婚する時婿が同じ大学に勤めていたこともあって、見届け人のような感じで結婚式に列席してもらった時からでした。
その後、当時の法文学部長さんと丹下さんが双海町役場へ見えられ、法文学部総合政策学科の非常勤講師をして欲しいと頼まれ、町長さんとも面会し了解を得ました。間もなく合併により役場を退職してから10年余り、年間30コマ60時間4単位の、私にとってはかなりハードな週1回の講義を続けましたが、その窓口となってくれたのが丹下さんでした。
何度となく大学の教室で、あるいは食堂や戸外のベンチで、時には講義の内容や他愛のない雑談をしましたが、ニコニコ顔の丹下さんの姿は今も忘れることはできません。佐伯さんの葬儀に参列していた折娘からの電話で訃報を知ったり、お別れ会も重なって出席することが叶わなかったことは残念でならず、心からご冥福を祈りました。
時には100歳まで生きれる世界一長寿の国に住みながら、丹下さんのように55歳で短い生涯を閉じる人もいます。幾ら健康に注意をしていても心不全や脳卒中など、自分でコントロールできないことで命を落とす人も沢山いますが、自分の人生に置き換えながら、これからどう生きるか、考えさせられた丹下さんの訃報でした。
「相次いで 新聞訃報 載った人 知り人だけに 心が痛む」
「55歳 余りに早い 幕引きに みんな戸惑い ×●÷▼−・・」
「この人に 出会わなければ 大学で 教えることも なかったかもと・・・」
「惜しい人 早く旅立つ ひょっとして 私はどうか? 微妙なところ」